「……来ないな?」
俺がそう言ったのは、王都の入り口近く、多くの馬車が行き交い、また止まっているところだ。
停留場だな。
ここから様々な土地や迷宮などへ向かう馬車も出ていて、俺も乗ってどこかに行ってみたい気分にもなる。
昔はそんなこと考えられなかった……というか、考えたところで実力不足で無理だった。
すべてとは言わないが、王都から直通で出ている馬車の向かう迷宮とかはレベルが高いところが多いからな。
せっかく王都に来て《水月の迷宮》と同レベルの迷宮に向かったところで仕方がないし、憧れるのは物語に出てくるような高位の迷宮だった。
しかし、俺が人間だった頃の実力で向かってしまえば、一歩入ると同時に死んでしまった、なんてことにもなりかねないような、そんなところばかりであったので、泣く泣くあきらめるしかなかったわけだ。
今はどうか、と言えば少なくとも入ると同時に死ぬ、なんてことにはならないだろうな。
なにせ、ボロボロに潰されたところで何度かは元通りに戻れるのだから。
……反則か。
まぁ、そういうずるい手段を使わずともいきなり死ぬことは流石にないんじゃないか、と思う。
ある程度進んだところでやっぱり無理、引き返す、ということはありうるかもしれないけどな。
「……一応、
ロレーヌが俺の言葉にそう応えた。
あの人、とはもちろん、俺たちと都市マルトへ向かう予定のあの人だ。
つまり、ヤーラン
さらに言うなら王都に根を張る裏組織のボスでもあるわけで……。
敵に回すと厄介な存在だ。
裏も表も牛耳っているわけだからな。
といって、一度敵に回した俺たちが言えることではないかも知れないが、結局、事なきを得たわけだし、色々な事情が重なった上でああいう事態になったのであって、本当にすべての力を使って追いつめられた、というわけでもない。
そうなっていたらいくらこんな体だとはいっても、どうなっていたかはわからないな……。
「……いらっしゃったようですよ」
いつ来るのか、今来るのか、とやきもきしていた俺たちに、馬車の御者である青年がそう言った。
冒険者である俺たちより先に気づくとは、と普通なら思うところだが、この青年はつい先日、俺を化け物染みた
むしろこの中では一番、実力があると思って間違いないだろう。
総合人材派遣業者ラトゥール家はまさに人材の宝庫である。
ジャンよりもさらに敵に回してはならない人物だろうな……。
「……悪い、悪い。遅くなった」
そう謝りながら現れたジャンはかなり地味な格好をしていた。
静かに黙って下を向けば、おそらく彼が彼だと気づく人間はほとんどいない、そんな風に感じられるほどだ。
ただ、身につけているものの品質が悪いというわけではなさそうだ。
むしろ、かなりの逸品ぞろいのように見える。
僅かに感じられる魔力から、どれも魔道具だろうとわかる。
魔物である俺からして僅かにしか感じられないと言うことは、通常の人間からしてみれば全く感じられないということになる。
ロレーヌはその魔眼で分かるだろうが……。
「……これから戦争にでも行くような格好だな」
案の定、ロレーヌがジャンを見てそういった。
ジャンはこれに笑い、
「分かるか? まぁ、そんなつもりはねぇんだが、用心はしておかねぇとな。闘技場でも話したが、マルトの迷宮、そして《塔》と《学院》を巡っては色々と陰謀が張り巡らされてるんだ。どこにどんな危険があるか分かったもんじゃねぇ……」
そう言った。
ヤーランに存在する
誰かに狙われる心当たりも山ほどあるのだろう。
俺たちもそれに巻き込まれないよう、同道する間は特に気をつけておかなければならないな。
「それもそうだな……そういえば、どうして遅れたんだ? 朝、
ロレーヌがジャンにそう尋ねた。
大まかな時間や場所についてはすでにあの地下闘技場で話していたが、朝、念のため細かく伝えに行ったのだ。
というのはついでで、先日俺が襲われた
つまりはニヴにだ。
といって、直接連絡できるわけではなく、本当にただ伝言を残しておいただけだが。
王都にすっごく強い
あとは
それを聞いた彼女が王都までやってきて暴れ回るのか、もういないならいいかと流すのかは分からないが……。
いや、流したりはしないか。
自分の目と耳で調べ尽くさないと気が済まなそうな性格である。
いずれここにやってくるだろうことはなんとなく想像がつく。
願わくば、俺がここに再度やってくるだろう時と時期が被らないようにしてほしいが……そういう巡り合わせの悪さには定評のある俺である。
そういう期待は、持たない方がいいのだろうな……。
「ん? まぁ、色々立て込んでてな……」
ジャンがそう言ってから、ふっと後ろを見る。
するとそちらから、
「……
という叫び声が聞こえてきた。
ジャンはそれを聞いて身につけていた旅装のフードを被り、
「……おい、早く行くぞ。見つかると面倒だ」
とふざけたことを言う。
「……あれ、あんたを探してるんだろ。別にお供くらいつけても乗れるだけの余裕はこの馬車にはある。早速あんたのことを伝えて……」
と歩きだそうとした俺の腕をジャンは素早く掴み、
「ばっか、お供なんてつけたらせっかくの旅行が息苦しいだろうが! いいから出せ出せ!」
と言ってくる。
子供か、あんたはと言いたいところだが、この調子だと言って聞かせたところで無駄だろうなと思った。
俺とロレーヌ、それに御者の三人は目を合わせて、仕方がないか、と合意し、そそくさと馬車を出す準備を始める。
別に、隠れて馬車をすすめても、入り口で検査があるのだ。
ジャンほどの有名人なら流石にそこでばれるだろう、という推測もあった。
だからとりあえずは出してしまってもいいだろう……。
そう思ったのだが……。
「……ふふ。あばよ、職員ども。俺はマルトでバカンスを楽しんでくるからな……ふふふふ」
幌の中から、少しだけ布を開いて外を観察しつつそんなことを呟くジャンに不安を覚えなかったと言えば嘘になるだろう。
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