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第14章 塔と学院
第504話 ヤーランの影と銀級の扱い

「……? 何か、違うな。何かあったのか?」


 次の日の朝。

 朝食を食べるために宿の食堂でロレーヌと顔を合わせるや否や、そう尋ねてきた。

 昨夜のことについて、正確に言うのならかなり強力な吸血鬼ヴァンパイアに襲われ、為すすべもなく喉と首に大穴をあけられ、自らの無力をこれでもかというくらい深く味わってきた、という話になるのだが、今の俺を客観的に見ると無傷だ。

 《分化》すれば外見上の傷は全くなくなるからだ。

 にもかかわらず、ロレーヌは見ただけで普段との違いに気づいたわけだ。

 流石は学者というべきか、物事の変化に敏感である。

 なんというべきか少し考えたが、これから食事であることだし、あまりグロい話題にならないように、そして周囲が聞いてもよくわからないように答えようと思う。


「……昨夜、眠れなくて外を出歩いてたんだが、通り魔に襲われてさ。これがもうけちょんけちょんにやられてしまったんだよ」


 だいぶ軽い話に聞こえるが、これくらいがちょうどいいだろう。

 周りでちらっと聞き耳立ててる奴もいるだろうが、だいたいが冒険者だ。

 よくある話だと思う。

 しかしロレーヌはこれに驚いて、


「お前がか? そうか……王都というのはやはり、マルトと違って物騒なのだな」


 そんな風に言う。

 もちろん、マルトより王都の方が夜道は危険なのは確かだろう。

 腕の立つ人間が善悪問わず、集まりやすいわけだし、金目のものを持っている人間の割合もまた多くなる。

 必然、それを狙った通り魔も増える、と。


「おいおい、あんたらマルトからきたのか! 確かにあんな田舎から来たんじゃ、王都じゃやってけねぇかもなぁ!」


 周りで聞いていたのだろう、一人の冒険者らしき中年の男がそんなことを言った。

 他に朝食をとっている者たちのうち、何人かもそれに笑った。

 かなり屈辱的な感じがあるが……内実を知らないからそんなことを言えるわけで、実際ここにいる者たちのどれくらいがあの吸血鬼ヴァンパイアに対抗できるんだろうなと考えると、むしろ反対に笑える。

 そんな思いが、俺の口を少し、歪ませたのだろう。

 俺たちを笑った男がめざとくそれを見つけたようで、


「おい、兄ちゃん。お前、俺を笑ったな……?」


 などと言いながら立ち上がり、こちらに近づいてくるが……。


 ──トントン。


 という、階段を下りてくる音がした後、


「あぁ、レント。もう起きてたのか。ロレーヌも。朝が早いね」


 と言いながらオーグリーが近づいてきて、それを見た中年冒険者が驚いた顔でオーグリーを見た。


「え、あ、あの……オーグリー……さん。こいつらと知り合いで?」


 突然態度が変わってそんなことを言った男に、オーグリーは、


「そうだけど、何かあったの? あ、もしかして喧嘩売った? いや、それはやめておいた方がいいんじゃないかなぁ……この二人、僕より百倍強いよ」


 そう言って男の肩をぽんぽん、と叩く。

 男は信じられないような目でオーグリー、そして俺とロレーヌを見て、しかし納得できないようにオーグリーに言い募る。


「い、いや! でもこいつ、昨夜、夜道で襲われてぼこぼこにされたって言ってたんですぜ! そんなはず……」


「えぇ!? レントが? ……もう夜道なんて歩けないじゃないか。ちなみにどれくらいやられたの?」


「何も出来なかったな。本当になんにも。びっくりしたよ」


「えぇー……王都ってそこまで物騒なの、たとえ深夜でも通り魔なんて出ないはずなんだけど……治安騎士だって歩いてるのに」


「あれに治安騎士が対抗できるとは思えないぞ」


「……拠点変えようかな……」


 そんな会話を俺とオーグリーが続けていると、中年男の勢いは徐々に静まっていった。

 それから、中年男はふと気になったようで、


「百倍強いって言いますけど……具体的にはどのくらいで……?」


「階級的にはまだ君と同じ銅級だよ」


「あ、なら……」


「でも、もうすでに銀級昇格試験を受ける資格はあるし、受験すれば受かると僕は思ってる。単純に僕がレントと戦ったら……いや、戦いたくないな。勝てない(・・・・)もんね」


 その言葉の意味は、いくらでも再生する奴にどうやって勝てっていうんだ、ということであって、技量についての話ではないのは俺とオーグリーの間では自明であるが、中年男には当然、単純に俺の方が強い、という意味で響いたらしい。

 急にその場で土下座して、


「す、すまねぇ! 旦那! 俺が悪かったぁ!」


 と謝りだしたので、俺は、


「いや、気にしないでくれって。そこまで謝られるほどのことでもない。だが、強いて言うなら本当に自分より弱い冒険者に会ったとしてもさっきみたいなのはやめてやってくれ。ああいうのって、思った以上にやられた方は傷つくからさぁ……」


 今は、この男より俺の方が強い、と思えるから大したことは思わない。

 だが、昔なら……怒り出したりはしないが、なんだか非常に悲しい気分になったことは間違いなく、ため息を吐きながらとぼとぼ宿の部屋に戻るような感じになっていただろう。

 こういう洗礼じみたことに耐えられる忍耐を身につけることももちろん、重要なのだが、こんなことをやる奴は出来るだけ少ない方がいい。

 そう思っての台詞だったが、ロレーヌが、


「おい、レント。こういう場合はそんな風に諭す必要なんてないぞ」


「そうか?」


「そうだ。そうではなくて、こうやってだな……」


 何をするのか、と思ってロレーヌを見ていると、その手元に少しずつ圧縮された魔力の塊が膨らんでいくのが見えた。

 いやいや、何をする気なんだ……もちろん、脅しなのは分かるがちょっと怖い。

 冷静にそう思って見ていたのは俺とオーグリーだけのようで、中年男は土下座体勢から顔を上げて怯え出す。

 魔力を見る目がなくとも、具現化し、高度に圧縮されたそれは隠匿されない限りはその圧力や危険というのは肌が感じるものだからな。

 ロレーヌの手元のそれが、どれだけやばいものなのかは男にも分かったのだろう。


「す、すまねぇ! い、命だけは……!!」


 と平謝りだ。

 男が本気で怯えている、と分かったところでロレーヌはすっと魔力をしまい、


「……冗談だ。だが、本当に短気な奴は宿ごと吹っ飛ばすこともあるだろうからな。お前も冒険者なら気をつけることだな」


 と言って笑い、地べたをはいずろうとしていた男に手を差しのべた。

 端から見るとどこまで冗談なのか分からないところが怖い。

 男ももちろん、そうだったようで、差しのばされた手を怯えつつつかむと、


「わ、悪かった……もう二度と、二度としねぇ……!」


 と言って、自らの席に戻り、ふるえる手でフォークを再度握っていた。

 脅しすぎだろ。



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