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第14章 塔と学院
第503話 ヤーランの影と身の程

 ふっと、目が覚めた。 

 宿に戻り、明日のために今日は眠りにくいこの体でとれるだけの睡眠をとり、そしてすっきりと目覚めてマルトに戻ろうと思っていたのに。


 外を見ればまだ夜中だった。

 王都と言えど、深夜は静かで暗い。

 人の気配はなく、たまに見えるのは酔っぱらいだけだ。

 そんな王都の町を魔道具の明かりがぼんやりと照らすが、光よりも闇がずっと多い。

 どこまでも深い暗闇……。

 

 俺にとっては暖かなその中へと飛び込んだ。


 ◆◇◆◇◆


 不死であるこの身は、どれだけの暗闇であっても遠くまで見通すことが出来る。

 まるで昼と変わらずに見える。

 それは、この体が夜に生きる者のものだからだろうか。

 歩く若い娘をとらえて、血をすするための……。

 分からない。

 俺の吸血衝動は、ロレーヌの血をもらっているからか、ひどく弱い。

 人を喰らうことでしか生きられないものとは思えないほどに。

 いや、本当は違うのだろうか。

 俺は少なくとも、ニヴの判別によれば、吸血鬼ヴァンパイアではない。

 では何だというのか。

 人の血を吸うことに快楽を見いだす体を持った俺が、一体どんな魔物だと……。

 分からない。

 分からないことが恐ろしい。


 思えば、遠くまで来たものだ。

 マルトでいずれ屍を晒して死ぬしかないとどこかで思っていたのに、なぜか王都まで来て、王族や裏組織の長、それに東天教の僧正、などという、以前ならとてもではないが足下にすら近寄れないような相手と普通に交流を持っている。

 力は伸び、透明な目標でしかなかった銀級にすらも手が届こうとしている。

 このまま走っていけば、俺はどこまででもいけそうな気がしている。

 ただ、これは自惚れなのだろうな、とも思う。

 色々な人物と出会い、分かったことは、俺は所詮、まだまだ全く弱い存在に過ぎない、ということだ。

 常に俺の右側にいるロレーヌの立っているところにすらたどり着ける気配がない。

 魔物の体を得て、強くなる術を得たというのに、だ。

 ふがいない。

 どこまでも……。


 誰もいない街を一人で歩いていると、そんな後ろ向きな考えに浸ってしまう。

 これから先のことなんて、ただひたすらに努力していくしかないと言うのに。

 だが、一人で考えるだけ考え、そして振り払って、明日は気分良く迎えたかった。 

 だからこそ俺はこうして一人で街をさまよっていた。


「……少し、不用心に過ぎるんじゃないかね?」


 だから、そんな声が耳元で聞こえたときも、俺は反応が遅れた。


 ──え?


 そう口に出そうとした瞬間に、俺の体はすでに宙に浮いていた。

 吹き飛ばされたのだ。

 胸元が強く痛む。

 

「……ほう、なるほど。君もこっち側(・・・・)か? 餌にいいかと思ったのだが……それでは無理だな」


 何の話か、と思って言葉を発しようとしたのだが、声が出ない。

 どういうことか……と思ったら、すー、すー、という音が喉元からでていることに気づく。


「あぁ、すまない。叫ばれたら面倒だと思ってね。穴をあけてしまったよ」


 喉元に手をやると、そこには何もなかった。

 肉がとられている。

 といっても、まだ頭と体はつながっているようなので不幸中の幸いだが……幸いか?

 いやいや、ともかく、一体どういうことなのだこれは。

 なぜ、いきなり攻撃された。

 そもそも、こいつは何だ。

 改めて観察してみれば、妙な格好の男だった。

 紳士服にステッキ……口元にくわえているのは……俺の肉か。

 かじり取られたわけだな。

 なんて悪食。

 俺なんて食ったところでうまいとは思えない……。


「驚いてはいるようだが、ずいぶんと余裕があるね? 君はここで消滅しない自信があるのかい? 全く気づかずに、それだけの傷を負ったというのに……あぁ、が助けに来てくれると期待しているのかな……? しかし、一瞬で終わればその期待にも意味がないだろう……」


 そう言った直後、その男は空中を移動し、俺の眼前までやってきて、大きな口を開いた。

 どぷり、という大量の水が立てるような肌のざわめくような音と共に、男の体が夜の闇よりもなお濃い黒色へと変化し、その体全体が大きな口へと変わったのだ。

 それで、正体がなんとなく見える。

 見えるが……まずいな。

 これってここで詰みなのか。

 俺はここで終わるのか。

 焦燥が湧いてくる。

 何か手段はないかと考えるが、何も思い浮かばない……あぁ、いや。

 そんなことはない。

 俺もやればいい(・・・・・・・)のだ。


 そう思った瞬間、俺の体もまた、闇へと沈む。

 《分化》だ。

 巨大な口の閉じるだろう空間よりも外側に逃げ、その攻撃を避けると……。


「……変わった《分化》だ。私も人のことは言えないが……しかし、圧縮デヒセー


 男が《分化》を解き、くん、と指を俺の方へと向けると、あらゆる方向からまるで万力で締められているかのように圧力がかかり、逃げようとした《分化》された体が一点に向かって押し込められる。

 抵抗してみるが、そもそもの力が違う。

 蟻が象に反抗するようなもので、全く跳ね返すことも出来ず、ただ俺は押し込められていく……。


「《分化》は便利だが、対処する方法は色々とある。には細かく教えられなかったのかな? まぁ、知っていたところで力が開いていればどうしようもないがね……」


 やばい。

 本当にこいつの言うとおりどうしようもない。

 他に何かやりようは……。

 あぁ、聖魔気融合で自爆とかどうかな。

 もうそれくらいしか浮かばないのだが……。

 こうなったら、このままここで何も出来ずに終わるよりかは一矢でも報いるためにその方法に挑戦してみるしかない。

 俺がその覚悟を決めると、


「……っ!?」


 急に、周囲から感じていた圧力がふっと消えた。

 そして、男の姿もだ。

 一体どこに……。

 地面になんとか落ちるように着地し、きょろきょろと辺りを見回すが、男の姿はなかった。

 代わりにあったのは……。


「……レントさん。大丈夫ですか? 対処に遅れまして、申し訳ありません」


 俺たちを王都までつれてきてくれた、御者の男だった。

 つまりは、ラウラの眷属の吸血鬼ヴァンパイアである。

 したがって、俺よりも遙かに強いのだろう。

 下級吸血鬼レッサーヴァンパイアだという話だったが、この様子では嘘だったのだな。

 イザークが気を遣って強い人をつけてくれた、というところだろうか。

 まぁ、今はそれはいい。

 それより、


「……今の奴は一体なんだったんだ?」


「あれは、我が主の敵です。気配を感じたので追いかけていたのですが、その途上でレントさんと遭遇してしまったようで……。ただ……私が近づいたことに気づいたのですね。もう王都から出てしまったようです。レントさんはご安心ください」


「敵……ラウラの敵か。どんな奴なのか聞いても?」


「ええ。あれは吸血鬼ヴァンパイアの王、アーク・タハドゥの《孫》の一人です。通常の吸血鬼ヴァンパイアとは比べものにならない力を持っています。無事でよかった……」


 ほっとしつつそんなことを言うが、そんな人物が逃げるほどの力を持つ貴方は一体、と聞きたくなってくる。

 そんな俺の気持ちを知ってか知らずか、男は続ける。


「レントさんを狙っていたわけではなく、たまたま会っただけのようですから、今後の心配もいらないでしょう。ただ、もし今後あれに会うようなことがあれば、逃げるか、我が家にお知らせくださいね……それでは、また明日に」


 それだけ言って、男は闇に消えていった。

 鮮やかな消えようで、もはや気配も追えない。


「……ほんと、弱いな、俺って」


 もっとがんばらなければ。

 改めてそう思った。 

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新作 「 《背教者》と認定され、実家を追放された貴族の少年は辺境の地で、スキル《聖王》の使い方に気づき、成り上がる。 」 を投稿しました。 ブクマ・評価・感想などお待ちしておりますので、どうぞよろしくお願いします!
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