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閑章 その頃の弟子たち
閑話 その頃の弟子たち2《七》

「ははぁ。じゃあドロテアさんはお父さんに認められるような商人になるために頑張っているんですねー?」


 パチパチと野外でたき火が燃えている。

 見上げると満天の星々が輝き、しかし周囲に存在する人影はドロテアとその護衛として雇われているリナだけだった。

 マルトを立って一日が経過した。

 その間に、ドロテアはリナと様々な話をし、今ではかなり気安い話が出来るようになっていた。

 商人と護衛の冒険者の間には一種の緊張感のようなものが常に生じるものだが、リナのふわっとした雰囲気が功を奏してか、そこまで張り詰めるようなものは二人の間には生じていない。

 もちろん、ドロテアもリナがそのぽやっとした見た目に反して、かなり目端の利く冒険者であることも理解しているので、完全に心を許してすべてを委ねる、ということはしないが、それでもかなり良好な関係であるのは間違いなかった。

 

「もちろんそれだけではないけど……今のところはそれが目標かしら。父はミステラの街でそこそこの大店を切り盛りしているんだけど、いつかはそれに負けないくらいの店を持ちたいわ……」


 ミステラはマルトより遠く、王都よりも西に存在する地方都市だ。

 ただマルトよりもずっと大きく栄えていて、商会もいくつも存在しているため競争が激しい。

 西側諸国との人や物の行き来も頻繁であり、多くの文物が集まってくるために人口も多い。

 そんな街で、裸一貫から店を持つためにどれだけの努力をしたのかは想像に難くない。

 父は、元々商人でも何でもなく、小さな村から丁稚に出された一人の子供でしかなかった。

 読み書き計算が出来たとはいえ、そこから上り詰めるのにどれだけの苦労があっただろうか……。

 

「きっと出来ますよ! どんな夢でも頑張り続ければきっと叶います!」


 ドロテアにリナが至極陳腐な台詞を言った。

 普段であれば、あなたに何が分かるの、とか、そんな簡単なことじゃないのよ、とか言いそうなドロテアの口であったが、リナがあまりにも素直かつ無邪気に言うものだからつい、吹き出してしまう。


「ふふっ。そうね……今は、そう信じて努力しているところ。でもいつのことになるかは分からないわ。たまに無理に決まってる、とか言われることもあるけど……絶対に無理なことなんて、ないわよね」


「そうですよー。人間の人生なんて、いつ、どうなるか分かりませんからね。もしかしたら今この場にいきなり竜が現れて、鱗を何枚か置いていってくれるかもしれませんし。そうしたら資金がいっぱい出来ますよ!」


「そんなことあるわけないって思っちゃうけど……確かに絶対ないとは言い切れないわね。そういう幸運が掴めると、夢も一気に近づきそうだけど……」


「まぁ、その場で襲いかかられちゃうかもしれませんけどねー」


「その可能性の方が高そうね。やっぱり私はこつこつ頑張るわ」


「それがいいでしょうとも。あっ。そういえばさっきの話なんですけど……」


 少し話が変わって、リナがドロテアに尋ねたのは、ドロテアがこれまで巻き込まれてきた数々のトラブルについてだった。

 この間の護衛とのトラブルに始まり、もっと遡れば枚挙にいとまがない。

 そのすべてを、たき火の見張りをする間は暇だからとリナに話したのだ。

 まだ独り立ちして二年しか経っていないというのに、数え上げてみると随分いろいろなことがあったものだ、と話しながら思った。

 まぁ、それもこれも自分が商人として未熟であったり、なめられやすい女であるからだろうとは思うが……。

 しかしこれにリナは首を傾げて、


「……なんだか色々ありすぎではないですか? いくら行商人として駆け出しだから、とか、女性だから、というのがあるにしても……そこまで頻繁になんて」


「そう? こんなものではないかと思うけれど。リナだって女だてらに冒険者をしているんだから、最初の方は結構色々あったのではないの?」


「確かに少しはありましたけど……ドロテアさんほどじゃなかったですよ。それに、私の場合、大きな問題は稼げなかったことでしたから……。今はそんなでもないですけど、その日の宿代や食事代にすら困る有様でしたからね……」


「それは意外だわ。貴女、結構色んな薬草や素材の目利きも出来るじゃない。それだけでもなんとかなりそうなものだけど」


 マルト周辺は田舎だ。

 街を出ればすぐに周囲は森や山に囲まれてしまうような自然豊かな立地である。

 しかし、だからこそ、都会では見られないものが多くある。

 わかりやすいものが人間にとって有用な植物で、馬車を進めながらも道端に突然、都会で売ればかなり高価な薬草がさらりと生えていたりすることもざらだ。

 そしてそういうものをリナはめざとく見つけたりしていた。

 走る馬車から見ているわけだから景色などすぐに流れてしまうはずなのに、リナの目は恐ろしいほどによく、「あ、円前草が生えてますよ」とか「水蜜菜があんなにいっぱい。綺麗ですね」とか言うのだ。

 リナは別に馬車を止めて取りに行こう、などとは言わなかったが、ドロテアの方が取りに行きたくなってしまった。

 旅程もあるし、あまりにも頻繁にというわけにはいかなかったが、都会に行けばまず手に入らないものに関してはここで手に入れておけば後々必ず売れることは分かっている。

 リナにも確認し、そういうものを見つけたら採取しながら進む、ということになった。

 といっても、大抵リナがささっと取ってきてくれて、ドロテアは待っている、という感じになってしまったが。

 自分も行く、と言ったのだが、こっちの方が早いと言って。

 本当にこれで当初の契約通りの料金で良いのだろうか、と良心が痛んだので、後にそれらの薬草を売却できたら儲けのいくばくかをリナに渡すということにした。

 リナは別に構わないと言っていたのだが、こういうことは商人の矜持である。

 仕入れを手伝ってもらっておいて何も渡さないというわけにはいかないのだった。

 いずれリナにはまた、依頼することもあるだろうし、そのときのために良好な関係は維持したいというのもある。

 まぁそんなわけで結構な目利きであるリナであるから、薬草採取だけでも暮らしていけそうなのだがと疑問だったわけだ。

 これにリナは、


「こういう技能は割と最近身につけたものですから。本当に何にも出来なかった私に、色々と教えてくれた人がいたんです。その人のお陰で、今、私はちゃんと冒険者が出来ているんですよ」


「なるほど、師匠ね」


「その通りです。ただ、ちょっと厄介ごとに巻き込まれやすい人なので、私もついでに巻き込まれてしまっている気はしますが……おっと、ドロテアさんも、そういう体質なのかもしれませんね」


 言いながら、リナがふと、森の方へと目を向けた。

 そこに何かが現れた。

 そう言いたいのだということは、ドロテアにもすぐに理解できた。

 

 ――ひゅん。


 という音と共に、何かが飛んでくる。

 それを、いつの間に動いたのか、森とドロテアの間に入っていたリナが剣でもって叩き落とした。

 さらに、腰に下がっていた短剣を森の中に投げ込むと、ぎゃっ、という叫び声が聞こえた。


「な、何がいるの……?」


「多分、盗賊の類いですね。弓使いは今の一人だけのようですし、数も多くなさそうなのでさっさと倒してしまうことにします。ドロテアさんは馬車にいてください。一応、周りには今、何もいませんが、何かあったら叫んでくれればすぐにかけつけますので……じゃあ、行ってきますね」


 そう言って、リナが森の中に消えた。

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