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閑章 その頃の弟子たち
閑話 その頃の弟子たち2《一》

 都市マルト、その郊外に存在する広大な屋敷。

 ラトゥール家の庭には、今、三人の人物がいた。

 そのうちの二人はいずれも激しく動いており、もう一人はその二人を監督するように立っているため、訓練中だと分かる。

 一人はラトゥール家の使用人、イザーク。

 そして残りの二人はリナとアリゼであった。

 

「……それくらいでいいでしょう。休んでいいですよ」


 イザークのその言葉と共に、二人は息を吐いて地面に座り込んだ。


「はぁ、はぁ……」


「つ、疲れた……」


 もう動けない、と言いたげな二人を見ながら、イザークは顎をさすりながら、


「これくらい序の口なのですが……」


 そんなことを言ったため、リナとアリゼは顔を青くした。

 イザークはそんな二人を笑って見つめ、


「冗談ですよ。リナさんは駆け出しのわりに頑張っておられますし、アリゼさんもその年で根性があるなと……本当はもっと早くへたるかと思っていましたが、この調子ならお二人とも、いずれはいい冒険者になるでしょう」


 そう言ったのでほっとした二人だった。


 当初、魔術の訓練についてを主にイザークに学んでいた二人だったが、それが武術の方に進んだのは自然なことだった。

 魔術には様々な発動方法があるが、一般的なものは自らの体内に存在する魔力を扱って発動させる魔術であり、二人がまず学んでいるのもこれである。

 他に空気中に存在する魔力を活用したり、他の容器に貯めておいた魔力を利用するものなどもあるが、基本はあくまでも自らの魔力を利用するものだ。

 しかし、自らの体内の魔力を使っていくわけであるから、何度も魔術を使えば最終的には空っぽになる。

 魔力は時間を置けば回復するが、それでも貯まった魔力を使い果たせば、数時間は経たなければ元通りにはならないのが普通だ。

 したがって、魔力を使い果たしてしまえば手持ちぶさたな時間が出来てしまうわけで、そんな時間をリナとアリゼは武術の訓練に当てることにした。

 それは当初、レントに学んだ型や訓練方法を繰り返すだけの簡単なものだったが、これを見ていたイザークが少しのアドバイスをし始めた。

 リナもアリゼもかなり素直な性格をしており、またイザークがかなりの実力を持つ存在であることは魔術の訓練を繰り返して分かっていたから、そのアドバイスもすんなりと受け入れたのだ。

 さらに、素振りだけしていても飽きるだろうと、そこに様々なメニューが追加されていったのだ。

 今では最後にイザークと模擬戦を行うまでになっており、レントたちが街を出たときと比べるとかなり実力が上がっている。

 しかし、そんなことはリナもアリゼも全く気づいてはいなかった。

 というのも、最後にする模擬戦において、いつも同じくらいの時間、タイミングでイザークに敗北する形で終わるからだ。

 もちろん、それでやる気をなくしてしまっても困るので、訓練の合間合間に適度にほめたりはしていた。

 けれどそれも限界に来ているらしい。


「……私、少しは強くなったのかな……」


 ぽつり、といった様子でリナがそう口にしたのをイザークはその吸血鬼としての高性能な耳で捉えた。

 リナとしては本当に小さな、誰にも聞こえないくらいの音量で自らに言い聞かせたに過ぎないのだが、イザークの耳はその気になれば敷地内に落ちた針の音すらも捉えるほどのものである。

 リナの独り言など余裕だった。

 だから、イザークは言う。


「……リナさん」


「あ、はい。なんですか?」


「たまには一人で依頼でも受けてみられてはいかがですか? 訓練だけしても飽きるでしょう」


 ここ最近、リナはレントたちにアリゼのことを頼まれたことに頭がいっぱいで、依頼などほとんど受けていなかった。

 受けたとしても町中で片づくようなものばかりで、迷宮に行ったり遠出しなければならないものは避けていたのだ。

 別に嫌々そうしていた、というわけではなく、リナ自身、初めて出来た弟子のような存在がうれしくて、毎日つきっきりでいたい、という気持ちが強かった。

 だからリナは言う。


「でも……」


 その後に続く言葉は、アリゼがいるから街から離れられない、いや、離れたくない、だっただろうが、その当の本人であるアリゼが先んじて言った。


「リナお姉ちゃんは私のこと心配しないで行ってきていいよ! 最近、懐が寂しいって言ってたでしょ?」


「えっ、聞いてたの……?」


 確かに最近、リナの懐は若干、寂しくなっていた。

 昔と比べて受けられる依頼の幅はかなり広がったし、そこまで遠出しなくても薬草の採取などの目利きも出来るようになっているから、昔のようなその日暮らしな生活からは遠ざかっている。

 しかしそれでも、嗜好品を買うには心許ないところがあり、たまにはしっかり依頼を受けて魔物を狩らなければ破産しかねないぐらいである。

 そして今、その破産が間近だった。

 記憶にはないが、そのことをぼそりと、アリゼと一緒にいるときつぶやいてしまっていたのかもしれない。

 究極、いざとなったら野宿でも問題なくはない。

 今のこの体であれば、夜の闇はむしろ心地いいし、誰かに襲いかかられそうならそれこそ《分化》でもって逃げることも可能だ。

 だが、そういうことをすると《吸血鬼狩りヴァンパイア・ハンター》が存在を嗅ぎつけてきてやってくる可能性もあり、町中で吸血鬼として身につけた技能をおいそれと使うことは出来ない。

 見つかったとしても自分なら吸血鬼と判定されないらしいことはレントやイザークから聞いて知っていたが、それでも冒す必要のない危険は冒したくない。

 したがって、野宿も中々……ということになると、やはりリナとしてはそろそろ、狩りに出ざるを得ない。

 だから、ここはアリゼの言葉に甘えることにする。


「うーん。分かったよ。アリゼがそういうなら……でも私のいない間の訓練はしっかりしないと駄目だよ」


 そういうと、アリゼが、


「うん。もちろん」


 とうなずき、それに続いて、


「まぁ、それについてはここに通ってもらえば私が面倒を見ますのでそれこそご心配なく。では今日の所は、リナさんは帰られますか? 明日にでも依頼を受けるのでしたら、それなりの準備が必要でしょうし」


「ええ、そうですね……アリゼは……」


「私はもう少し訓練してから帰るよ」


「そう? じゃあ、頑張ってね。イザークさん、よろしくお願いします」


「はい。承知いたしました」


 ◆◇◆◇◆


「……これでリナさんも自信を取り戻してくれるでしょう」


 リナが去った後、イザークがそう呟くと、アリゼが言う。


「やっぱりリナお姉ちゃんって、自信をなくしていたの?」


「そうですね。あまり強くなった気がしていないのでしょう。アリゼさん。あなたはそうでもなさそうなので心配はしていませんが」


「私は毎日、孤児院で力仕事をしたりしてるから……最近、ぜんぜん疲れなくて体力ついたんだなって思ってたから」


「なるほど。リナさんはそういうこともなかったでしょうからね。アリゼさんよりもかなり厳しい訓練でしたし、宿にもどったら眠るくらいだったでしょうし」


「……イザークさんって時々、鬼だよね」


「はは、私はいつも鬼ですよ」


「……? そう? こうして話していると優しいよ。かっこいいし。結婚とかしないの?」


「私はこの家に仕えていますので、そういったことは……さて。訓練に戻りましょう。鬼と言われてしまいましたから、少し厳しくしましょうかね?」


「えぇ……。頑張るよ」


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