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閑章 その頃の弟子たち
閑話 その頃の弟子たち2《三》

 しばらくして……。


「……ごめんなさい、待たせたわね」


 そう言ってシェイラが戻ってくる。

 

「いいえ。構いませんよ。でも、どうしたんですか?」


 シェイラがリナに何か特別な用事があるとは思えない。

 それなのに一体どうして、ちょっと待ってて、なんて言ったのだろうかと不思議だったからこその質問だった。

 そんなリナの疑問にシェイラは、


「もちろん、貴方のために依頼を見繕っていたのよ。知っているかどうか分からないけど、掲示板にすべての依頼が張り出されているわけではないからね。単純にまだチェックが終わってなくて掲示板に張り出していないものとか、色々と冒険者について指定が入っているものとかがあるの」


 なるほど、と思った。

 それについては一応、リナも聞いたことがあった。

 チェックが終わっていない、というのは冒険者組合ギルドとして一応、依頼を受理できるということははっきりしているが、報酬額や依頼のランクが依頼主の指定で適正なのかとか、そういった点に少々の疑問があるものなどのことである。

 冒険者について指定が入っているものとは、冒険者の性別や年齢、また剣士や魔術師などの職についてなどに細かく指定があるものである。

 これらについては誰が受けても構わないとは言えないため、職員の方で適性のある冒険者を選び、声をかけたりすることで依頼を受けてもらうという形になることが多いらしい、と聞いたことがあった。

 ただし、リナのような駆け出し冒険者にとってはあまり関係がない。

 なぜなら、少なくとも銅級になっていなくてはそういう声掛けの対象にはならないからであり、事実、リナは気にしたことはなかった。

 それなのに、シェイラはそういった依頼をわざわざリナのために見てくれたようだ。

 

「……いいんですか? 私、まだ鉄級ですけど……」


「勘違いされやすいんだけど、別に掲示板に張っていないすべての依頼が冒険者のランク指定をしているわけではないし、鉄級が受けることが出来ないというわけでもないのよ。ただ、鉄級に任せるとあとで揉めることになりそう、となるようなものは銅級に、銅級に任せて揉めそうなものは銀級に回すことが多いだけで。なんというか……ちょっと難しい仕事ってことね」 


 それを聞き、リナは余計に不安になる。

 普通の依頼すらかなり苦戦しつつ片づけることが多い自分に、果たしてそのようなものから選び抜かれた依頼を達成することが出来るのだろうか、と。

 

「……私に受けられそうな依頼なんてなかった、ですよね……?」


 なかった、と言ってくれればあとは掲示板の中でも比較的なんとかなりそうなものを探して受けるだけだ。

 そちらの方が簡単なのは間違いないし、こんなことになるのならさっさとそうすればよかったと思い始めていた。

 しかし、そんなリナの期待は容易に裏切られる。

 シェイラはなんでもないような表情で軽く言った。


「あったから戻ってきたのよ。……その絶望したような顔は一体何なのかしら……? ちょっと脅かし過ぎたかもしれないけど、そこまで不安になることはないわ。貴方なら大丈夫よ」


 あまりにも自信なさげなリナを励ますようにそう言って、シェイラはその見繕って来たらしい依頼の概要が書かれた紙をリナに手渡す。

 一枚ではなく二枚だったので、リナは首を傾げる。


「……これは?」


「どっちか選んで受けたらどうかと思って。二択なら流石にそんなに悩まないでしょ?」


「ありがたいです……」


 シェイラの気遣いが泣けてくるリナだった。

 しかし、流石にいくらなんでも卑屈になりすぎているか、と我に返り、改めてその二つの依頼を見比べる。

 こうなれば、リナも職業冒険者だ。

 しっかりとした検討をし始める。

 依頼を見るに……。


 一つは、銅級冒険者の荷物持ちの依頼だった。

 《水月の迷宮》に潜るにあたって、荷物持ちが必要であるのでそれを冒険者組合(ギルド)に紹介してほしい、というものだ。

 依頼主が銅級冒険者であるため、可能な限りランクが同じ冒険者を望んでいるようだ。

 いずれ《水月の迷宮》を探索するための、下見のような感じで来てくれるとありがたい、と書いてある。

 中々悪くなさそうだが、日数は三日とある。

 その間、《水月の迷宮》で野宿をするつもりのようで、楽な依頼ではなさそうであり、その辺りが掲示板に張られていない理由なのだろう。

 これはないかな、とリナは思う。

 三日の拘束は構わないのだが、迷宮に三日も野宿、というのは今の自分だと流石に自信が持てないからだ。

 魔物の出現しない安全地帯も迷宮内には存在していて、そういうところで野宿するのだろうが、それでもまだダメだ。

 自分自身が、迷宮でもっと経験を積んでからでなければ……。

 となると、もう一つの依頼か、ということになる。


 そちらの方は、行商人の護衛依頼だった。

 依頼主は若い女性のようで、女性冒険者限定の指定がされている。

 マルト周辺のいくつかの村を回って生活必需品を売り、そのお金で村々の特産品などを購入し、最終的にはマルトの市場で売る予定だと記載してある。

 こちらも拘束期間は三日だが、記載してあるルートを見る限り、強力な魔物の出現する地域は通る予定はなさそうだった。

 それでももちろん、不測の事態というのは起こりうるし、そんなところにいないはずの強い魔物が突然出現する、ということもありうる。

 ただ、それを警戒して依頼を受けない、なんて言っていたらどんな依頼でも受けることは出来なくなってしまう。

 一定程度、安全が確保できると考えられる、それ以上を求めては冒険者などやっていられない。

 そもそも危険に身を晒すのが冒険者だ。

 可能な限り、危険を避けるべきなのは当然にしても、そこから逃げるわけにはいかないのだ。

 道中の宿代は依頼主持ちとあり、報酬額も中々のもの。待遇も悪くなさそうだ。


「……どちらにするか、決まった?」


 シェイラがそう尋ねてきたので、リナは頷き、依頼票二枚を手渡しながら、後者の依頼をシェイラに示して、


「こちらを受けようと思います」


 そう答えた。


「分かったわ……確かにこっちの方がいいかもね。依頼主が女性で、女性冒険者指定だし、冒険者組合(ギルド)としても助かるわ……」


 冒険者に男も女もない。

 とはよく言われる言葉であるが、実際のところ男性の方が数が多くなるのはある意味で当然の話である。

 単純に腕力の問題でだ。

 魔力や気による強化によって男性冒険者よりもずっと強い女性冒険者というのも多くいるが、それらを身に付ける段階で女性の興味が向きにくいというのも事実である。

 剣術道場の扉を叩くのはその大半が男の子だ。

 魔術師に関してはそういったことは関係ないが、そもそも魔術師自体の絶対数が少なく、冒険者に占める割合が低い。

 したがって、女性冒険者というのは重宝される存在であり、そこそこの実力があると余計にそうだ。

 リナが果たしてその重宝される存在であるかどうかと聞かれると、リナとしては首を傾げざるを得ないが、役に立っているというのなら良かったと思った。

 それから、シェイラは依頼票を受付に持っていき、手続きを終えると、


「はい。これで受理されたわよ。出発は冒険者が決まり次第とのことだから、今日のところは依頼主のところに行って、依頼を受けたことの報告と打ち合わせをしてくるといいわ」


 そう言ったので、リナは、


「分かりました! すぐに行ってきます!」


 と明るく言って冒険者組合ギルドを後にした。

 そんなリナの背中を見送りながら、


「……ちょっと気難しい人だけど、大丈夫よね。たぶん……」


 とシェイラが言った不穏な台詞は、リナの耳には届いていなかった。

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