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第14章 塔と学院
第486話 ヤーランの影とその人

「……それにしてもすげぇな、あいつ。流石、ギリーをやっただけのことはあるぜ」


 ロレーヌが魔術を連発するのを見ていると、後ろからそんな声がかかった。

 俺はロレーヌの様子を見つめたまま、ぼんやりと尋ねる。


「ギリー? 誰のことだ」


「あぁ、名前聞いてねぇのか。《スプリガン》って言えばわかるだろう。あいつの本名、ギリー・フラッドって言うんだぜ。南の闘技都市では《化け物のギリー》って呼ばれてた。俺が誘って、組織を作って……それで今に至る。今回のことは悪いことをしたよ、あいつにも、お前らにも。王族周りに入れてた奴がどうも裏切ってたみたいでな。変な情報ばっかり入ってたみたいだ。慌ててこっちに戻ってきたらもうてんやわんやで……冒険者組合ギルドの仕事の方も出来なくてよぉ……」


 途中までは、ふーん……と聞いていた。

 《ゴブリン》が戻ってきて何か言っているのかと思ったからだ。

 しかし、途中からは声色が《ゴブリン》のそれとは違うな、と思い、さらに内容を咀嚼して、ん?と思った。

 振り向いてみるとやはり、そこにいたのは《ゴブリン》でなかった。

 年齢のよく分からない男だ。

 若くはない。

 五十以上ではあるだろう、とは思う。

 ただ、それ以上は絞れない。

 体はそれほど大きくなく、冒険者で平均的な大きさだが、相当に鍛え抜かれていることは服の上からでも分かった。

 また、闘技場の観客席に鷹揚に腰掛けているが、全く隙が見えない。

 こりゃ勝てませんね、と一瞬で理解できてしまうほどである。

 逃げることも出来なさそうだ。

 そうした途端に首が飛びそうな、物騒な気配すら持っている。

 しかしそれでいて表情はにこやかというか、不敵というか……イヤな顔ではない。

 なんだか好感を感じるのだ。

 人としての吸引力を感じるというか……。

 ただ、今問題なのはそんなことではないな。

 俺はその男に尋ねる。


「……あんたは誰だ?」


 平坦というか、冷静な声が出た。

 本当に冷静だったわけではない。

 ただ、慌てても意味がないと思ったのだ。

 目の前の男の接近に、俺はまるで気づかなかった。

 攻撃する気だったらされていたし、俺は全くそれに反応することも出来なかっただろう。

 加えて、真正面から戦っても勝てるビジョンも逃げられる未来も見えないのだ。

 今の俺の体で、である。

 つまり、慌てるだけ無駄だ、と本能的にも論理的にも思ってしまった。

 

「俺? 俺はな……」


 男が素直に答えようとしたところで、


「……うぐぐ……こ、ここは……」


 と、男のさらに後ろの席で気絶していたヴァサが起きあがる。

 それから、男を見て目を見開き、慌てた様子でその足下まで走り、ひざまずいて言った。


「……お《(おさ)》! こんなところに一体ど、どのようなご用件で……!?」


 ……なるほど。

 こいつが《(おさ)》か。

 と、その台詞で納得する。

 この存在感、吸引力、余裕……いずれをとっても相当な人物でなければ出せないようなものである。

 俺には人を見る目とか眼力みたいなものはほぼ皆無だと自負しているが、そんな俺から見てもそうなのだ。

 誰から見ても似たような印象だろう。

 男はヴァサに台詞を取られてがっかりしたのか、残念そうな顔で、しかし俺に向かって自らも名乗る。


「……おう。そういうわけで、俺がこの組織の《(おさ)》ってことになる。名前はジャン・ゼーベック。よろしくな」


 そんな風に。

 挨拶されたらこっちも名乗らないわけには行かないだろう。

 暗殺組織の長だといっても礼儀を失してはならない……というか、そんな組織の長だからこそ、下手に出ておこうという下っ端根性が沸き上がる……。冗談だぞ?


「……俺は銅級冒険者のレントだ。ここには……あんたに会うために仲間と来た」


「知ってるよ。しかし銅級ねぇ……このヴァサは、これで銀級程度の腕前はあるぞ。加えてあの異能を使えば金級にも迫れる。まぁ、真正面から戦えばそこまでは厳しいかもしれねぇが、少なくとも銅級にやられるような中途半端な腕前じゃねぇ」


 その話は俺に向かってされたものだが、横で聞いているヴァサはうれしそうに目を輝かせている。

 子供みたいな奴だな……いや、それだけこの《(おさ)》が慕われているわけか。

 確かに包容力みたいなものを感じる男でもある。

 ついていきたい、と思わせるというか……。

 

「戦いを見てたのか?」


「あぁ。上の方から見れる場所があるんだ。面白いことやってると思っておりてきたら、あの姉ちゃんが古代魔術ぶっぱなしてるからよ。見物させてもらってた」


 あの姉ちゃん扱いはロレーヌもあんまりされたことがないだろうが、暗殺組織に侵入して古代魔術を披露、なんてことをする魔術師など滅多にいないだろう。

 興味を引かれるのは分かる気がする。


「ここでやってた戦い、あんたの許可はなかったが止めなくてもよかったのか?」


「別に戦いたいなら好きにやればいい……とは思うが、気づいたのが本当に先ほどでな。お前とヴァサがすでに戦っていたし、今更止めるのも野暮だろうと思った。まぁ、殺し合いになれば止めていただろうが……お前にしろ、ヴァサにしろ、そこまでやる気はなさそうだったしな」


 確かに、俺はそのつもりだったが、ヴァサもそうだったのか?

 思いっきり短剣で急所を突き刺しに来てたが。


「……完璧に決まってたら寸止めくらいはした」


 ヴァサがいいわけがましくそう言う。

 本当かどうかはともかく、まぁヒートアップしたらそういうのも全部忘れてしまうことはありがちではあるしな。

 一応、そういうことにしておこう。


「何にせよ、面白い試合だったぜ。レント、お前も異能を使うとは知らなかったが……少なくともマルトにいたときは一度もそんな報告はなかったな」


「そりゃ、あんなことが出来るようになったのは最近だからな。当然だ」


「ははぁ……なるほどねぇ……。ま、そういうこともあるか」


 こくこくとうなずく男。

 なんだか、暗殺組織の《(おさ)》というからもっと剣呑な雰囲気をまき散らしたやばい奴を想像していたが、わりかし理性的なようだ。

 これなら話もまともに聞いてくれるかも知れない。

 しかし、その前にだ。

 ちょっとやばいことを聞いたような気がしたのを思い出して、それだけは尋ねておかねばと俺は言う。


「……なぁ」


「なんだ?」


「ジャン・ゼーベックって……総冒険者組合長グランドギルドマスターの名前だよな?」


 どっかで聞いた名前だな、と思って、さっきピンときたのだ。

 それに男は、


「あぁ、そうだな」

 

 何の気なしにそう答えたので、俺は深く思った。

 ……これは、本当に、やばそうだ、と。

 生きて帰れるのかな?

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