2年後もしくは106年前 作:requesting anonymity
いい加減にもう寝なければいけないと読書を中断した青年はベッドの傍、枕元に未開封の手紙が置かれている事に気づいて、すぐにそれを開封する。
彼の推測が正しければ、中身を読んで返事を書きそれに封をするところまでをルームメイトに気づかれることなく済ませる必要があった。
”ウィンストンくん。お元気ですか。こちらは毎日元気にやってるよ。昨日は交換留学生が2人ニホンからやってきたので歓迎会をして、校内を案内しました。階段や廊下が気まぐれに動き回る事に困惑していて面白かった。去年から就任なさった『魔法理論』のディペット先生は255歳のおじいちゃんなんだけど、とっても丁寧に教えてくれるから難しい話でもちゃんと僕、理解できるんだ。『魔法理論』って字面で、君なら僕がこの教科あんまり得意じゃないって事解ってくれるよね”
「まあ、如何にもお前が苦手そうな響きだ。こっちで言うと『科学』か『哲学』か?両方を混ぜたような感じか?とにかく『理論』は、まあお前のシンプルな造りの脳みそにはキツイだろうな」
青年は読み進めながら独り言を呟き、まるで目の前にその人物が居て会話をしているかのようにクスクスと親しげに笑う。「シンプルじゃないもん!複雑にできてるもん!」という抗議の声すら、その青年には聞こえる気がしていた。しかしすぐに、1年と数ヶ月くらい前届いたヨレヨレな上にあちこち滲んでいた手紙の内容を思い出して、手紙を読み進めている青年は真剣な顔になる。
”でも、僕はこの教科を『捨てる』わけにはいかない。だってフィグ先生の教科だから。今日なんか吸魂鬼に守護霊呪文が効く理由を懇切丁寧に説明されて、あたま爆発するかと思った。ていうかたぶんした。でも、主な部分は理解できたと思う。そういやそもそも吸魂鬼の説明ってした事あったっけ?無かったね?じゃあまずその説明をしなきゃね”
「よく気づけた。賢いぞ。こないだ送ってきた『はちみつになりたい』って手紙とは大違いだ」
件の手紙の末尾の「なれたら写真送るね」という驚愕の一文は、未だ青年の脳裏に居座っている。
”吸魂鬼ってのは魔法の生き物で、ああいや厳密には生き物でもない、何ていうか『悪霊』みたいなものをイメージしてほしい。それも『この世に恨みを残して死んだ人が』とかじゃなくて、元々からそういうものとしてこの世界にあるモノなんだ。餓死者の死体が黒い布被って空飛んでるのをイメージして。まあそういう見た目だから。但し布は頭から被ってて、顔は見えない。というかそもそも顔には口しか無い。で、この『吸魂鬼』は人の『幸福感』を吸い取って食べる。『キス』することで魂を吸い取って食べちゃう事すらできる。これをやられると生きてるまま死んだみたいになって、戻す方法は無い。そう『戻す方法は無い』んだ。魔法にもちゃんと魔法なりの理屈や仕組みがあって、無理な事も色々あるんだ。これは前言ったかな。というかウィンストンくんなら賢いから、とっくに察してるか。で、この『吸魂鬼』は、まあヤバい。なにせコイツに近寄られるだけで『この世に良いことなんか1つも無い』って気分になるんだ。しかも、魔法力を持たない者にはコイツの姿が見えない。つまり君の目の前に居たとしても見えない。だから『居る時』の兆候を教えとくね。まず寒くなる。『流石にそんなわけない』って速度で急に寒くなる。で、人生最悪の記憶がいきなりフラッシュバックする。撃退法は1つだけ。ただ、魔法使いにもできない人がいっぱい居て、できなくても全然恥ずかしくない、とっても難しい呪文なんだ。それが『守護霊呪文』”
「そりゃつまり僕には何もできる事が無いって事だな?で、お前はどうせ使えるんだろ?その守護霊呪文とやらを。………まあ褒めてほしくて書いたんだろうし褒めてやるか」
”守護霊呪文は幸福感で心をいっぱいにしないと機能しない。つまりここでいう『守護霊』ってのはご先祖様とかそういうのじゃなくて、自分の心から創り出された自分だけのものなんだ。で、人それぞれ違う動物の姿をしてる。ウサギとか犬とか馬とかね”
ここまで読んで青年の心に疑問が生まれる。―それ矛盾してないか?
”この『守護霊』ってのは幸福感が塊になったもので、濃い霧が白く光ってるのを想像してほしい。そういう見た目。それが動物の形になってるの。呪文が不完全だと動物の形にならないけど、まあ何も無いよりマシだ。だってたとえ旧式の銃しか無くたって、素手よりはマシだろう?で、だ。『吸魂鬼』は幸福な気持ちを貪るのに、それに唯一効くのがその幸福な気持ちを塊にして創る『守護霊』なんだ。解ってくれるよね、ここに疑問が生まれるって事を。これを授業で習ったの。このままだとなんだったか忘れるって気がするから、君への手紙に書いてるんだよ。あのね―”
そこに書かれていた「守護霊呪文が吸魂鬼に効く理由」を読んで、青年は独りごちる。
「つまりアレか?アヘンでトんでる最中の奴もその『吸魂鬼』に影響を受けないのか?」
”あそうそう。近くを通り過ぎられたとか、ちょっと幸福感を持ってかれただけなら、君にもできる対処療法があるよ。ちゃんと『効く』って証明されてるれっきとした対処法。吸魂鬼そのものに対してじゃなく、吸魂鬼による影響の方に効く対処療法。チョコレート食べるといいんだ!吸魂鬼がもし君のところにまで行く事があったらそれはもう『イギリスをまるごと巻き込む超緊急事態』が『こっちで』起きてるって事で、つまりまず心配いらないんだけど、もしその時は、つまり急にめっちゃ寒くなって全然楽しくなくなったら、覚えといて。君にできる事は1つ。チョコレート食べる事。馬車で逃げてもたぶん追いつかれるよ。なんてったって走行中の汽車に追いついて乗り込んでくるんだからね(吸魂鬼はこっちの監獄の看守をやってるんだけど、それ以外にも凶悪犯罪者の捜索と追跡に駆り出される事がたまーにあるんだ。僕去年手伝ったの)”
「なんだ、管理されてるんじゃないか」と青年はそこまで読んで呟くが、続きに目をやってすぐに、そう安心できる感じでもないと気づいた。
”吸魂鬼を使役してるって言うと警察が飼ってる馬みたいな感じ思い浮かべるかもしれないけど、ちょっと違う。どっちかっていうと、連続快楽殺人犯を警察が暴力装置として飼ってる感じ。『こっちで許可した犯罪者は好きなようにしていいよ』って契約してね。こう書くと今すぐにでもやめたほうがいいシステムだって気がしてきたな。まあでも犯罪抑止にはなってると思う”
「そもそも、そういう事を魔法使いじゃない僕に教えるのはそっちの法律に違反してるからやっちゃいけない事で、もしそうなったら魔法で記憶を消さなきゃいけないんだって僕に教えてくれたの君だったよな?なんで毎回毎回事細かに新しい知識を書き記してよこすんだ?アホなのか?」
この手紙の差出人が能天気なアホだということを、青年は重々承知していた。この事も既に何度も手紙で、または会って直接問いただしたが「ウィンストンくんは親友だからいいの!」という、恐らく「あちら」の司法機関は納得しないであろう間の抜けた回答を毎度聞かされるのだった。
”P.S. ギャレスがはちみつになれる薬作ってくれたから、飲んだ時の写真入れとくね”
「は?」
青年の理解が及ばぬ内に、どうも手紙の裏に魔法なのだろうなんらかの方法で隠されていたらしい1枚の白黒写真がハラリと落ちる。それは一見「液体らしき何かに首まで浸かっている」写真だったが、よく見ると身体と液体らしきものとの境目が無い事、そして何よりそこに写っているこの手紙の送り主が心底幸せそうな笑顔だという点で「アイツは本当にはちみつになったのだ」と察せてしまった青年は焦り気味に手紙の裏やら写真の裏やらを見る。そして写真の裏にキスマークと共に「5分くらいで元に戻っちゃった!」という走り書きを発見してホッと胸を撫で下ろすのだった。
人体を固形物や動物ではなく流動体に変えるというその魔法薬がどれほど高度かつ危険極まるものなのか、魔法使いではないこの青年には知る由も無かった。
そして青年は今回もまた、この手紙の送り主であるアホの友人を喜ばせるために丁寧な返事を書き始めるのだった。なにせルームメイトに感づかれずに、誰かが起きてくるより先に返事を出さなければいけないので、あまり推敲などしている猶予は無く、なかなかどうして脳を隅々まで活用する必要がある難行と言えた。
「こんな派手な鳥が部屋に居るの誰かに見られたら、ちょっと言い訳が思いつかないぞ」
目の前で待っているその生き物が「不死鳥」だという事実を去年初めて手紙で知った時の驚きは、まだこの青年の心に残っていた。―なにせ毎度派手に燃え上がってパッと消えるのだから。
「ああそうだ、コレ。届いたぞ。お前一緒に持ってってくれるか」
まず実家に届き青年の元へと送られてきたその包みを、青年は手紙の返事が書き上がるまで待ってくれているその派手な鳥に渡す。
「父さんに事情をごまかしながら説明して納得してもらうの大変だったんだからな……」
この手紙のやり取りによって厄介事を押し付けられる事も多々あったが、それでも文通し続ける価値がある相手だと、そして他でもない、そうし続けたい大切な友人だと青年は思っていた。何より自分に「周囲の誰も知らない秘密の友人」が居て、しかもそれが「魔法使い」、それも特別有能な魔法使いだという事実はこの青年に、常日頃からいくらかの心の余裕を齎していた。厳しい教師に叱られている時も「でもこの人ドラゴン見たらめっちゃ怯えるんだろうな」などと考えれば楽々耐えられるし、嫌な事があっても腹が立つ事があっても「内臓追い出し呪文を喰らうよりはマシ」と思えばいくらか気が楽になるのだ。
「あ!お返事持ってきてくれたんだね!やったぁ!」
お返事が来たなー嬉しいなーと即興の歌など口ずさみながら、その女生徒は不死鳥から手紙と包みを受け取り、不死鳥にお礼としてラズベリー山盛りの器を差し出す。
「こら、話はまだ終わってないんだ。座りなさい」
「ヒャイ……」
ビクッと怯えた女生徒は、すぐ後ろのソファに乗った不死鳥が食事を始める中で再び床に座る。
この日もすべての授業が終わったばかりのスリザリンの談話室で、7年生たちはいつものように困った友人にお説教をしなければならなくなっていた。
「君たち、人を流動体に変身させるのがどれほど危険な事か解っているのかい?元に戻るより先に大鍋がひっくり返ってたらどうするつもりだったんだい」
それがどれだけ高度で困難な魔法かも理解しているヘクター・フォーリーは、内心ではこの困った2人の手腕を讃えたい気持ちもあったがそれよりもお説教が先だと自分自身に言い聞かせていた。
「万が一を考慮して大鍋の中に入ってもらったけど、計算上は床や地面にぶちまけられちゃっても大丈夫なんだ!なにせ森の密猟者達に散々実験台になってもらったからね!『どんなふうに元に戻るのか』も調整済みだよヘクター。心配は要らないさ」
「そういう事を言ってるんじゃないんだよギャレス。君は、君の薬に『予想外の反応』が無いって言い切れるのかい?むしろそれを求めて薬を作ってるんだろう?だったら、コイツに飲ませたその1瓶で致命的な反応が起きるかもしれないだろう、そうなってからじゃ遅いし、そうなってほしくないんだよ。床に染み込んだ大切な友人を『テルジオ』でキレイに拭い取った後で、ホグワーツから強制退学処分になって杖を折られて去っていく君なんて見たくないんだ。だから本当に、本当に気をつけてくれよ………君はスゴいやつだよ。だから、そんな軽率な真似しないでくれよ……」
「そんな事言ったら新しい薬の研究なんてできなくなっちゃうわよ」と言うサチャリッサも、今回ばかりはギャレスが悪いと思っていた。そんな事を実現してしまえるのはすごかったが、研究仲間としてこれは「止めなければいけなかった事案」だとも考えていた。
しかしギャレスが何故こんな事をしたのかが理解できてしまう以上強くは叱れない。
だから皆を代表してお説教するという嫌われ役を積極的に買って出てくれるヘクター・フォーリーとポピー・スウィーティングはありがたい存在だった。
「きみも、2度とギャレスにそんな事頼んじゃダメだよ。危ないんだからね。それにギャレスは君が頼んだら作っちゃうんだから。君を喜ばせるために」
「ダッテ………ナッテ、ミタカッタンダモン……ハチミツ…………」
「元に戻れなくなってもかい」
「アアッ……ソレハ……ヤダ…………」
「だったらもう2度とそんなお願いしないって約束できるかい?」
「…………デキナイ……」
今回は割と長引いているそのお説教をソファに座ってポップコーン片手に眺めている、ヘクターと同じレイブンクローのアミット・タッカーはスリザリンの談話室のソファってなんか他と座り心地違うよな、ちょっといいやつなのかな等と気楽な事を考えながらその談話室の中央で行われているお説教を挟んだ対面、向こうの壁際のソファに居るポピー・スウィーティングに視線を移した。
いつもなら真っ先に率先してこの困った友人たちを叱るポピーが今なぜこんなにも静かなのかは、その姿を見れば一目瞭然だった。
(随分懐かれたねえポピー。そうしてると3人姉妹みたいだ)
ハッフルパフの小柄な7年生ポピー・スウィーティングは、左右に座った1年生と4年生のハッフルパフ生の姉妹と並んで、3人全く同じ姿勢で仲良く寝息を立てていた。
「あ、こら」
スルリとワタリガラスに姿を変えて飛んで行ってしまった友人を、ヘクター・フォーリーは追いかけない。そして膝に止まった鳥が何で、それが誰なのかをすぐ察したオミニスはそのワタリガラスを優しく持ち上げて、元居たヘクター・フォーリーの目の前、ギャレスの隣へと運ぶ。
そしてオミニスと、ヘクターの隣に立ってガラス張りの壁越しに湖の中を観察していた純血家系出身のスリザリン生ノットがくるりと振り返ってそのワタリガラスに杖を向ける。
「いじわる~……」と強制的に変身を解除された女生徒は呻く。
7年生たちがこの「動物もどきを強制的に人の姿に戻す魔法」を連日の自主学習で必死になって身につけたのは、偏にこのためだった。ペットからできるだけ目を離さないのが飼い主の責任ならば、この友人からできるだけ目を離さないのが自分たちの責任だと、7年生たちは考えていた。
「叱られてる途中で逃げ出しても説教が長くなるだけだといい加減理解しろ莫迦者が」
ノットがちょっと笑ってしまいながら言う。
「きみ、そもそもヘクターがなんでこんなに言うか、解ってるのかい?」
オミニスが床に座ってションボリしている女生徒に訊くと、女生徒は「僕の事大好きだから……」と間違ってはいないが正解でもない回答を返してきた。
そしてまた、お説教が始まる。
スリザリンの談話室で思い思いに過ごしている他の生徒たち、特に7年生たちにとってはそれは日常の光景で、「またかあのバカはまったく」と面白おかしく眺めていられる範疇の事だった。
「タッカー先輩タッカー先輩、今いいですか」
「ん?なんだいダンブルドアくん」
「僕、さっきの話。みなさんが今日の『魔法理論』でディペット先生から伺ったっていうあのお話。答え解ったかもしれないです」
寄ってきたグリフィンドールの1年生、小さなダンブルドア少年にそう話しかけられて、アミットは向こうのテーブルを皆で囲んでいる1年生たちの方へとダンブルドア少年と共に移動する。
「どうだいダンカン、この子たちの宿題は」
「だいたいみんな、残りは自分だけで頑張れると思うよ」
そのテーブルで1年生たちに囲まれて教師役をしていたダンカン・ホブハウスが言う。
「ああでも、あの子はまだ全然途中だよ。でもまあ、しょうがないだろ?」
そう言ってダンカンが指し示したのは、向こうのソファで姉とポピーと並んですやすや眠っているハッフルパフの1年生の女の子。その子の物らしい羊皮紙には、まだ何も書かれていなかった。
「これ本来何がどれだけ書かれているべき羊皮紙なんだい?」
「『物忘れ薬』のレシピを調べて、これに書き写すんです。で、明日の授業ではその『自分で書いたレシピ』だけを頼りに物忘れ薬を作る事になってるんです」
ダンブルドア少年が1年生を代表して答えると、アミットとダンカンは自分たちが1年生だった頃のことを思い起こして「あー、僕らもやらされたよそれ」と懐かしそうに唸った。
「あ、ブルストロード。僕とマルフォイが1年生の頃にやった失敗を君もやってるね」
アミットにそう言われたスリザリンの1年生は眉間にシワを寄せてアミットを睨む。
「何がだ、タッカー。レシピは合ってるぞ」
「君が明日挑む魔法薬の授業が僕らの年と同じものなら、材料は先生が用意した中から自分で選ぶんだ。材料のラベルはほとんど全部外されてる。……君、『ヤドリギの種』と『カノコソウの枝』をハナハッカとか他の植物とかの中からちゃんと選び出す自信、あるかい?」
「僕は6年前間違えたぞ」と寄ってきたマルフォイが横から言う。
「………確かに……」
ブルストロードは再度「薬草とキノコ千種」を紐解き、材料の見た目の特徴と簡単なイラストを羊皮紙に書き足し始めた。
「さあダンブルドアくん。さっき話した問題の、君の考えた答えを聴こうか。僕らがディペット先生に今日習った話を。『幸福感を貪る吸魂鬼に幸福感の塊である守護霊呪文が効く理由は?』」
ぐるんと自分の方を向いてそう言ったアミットに促されて、ダンブルドア少年は口を開く。
「それは、幸福感のみによって形作られたものである守護霊は、自分自身の魂など持たない上に『絶望する』という機能も持たないからです。ディメンターが『幸福感を貪る』というのは翻って表現すれば『絶望感を呼び起こす』という事で、これはディメンターに接近された人間が良くない記憶を思い起こさせられる事実にも合致しています。守護霊が幸福感の塊である以上、まずディメンターはそれを『餌』つまり優先的に攻撃したい対象として認識し、それを唱えた魔法使いよりも守護霊の方へと意識を向けます。しかし前述の通りディメンターは守護霊に対して無力なので、不定形の守護霊であるなら動きを阻害され、有形の守護霊ならば、『一方的にブチのめされる』事になると思います。そしてこれは、ディメンター同士が共食いをしない理由の説明にもなります。つまり、ディメンター自体もまた己の魂や、絶望するという『機能』を持たないため、他のディメンターからの影響を何ら受けることは無く、他のディメンターに悪影響を与える事もありません」
その回答を聴いたアミットも、ダンカン・ホブハウスもマルフォイも揃ってダンブルドア少年を讃えた。賢い子だとは思っていたが、まさか7年生の自分たちが今日、己の脳が悲鳴を上げるのを感じながらどうにかこうにか咀嚼して理解したクソややこしい『魔法理論』に、この小さなグリフィンドールの1年生が自力で辿り着くとは正直、全く思っていなかったのだ。
「『理論は実践を支える土台』とは嘗てのフィグの言葉だが、お前はそれを体現しているなダンブルドア。僕に言わせれば、お前は誰より偉大な魔法使いになるぞ。あの莫迦共よりも更にだ」
彼奴等は理論を後回しにしすぎだ、と付け加えたマルフォイは未だ説教されているその莫迦共を見ながら楽しそうに笑っていた。
「細かい作用機序の話も習ったけど、あのへんは正直まだ理解してない」
正直に白状したアミットに「僕もだ」と同調したマルフォイは、向こうでまだ説教をしている友人に提案を投げかけた。
「今度からその莫迦に新しい魔法薬を作るように依頼されたらウィーズリーは作り始める前に最低誰か1人に意見を伺うって事にするのはどうだフォーリー?」
声をかけられたヘクター・フォーリーとその隣のノットが声を揃えて「採用!」と叫んだ。
周囲の7年生たちも概ねそれを了承したが、ギャレスとしょっちゅう一緒に薬を作るサチャリッサだけは(それたぶんギャレスは私に意見聴いて済ませるし、私は楽しそうなら許可しちゃうわよ)と1人だけ既にその新ルールの穴に気づいていた。しかしサチャリッサは何も言わない。ギャレスは常に好きなようにのびのび研究できる環境に居るべきだと彼女は信じているから。
「君たちも、それでいいかい?」
もちろんさ!といつも通りの気軽さで言ったギャレスの隣で、規則も法律もまるで守りやしないくせに友人との約束は必死で守るその女生徒は、ぐにぐにと自分の顔を捏ねるように身悶えしながら悩みに悩んでいた。
「カ、カンガエル……ジカンヲ………クダサイ……ぐおお~!むおお~……!!」
大いなる苦悩を全身で表している女生徒を見て、イメルダはしみじみと言う。
「面白い生き物」
それが聞こえていたスリザリンの談話室の皆は一斉に、吹き出すように笑った。
「………見てて飽きませんよね、先輩って」
「良くも悪くもね。まーったくもう困ったやつだよ……ホントに………」
ダンブルドア少年とアミットもクスクス笑いながら言う。
「うちの母が僕の弟を叱った後と同じ顔してますよタッカー先輩」
そう言われてちょっと気恥ずかしそうにしたアミットは、数秒の後ダンブルドア少年に訊き返す。
「ダンブルドアくん弟いるのかい?」
「はい。僕の3つ下です。喧嘩っ早くて困った奴なんですアバーフォースは」
そう言ったダンブルドア少年の目をじっと見つめて、アミットは訊く。
「かわいいんだね?」
「…………まあ、はい」
そこで、どうやら提示された条件を泣く泣く受け入れることでお説教から開放されたらしい女生徒がグワッと立ち上がってダンブルドア少年に呼びかけた。
「そうだ、アルバス!その話!これ!昨日パリで話したやつ!」
大きな包みを持ち上げて示した女生徒に、ダンブルドア少年は「もうですか?!」と驚く。
「まあウィンストンくんの名前で注文したし、急いでくれたんじゃない?それか単に凄いか。ほらアルバスのはコレとコレ。アバーフォースくんとアリアナちゃんにお手紙書いてあげな。お母さんにもさ………ん?ああもう書いてあるのね。じゃあフクロウ出しに行こうか、アルバス」
あっという間に「困った奴」から「先輩」に変わったその友人の背中を見ながら、ヘクター・フォーリーは苦笑していた。
「常にそうあってくれないかな、きみは………」
そう言ったヘクターに内心同調して笑っていたアミットとダンカンに、純血家系出身のスリザリンの1年生ブルストロードが訊く。
「今言ってた『ウィンストンくん』ってのは誰だ?アイツの友達か?」
「そう。アイツがホグワーツに入る前の年、つまり僕らが4年生だった頃にロンドンの街中で知り合ったんだって。アイツにできた初めての人間の友達。それがウィンストンくん。そう。ウィンストンくんはマグルだよ。で、今アイツが持ってった包みはマグルの会社からの品で、それってつまりホグズミードにもホグワーツにも直接は届けてもらえないし、ゴドリックの谷の自宅に直接届いたら『アルバスからの贈り物』って感じしないだろう?だからウィンストンくんの名前でウィンストンくんのご実家に届くように手配して、どうごまかしたのかはしらないけどウィンストンくんのご家族はそれが届いたらウィンストンくんの元に送るように伝えてあって、ウィンストンくんとアイツは手紙のやり取りをしてるから、ウィンストンくんは手紙の返事と一緒にアイツに包みを送る。そういう手筈を整えてたんだとさ」
スリザリンの談話室でブルストロードがアミットから受けている説明を、ダンブルドア少年も廊下を歩きながら当の先輩本人に聞かされていた。
「え、それって『国際魔法使い機密保持法』に違反してますよね?」
「そうだよ!でもウィンストンくんは親友だからいいの!だって僕にできた初めての人間の友達なんだから!……そういや僕がホグワーツに入学するまでずっとロンドンの下水道に住んでたって、言ったことあったっけアルバスに」
「ウィーズリー先輩からお伺いしました。……すいません」
「なんで謝るのさ。それでさ、その『機密保持法』。マグルの首相は、今誰だっけグラッドストン閣下と、あと女王陛下もご存知なんでしょ『こっち』の事」
「まあ、そのお二方の周囲には英国魔法省からの伝言役と護衛が常に居るらしいですからね。それがなんだって言うんです先輩。そのウィンストンくんは首相でも王族でもないでしょうに」
そんな言い分は通らないと自分でも思いながら、その7年生には奇妙な、確信にも近い予感があった。自分でもこれがどこから来るものなのかは解らなかったが、それでも信じていた。
「ウィンストンくんはイギリスの首相になるもん………だからいいんだもん……」
「そんな説明で魔法省の機密保持部隊が納得するわけないでしょう?」とダンブルドア少年が呆れて言う。「それにそのウィンストンくんって、ハーロー校でも別に特段成績優秀ってわけでもないって先輩仰いましたよね?どこでそう思うんです?」
ダンブルドア少年にそう訊かれた女生徒は、束の間硬直する。
「なるもん……ホントなんだもん…………ウィンストンくんは……ウィンストン・レオナルド・スペンサー・チャーチルくんはイギリスの首相になるんだもん……嘘じゃないもん……」
「なっ、泣かなくてもいいじゃないですか!わかりましたから。なりますから!」
「アルバスなってくれるの……?」
「僕はなりませんよ?!」
「なんでよ~………」
「そういう話じゃなかったじゃないですか!!」
その7年生の先輩に毎日とてもお世話になっているのか、それともこちらがお世話をしているのか判らなくなってきていたダンブルドア少年が、その先輩の無茶な言い分が結果的に正しかった事を知るのは、この48年後の事だった。
「ほら、ポピーも君たちも。そろそろ起きなきゃダメだよ」
「………あ。アミット。おはよう………なんで居るの……?」
どうやらハッフルパフの女子寝室の自分のベッドに居るものだと思っているらしい、まだ半分寝ているポピーとは違い、その女の子はすぐに覚醒した。
「あ!宿題ほったらかし!どうしましょ!ねえお姉ちゃんも、ポピーちゃんも起きなきゃ!」
スリザリンの談話室の端のソファで寝ている2人を揺すり始めた女の子が言った通り、ポピーもその横の4年生の女子も共に、明日までに仕上げなければいけない宿題がいくつかまだ残っていた。
「今やるかい?それとも大広間で夕食を食べてからにするかい?」
「今やる!だって宿題って早く終わらせたほうがいいのよ!わたし寝ちゃってたけど」
女の子がそう即答したので、「後で」と言ったら手伝わないつもりで居たアミットはそれなら多少手伝ってあげてもいいかと心の内で方針を固めた。
「ほらポピーも。魔法史のエッセイまだだろう?」
「ん~………あとでやるの……………」
じゃあ手伝わないからね、と聞こえていないのを承知で言ったアミットはしかし、実際は決然と拒否するような厳しい態度は自分にはとれない事もよくわかっていた。
彼でなくとも、このポピー・スウィーティングに「宿題たすけてお願い」と頼まれて断れる者は、この今年のホグワーツの7年生たちの中には居ない。
(ポピーはかわいい。事実だ。だからって甘やかしちゃあダメだって、解ってるのになぁ)
強く頼まれたら断れない自分の性格を是正したいとも、これが自分の良さだとも思っていたアミットは悩んでいたが、同時にこれはとても贅沢な悩みだとも考えていた。こんなに、こんなにも他寮の友人が増えると4年生の頃の自分に言っても、きっと信じなかっただろう。
「2人を起こすなら僕の新しい薬使ってみてくれないかい?」
横から話しかけてきた友人に、アミットは目を細めてじっとりとした視線を向ける。
「さっきの今だぞギャレス………」
この困ったグリフィンドールの友人も、アミットが大切に思う1人だった。
ウィンストンくん
1874年11月生まれ。つまりレガ主と同い年。
太るのは30代半ばからなのでこの頃は細身のイケメン。
晩年「もしアナタの人生のどこかの時点に戻ってやり直せるなら?」
という記者の質問に「1942年」と答えたという逸話が有名。
一番仕事が充実していた時期だからだそうな。
アレを充実してたと捉えるのがスゲェや
※パリで注文したやつが超早く届いたのは単純に作劇上の都合。
メタくない理由付けは「マールバラ公爵家のネームバリューで最優先された」