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第14章 塔と学院
第505話 ヤーランの影と昨夜の事

「……ははぁ、なるほど。そんなことがね……」


 マルトへ出発するまでまだ少し時間がある。

 その前に、ロレーヌとオーグリーに昨夜のことの詳細を説明することにした。

 相手が吸血鬼ヴァンパイアだったことを話すと、やはり二人は驚く。

 特にオーグリーが驚いているようだ。

 なんだかんだロレーヌは吸血鬼ヴァンパイアという存在にかなりなれつつあるからな。

 対してオーグリーは友好的な?吸血鬼ヴァンパイアの知り合いと言ったら俺くらいしかいない。

 驚くのも当然の話だった。


「でも、その吸血鬼ヴァンパイアはもう、王都を出た……ってことでいいんだよね?」


「あぁ、助けに入ってくれた人によれば、そうみたいだな……」


 誰が、という点についてはぼかしている。

 すごい腕の立つ人、くらいで。

 別に言ってもいいような気もするが、ラウラか、最低でもイザークには許可を得るべきだろうしな。

 王都を出るまでは危険に身をさらしてくれているわけだし、オーグリー相手でもそこは内緒にしておいた方がいい。

 オーグリーもあまり余計なことを知ってしまうよりははじめから知らない方がいいこともあるだろう。

 いずれ話すこともあるかもしれないけどな。


「しかし吸血鬼の王か……話には聞いたことがあるけど、こんなところにもその配下がいたりするんだね。言っちゃなんだけど、ヤーラン程度の田舎国家に来ても楽しいことはなさそうなんだけどなぁ」


 オーグリーがそう言いたくなる気持ちは分かる。

 実際、ヤーランは世界でも中央からは遠く、また国力も小さく、そして何か特別な品物があるわけでもない田舎国家だ。

 その代わりにのどかで平和なわけであるが……言ってしまえばそれだけである。

 なぜわざわざ吸血鬼の王の配下なんかがぶらぶらしていたのか分からない。

 暇つぶしか?

 ……まぁ、ラウラの感じを見るに、吸血鬼ヴァンパイアというのはそういうところがある存在なのかも知れないが。

 永遠の命というのは暇だろうしな。

 旅を趣味にしているのかも知れない。

 

「どんな奴だったのか、見たのか?」


 ロレーヌが知的好奇心からそう尋ねてきたので、俺は思い出しつつ答える。


「あぁ、なんとなくはな。紳士服にステッキ、あとシルクハットを被った……おそらくは男だったよ。ただ顔は見えなかったな。暗かったから、っていうのは俺にとってはいいわけにはならないが、なんか見難かったというか……たぶん、身につけている物にそういう効果があったんだろうと思うぞ。もしくは、魔術かもしれないが」


 俺の目は非常に夜目が利く。

 少しの光があれば、それこそ星明かりほどでも、人間だったときの昼間の視界と同じくらい遠くまで見える。

 したがって、夜中だからと言って顔が見えない、ということは普通ならないのだ。

 にもかかわらず見えなかった、というのはそういうことに他ならない。


「……認識阻害系の魔道具、もしくは魔術か。まぁ、吸血鬼の王の配下、ともなれば顔は隠しておきたいだろうし、仕方がないだろうな……。しかしよかったな、レント。変に目をつけられなくて。吸血鬼の王と言えば、四体の魔王と並ぶ大物だ。もし妙に興味を抱かれれば、流石にただでは済むまい」


「確かにな……それは助かったよ」


 あの吸血鬼ヴァンパイアは俺が魔物である、とか吸血鬼ヴァンパイアである、とか思っていたようであるが、本当は吸血鬼ヴァンパイアとも言い難いよくわからないもどき(・・・)であり、聖気も宿しているおかしな存在だと知れれば、そう言う可能性もあっただろう。

 俺はまだまだ弱いし、その気になれば簡単にさらわれてしまうような存在である。

 どこかの物語のように王子様が助けにきてくれるわけもなく、吸血鬼の王のアジトでひどい目に遭わされるのが見えるようだ。

 そうならなかっただけでも御の字である。


「可能なら……もう二度と会いたくないが……」


 ついそう呟いてしまうが、ロレーヌが俺の顔を見てからため息を吐いて言った。


「……お前にはそういうものを引き寄せる体質があるみたいだからな。きっと、無理なんじゃないか?」


「勘弁してほしいんだが」


「それは私も同感だが、来ると思って対策はしておいた方がいい」


「どうすればいいと思う?」


 ぱっとは対策が浮かばないので、何かいいアイデアがないか尋ねてみると、ロレーヌは、


「さしあたり、聖気でも鍛えたらどうだ? 吸血鬼ヴァンパイアには効果覿面だと言われているからな。まぁ、上位の吸血鬼ヴァンパイアには微妙かもしれんが……」


 これについてはイザークが聖気を放つ樹木をあんまり近づきたがっていなかったが、それでもいきなり消滅したりすることはなさそうだったことからも明らかだ。

 つまり、あの吸血鬼の王の配下にも一撃必殺で効く、という感じにはならないだろうな。

 ただ、苦手としていることは間違いないし、切り札にはなるだろう。

 その前にあのぎりぎりと圧縮される魔術でやられたらおしまいなのだが……。

 あぁ、そういえば……。


「ロレーヌは圧縮デヒセーとかいう魔術は使えるのか?」


「む、それは初耳だな。さっき言ってた、お前がその吸血鬼の王の配下に潰されたときに使われたという魔術か?」


 魔術名は特に言わないで説明していたからこういう反応なのだろう。

 俺は頷く。


「あぁ。詠唱は魔術名だけだったけど、確かにそう言ってたな。ないのか、ああいう魔術」


「圧縮系はいくつかあるが、その魔術名は知らない。圧縮コンプレシオンが一般的で、古代語系統だと圧縮ダハタがあるが……。いい情報を得た。お前を手も足も出ないレベルで圧縮できる魔術となれば、使えるようになれば有用だろう。研究しておくことにする……とりあえず、どこの語系に属するかからだが……」


 そんなことを言い始め、ぶつぶつと思考の海に浸りだしたロレーヌだった。


「……ま、本当に無事でよかったよ、レント。それと、今日でお別れだ。といっても、またそのうち王都には来るんだよね?」


 オーグリーが俺にそう言ってくる。

 ロレーヌが魔術に夢中になり出したらもう何を言っても耳に入らないことを知っているからだ。

 俺は頷き、答える。


「そんなに行ったり来たりしたいわけじゃないんだが、間違いなく来ることになるだろうさ。王女関連もあるからな……」


「やっぱり、まだ一悶着あるよね、あれは」


「たぶんな。ジャンが全部さっぱり片づけてくれるなら大丈夫かも知れないが、そう簡単にいきそうな気がしない」


 なにせ、ハイエルフの授かった預言がある。

 いかにジャンが傑物であっても、神々の預言はそうそうに外れはしない。

 

「実に不安になる話だけど……また君たちに会えることは純粋にうれしいよ。じゃ、そのときまで僕は僕で腕を上げておくことにしよう。流石にそのときに吸血鬼の王の配下、なんてのが襲ってきたら、今の僕じゃどうにもできないからさ」


「俺もがんばってもう少し強くなっておくさ。そのときまで、お別れだ」


 そうして、俺とオーグリーは握手を交わした。

 お互い、長くくすぶっていたが、それでも強くなれている。

 その実感がなんだか、今更になって湧いてきた気がした。

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新作 「 《背教者》と認定され、実家を追放された貴族の少年は辺境の地で、スキル《聖王》の使い方に気づき、成り上がる。 」 を投稿しました。 ブクマ・評価・感想などお待ちしておりますので、どうぞよろしくお願いします!
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