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閑章 その頃の弟子たち
閑話 その頃の弟子たち2《六》

 ドロテアはリナの説明に驚く。


 というのも……。


「……疑うわけではないのだけど、それって本当なの? 私もルートの情報については十分に仕入れたつもりなんだけど、そんな話は聞かなかったわ」


 そういうことだ。

 ドロテアはちっぽけな行商人ではあるが、それでも商業ギルドに所属している。

 つまり商業ギルド経由で様々な情報を得られる立場にある。

 それに加えて、街々を行き交う商人たちからもこまめに話を聞いている。

 その中に、たった今リナが口にしたような情報はなかったのだ。

 これについてリナは頷いて、


「今お話ししたことについてはまだそれほど広まっていないでしょうから、当然だと思います。というのも、私が聞いたのは、近くに住んでいる人からですから」


「近くに?」


「そうです。ツート山と、ファガ街道付近の村の人です」


「そんなの一体どうやって……わざわざそっちの方まで行ってきたの?」


「まさか。そうではなく、この都市マルトはこれでこの辺りでも一番大きな街ですからね。生活必需品とかを仕入れにその辺りの人がたまに来るんですよ。ドロテアさんみたいな行商人の方が常に来てくれる訳じゃない村もありますから。それで、市場に行けば結構そういう人たちがいますので、顔見知りになって定期的に話を聞いているんです」


「なるほど……」


 それは確かにこの街を拠点としている者でなければ出来ない情報収集の方法だ。

 ドロテアでも市場に行けばそういう者たちの話は聞けるだろうが、誰がどこに住んでいて、どれだけ信用できるのかというのは分からない。

 情報の確度が分からないわけだ。

 しかし、リナのようにこの街を拠点にし、そうして定期的に話を聞いて顔見知りになっているのなら、どの情報がどれだけ信用できるものか判断できるだろう。

 もちろん、それでも絶対ではないだろうが、そんなのは商業ギルドがくれる情報だって同じだ。

 実際、リナに、

 

「確かな情報だと思っていいのね?」


 そう尋ねれば、


「絶対とは言いませんけど、かなり信用性の高い話だと私は思っています。もちろん、先ほど申し上げたとおり、それでも行くというのであれば従いますが……」


 と言ってくる。

 決めるのはドロテアだ、ということだ。

 あくまでリナとしては勘案すべき要素を付け足したに過ぎない、というつもりなのだろう。

 さてどうすべきか。

 一般的な商人であれば、商業ギルドの情報の方を信用して予定通りに進む方が多いかもしれない。

 やはり、なんだかんだ言って商業ギルドの情報収集力というのは確かであり、外れるときはあっても基本的には信用していいものだからだ。

 それと比較して冒険者の持ってくるそれというのは怪しげなものが少なくないだろう。

 場合によっては商業ギルドのそれよりも遙かに信用でき、それを信じて行動した結果、巨万の富を手に入れる商人というのもいる。

 しかしその反対もいるのだ。

 一か八かの要素が入ってくるというわけだ。

 ドロテアはそういう賭けが極端に弱い。

 それは自覚している。

 けれど、このリナという冒険者は……。

 少なくとも、この間の冒険者のような不誠実さは感じない。

 もしもドロテアから割り増しした依頼料をふんだくりたいのなら、今言った情報を出さず、素直にそのまま進み、戻らざるを得ない状況で、余計に日数がかかることを理由に依頼料をつり上げればいいのだ。

 それなら、ドロテアも特に不快とも思わずに納得して依頼料の割り増しに同意するだろう。

 しかしそういう選択をとらなかった。

 それだけでも信用に値するのではないか。

 そう思った。

 もちろん、それだけですべてを委ねるとまでは言えないが、しかし、この情報については信じてもいいだろう……。

 そこまで考えて、ドロテアはリナに言った。


「……貴女の話を信用するわ。ルートは変更しましょう。ツート山は迂回、街道はラダー街道を通る」


 すると、リナは素直そうに笑って、


「あぁ、良かったです! 私も流石に女面鳥ハーピー相手にドロテアさんを守り切る自信はなかったので……」


 と恐ろしいことを言った。

 ふと気になってドロテアがリナに、


「……ちなみに聞くけど、私がツート山に行く選択をしていた場合、女面鳥ハーピーが襲ってきたらどうするつもりだったの?」


「もちろん、頑張って戦ったと思いますよ。そもそも、極端に刺激する行動をとらなければ通りきることも不可能ではないと思いますし……ただ、数が数ですからね。営巣中の女面鳥ハーピーって、大体数百匹の群れになっているものですから……私が一人で頑張ったところでというのはちょっとありましたね……最終的には遺品を商業ギルドに届けるくらいしか出来なかったかもしれません」


「……私は死んでいたかもしれないってこと?」


「直前まで行けば、たくさんの女面鳥ハーピーが飛んでる姿が見えますから流石に引き返されたと思いますし、そんなことはなかったと思います。でも無理して突っ切ろうとしたら、その可能性は低くはなかったと……」


 ……どんなところに罠があるのか分からないものだ。

 ドロテアはそう思った。

 もちろん、リナにそんなつもりはなかったようだし、どうあっても守ってくれるつもりはあったようである。

 それに、普通は群れを目の前にすれば通ろうとはしない、ということだし、確かにドロテアもそこまで行ったらそうしていただろうと思う。

 それでもどうしても通る、という商人はたまにいて、リナはそのことを知っているから、そういう場合はどうしようもなかった、と言っているだけだ。

 ただ、何でもないような口調でドロテアが死んでいた可能性を口にする少女に、こんな虫も殺さないような見た目でも、死と隣り合わせに戦う冒険者の本質を見たような気がした。

 そしてそこまで考えて、ドロテアはふと、疑問を感じ、口にする。


「……そういえば、遺品を届けるって……貴女は死ぬつもりはなかったのね?」


 リナが先ほど口にした台詞を解釈するとそういうことになる。

 これにリナは、


「そうですね……多分、私は死ななかったと思います」


 やはり、何でもない口調でそう言った。

 それだけ、腕に自信がある、ということだろう。

 鉄級ではあっても、魔物に対してはそれだけの力を持っていると……。

 もしかしたら自分は、そうとう良い冒険者を冒険者組合ギルドに斡旋してもらえたのかもしれない。

 そう思って、ドロテアはリナに言った。


「そう、分かったわ。色々話して良かった。今回、貴女が依頼を受けてくれたことは私にとって運が良かったのかも」


「ということは……」


「ええ、正式に貴女にお願いするわ。よろしくね」


「はい! 頑張ります!」

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