2年後もしくは106年前 作:requesting anonymity
イギリスはブリテン本島、ハイランド地方の人里離れたどこか。決して地図に載らないそこには、やたらと古そうな城の廃墟があった。ごく稀にそこを通りがかる者がもし居ても、城を視界に入れる遥か手前で皆、まるで魔法にでもかかったかのように急用を思い出して踵を返し、早足で立ち去っていく。ただそれだけの、単なる廃墟だった。
魔法界に属さない多くの者にとっては。
そこにあるのは国際魔法使い連盟に名を連ねる11の魔法学校の1つ。世界最高の魔法学校だとイギリス全土の魔法族が固く信じている、かの名高きホグワーツ魔法魔術学校。
時は1892年9月1日。イギリスにある多くの魔法界に属さない学校と同じように、ホグワーツも今日から新年度が始まろうとしている。そしてこの年、この日。あの偉大なる「生き残った男の子」ハリー・ポッターに勝るとも劣らぬ名声と功績を魔法界に刻する1人の歴史的偉人もまた、期待と不安に胸を膨らませてこのホグワーツ城へとやってきていた。
周囲の他の新1年生たちよりも一回り以上背が低いその11歳の丸っこい男の子は、去年父親を失ったばかりだった。それも彼の父親は、ある意味では天国よりも遠い場所へと行ってしまったのだ。北海の牢獄アズカバンの高く暗い壁の向こうへと。
「1年生の諸君、ホグワーツへよく来た」
高そうな服に身を包んだ壮年の男性が、列車から降りてきた新1年生たちに呼びかけている。
「私はフィニアス・ナイジェラス・ブラック。このホグワーツの校長を務めている。さて、きみたち以外の生徒、つまり2年生から7年生までの在校生は既に大広間で先生方と共に諸君らを待っている!さあ諸君、付いてきたまえ。列から離れて勝手な行動をとる者は城に1歩も足を踏み入れる事なくホグワーツから去ってもらう。そうなりたくなければ行儀良くする事だ」
そう告げて歩き出したブラック校長の後ろをついていく新1年生たちは、ある者は渦巻く感情を内心に押し留めた冷静な顔で、ある者はどこか不安そうに、またある者は視界に映る全てに大興奮している様子で目を輝かせながら、配慮の足りない歩幅と速度でスタスタ進んでいく校長に置いていかれないように頑張っていた。
「見ての通り、ホグワーツ城は湖に隣接している。毎年1年生はボートでこの湖を渡る。そして7年生が卒業する時もボートでこの湖を、諸君らとは逆向きに渡りホグワーツから巣立つ。まあ古くから続くホグワーツの伝統と言うやつだ……諸君らがその一部となれることを誇りに思いたまえ」
さあ乗りたまえと促されるままその木でできた小舟に乗り込んだ1年生たちは、独りでに動いて船を漕ぐオールや湖の水面などを好奇心に惹かれるまま、湖を渡り切るまで飽きずに見つめ続けた。
「わあ!!」
ボートから降りた1年生たちの中から声が上がる。それにつられた男の子が後ろを振り向くと、湖面から吸盤の並んだ見上げるほどに巨大な触腕がこちらへ伸びてきていた。
「騒ぐな!貴重な生き物だ、敬意を払え!入学するより先に退学したいのでなければ杖をしまえ」
たちまち半狂乱となったほとんどの1年生たちに向けて、校長が一喝する。
「これが、きみたちがホグワーツで得る最初の学び、という事になるな」と、どこからか取り出した包みを開封しながら、校長が言う。
「覚えておくといい…………この大イカは、トーストが好物だ」
校長が包みの中の10切れ近いトーストを全て渡すと、その巨大な触腕はスルスルと湖の中へと戻って行った。
そして校長が歩き出し、1年生たちがそれに続いて移動を再開し始めても尚ひとりの女の子が湖面をジッと見つめている事に、たまたま隣に居たその男の子は気づいた。
「すごーい、すごーい………あんなおっきいイカさんがホントに居るんだぁ………!!」
爆発寸前の好奇心が表情に現れているその女の子に、小さな男の子が話しかける。
「ねえ、校長先生とみんなに置いてかれちゃうよ。列から離れて勝手な行動したら退学だって」
男の子は、女の子の手を引く。
その頃ホグワーツ城1階大広間では、縦4列に並べられた長い長いテーブルに1年生以外の生徒たちがいつもの通り寮ごと学年別に着席し、目の前にずらりと揃ったごちそうに手を伸ばさぬよう自制心を奮い起こしていた。そしてその4列のテーブルの奥側最端に座る7年生たちの一部は自分たちのすぐ傍、大広間の1番奥に横一列に並んだテーブルについている教職員とも歓談していた。
「面白い顔してるねえ、ミスター・ウィーズリー?」
「やっぱり僕この時間苦手です、ウィーズリー先生」
変身術教授にして副校長の魔女マチルダ・ウィーズリーが、甥である7年生のギャレス・ウィーズリーがごちそうを凝視しているのを見て話しかけている。
「お。サーニコラス、今年もよろしく!………なあギャレス、そういやアイツは?」
そのギャレス・ウィーズリーに、同じテーブルの左隣に座る同級生のリアンダー・プルウェットが声をかける。
「さあ?一昨年は組分け終了ギリギリで飛び込んで来たし、去年は1年生に紛れてたから………」
リアンダーの言う「アイツ」が誰の事なのかを聞き返しもしないギャレスは数秒考え込んだ後、リアンダーと同じ結論に達した。
「やっぱり今年も遅刻なんじゃない?」
どのテーブルでも、7年生たちは同じ話題で情報交換していた。
「オミニス、まだ食べちゃ駄目だぞ。気持ちは解るけど我慢しなきゃ」
セバスチャン・サロウが骨付きチキンをひとつ大皿から攫おうとした隣の青年を制止している。
「ねえ、アイツは?今年も遅刻?」
2人の正面に座る同級生の女子生徒が口を開いた。
「うん。屋敷しもべ妖精たちがそんな感じの噂話をしてたよイメルダ」
骨付きチキンを先生方から隠そうとしつつそう返答したオミニスもまた「アイツ」が誰の事を言っているのかなど、わざわざ確かめたりはしない。
その生徒はいつだって、たとえその場に居なくとも、7年生たちの中心だった。
「でも、アイツは『付き添い姿現し』で直接ホグワーツに来れるんだから、どうせどうとでもなるだろう?それに住んでるのだってすぐそこのホグズミードだし」
アミット・タッカーも同じテーブルの7年生の友人たちと、同じ話題を交わしている。
「居ないと言えば、ブラック校長も居ないな」
「ブラック校長は、居ない方がごちそうが美味しいでしょ」
アミットの正面に座る女子生徒コンスタンス・ダグワースのその言葉にアミットやその周囲の友人たちも、聞こえていたらしい隣のテーブルの7年生たちも揃って笑った。
「さて諸君」その大広間のすぐ外の廊下で、ブラック校長が1年生たちに語りかけている。
「言った通りアルファベット順に整列したな?この大扉の向こうが大広間だ………まだ入らないぞミスター・ブルストロード!」
逸る気持ちが表情に現れていた細身の男の子に、ブラック校長が鋭く言葉を投げて微笑んだ。
「ご両親や兄弟姉妹などから聞いている者も居るだろうが、そうでない者も居る事だろう……特に『マグル生まれ』はな………そういう者のために私が、これからきみらが挑む『組分けの儀式』について説明してやろう」
組分けと聞いて丸っこい手をギュッと握りしめている丸っこい顔の小さな男の子のいくつか後ろで、嬉しさが溢れて止まらないらしい女の子が目を煌めかせている。
「オバケさんがいっぱい居た………壁の絵も動いてた……話してた………!!!お姉ちゃんの手紙に書いてあった通りだぁー………!!!」
その子が両親共に非魔法族の家庭出身、所謂「マグル生まれ」であることは周囲の誰の目にも明らかだった。
「このホグワーツには4つの寮がある。グリフィンドール、ハッフルパフ、レイブンクロー、そしてスリザリン。全ての生徒は入学と同時にいずれかの寮に所属し、休暇中以外は各寮の寝室で寝起きする。ルームメイトがどんな奴だったとしても、仲良くやる事をお勧めするね………嫌でもこれから7年間寝起きを共にするのだから」
「はい!校長先生!オバケさんたちもその『寮』のお友達なんですか!」
元気に手を挙げて質問した女の子の背後で何人かの1年生が露骨に顔を顰めているが、話を遮られたにも関わらず校長はすんなりと質問に応じた。
「ふむ。マグル生まれの子だな?」とブラック校長はその女の子を見つめ返す。
「しかし良い質問だ。もちろんホグワーツの仲間であり、ほぼ全てのゴーストは4寮いずれかの大先輩でもある……生きた時代はそれぞれだがな。しかしほとんどのゴーストは己が生前所属した寮に愛着を感じてこそおれど『寮の仲間』ではない、と言えるな。もちろん『友達になれない』とは言わんが」
ブラック校長は1年生たち1人ひとりを見つめて説明を続ける。
「4つの寮は毎年『得点』を競う。良い行いをしたり、授業で優秀さを発揮すれば加点。その逆なら減点。あまりにも目に余る場合は罰則。更に酷ければ退学。減点も罰則も退学も、宣告されてから何を言っても覆らんのでそのつもりでいたまえ。単に減点されただけでもまあ、同じ寮の先輩方やご学友から顰蹙を買うこととなる―誇りある寮の名に泥を塗っているのだからな―そして毎年度末の式典で、その年最も得点の多かった寮に栄えある最優秀寮杯が与えられる」
列の半ばに居る女の子は、目を輝かせてブラック校長のその説明をじっと聴いている。
「しかし、ゴーストが何をしても寮の得点には直接影響しないので、この点に於いてゴーストは寮の仲間ではないと言える。だが礼儀正しく接すればゴーストのみならず絵画も石像も、助けにはなってくれるだろう。これにも『ピーブズ』という例外があるがそれはまあ今はいい―おや、ミスター・ロングボトム。心配無用だ。成績の悪さを理由に退学になった者は私の知る限り居ないし、授業ですこし上手くできなかったくらいで減点する先生も居ない………きみらの失敗によって他の生徒が被害を被った場合は別だが」
ブラック校長の目を、1年生たちが見つめる。
「そして、諸君らがその4つの寮のいずれに所属するのかをこれから……『組分け帽子』が決めるのだ。覚悟は良いかね?組分け帽子が決定を翻した事は1度もないし、組分け帽子の決定を覆す権利も誰にも無い―」
校長はくるりと1年生たちに背を向ける。
「さあ諸君、しかと御覧じろ…………これがホグワーツだ」
その言葉と同時に大扉が独りでに開き、大広間から割れんばかりの拍手と歓声が溢れてきた。高い天井には星空が広がり、頭上に浮いた数多の蝋燭がテーブルに並んだごちそうと、大歓迎を態度で示す先輩たちを照らしている。壁をすり抜けて現れた首なし騎士の一団が、他のゴーストたちに場所を空けてもらって空中に整列し、それで気分を損ねたらしいサー・ニコラス・ド・ミムジー・ポーピントンこと通称「ほとんど首なしニック」は首なし騎士たちに背を向けてグリフィンドールのテーブルの中程へと降りていく。
「あれはブルストロード家のご子息か?相変わらず顰めっ面で。一体何がそんなに不服なのやら」
「あの先頭の、ものっすごい眉間にしわ寄せてる子?機嫌悪そう……かわいい………」
そのブルストロードくんと同じ純血家系出身のマルフォイが、同じスリザリンの7年生である女子生徒ネリダ・ロバーツと共に拍手しつつもクスクス笑いながら1年生を眺めている。
「げえー校長。どこに居るのかと思ったら………」
ハッフルパフの7年生、アーサー・プラムリーがウェッと舌を出した。
「後は任せて構わんな?」
開いた大扉の直ぐ側に来ていたウィーズリー先生にそう言ってスタスタと大広間の一番奥、教職員席の中央に設えられた校長の定位置へと行ってしまったブラック校長の背中を、手のかかる我が子を慈しむような表情で見つめていたウィーズリー先生はすぐにくるりと1年生たちに向き直る。
「さあ。1年生のみんな、ホグワーツへようこそいらっしゃいました。私はマチルダ・ウィーズリー。変身術の教授で副校長です。そしてこれが『組分け帽子』」
そう言って指をパチンと鳴らしたウィーズリー先生の顔の傍、空中にいきなり現れて浮かんでいるその古そうなとんがり帽子を、1年生たちが見つめている。
「私が名前を呼んだら、あそこの椅子に座るんだ。そしたら帽子を被せるからね。寮が決まったらテーブルに行って席につく。向かって左からグリフィンドール、ハッフルパフ、レイブンクロー、スリザリン。さあ。始めるよ!」
途端に大広間は静まりかえり、みんなが1年生たちを見つめる。
そして列の先頭、本人にそんなつもりは無いのに周囲の人間からは不満げに見えるブルストロードが名前を呼ばれたのを皮切りに、伝統の「組分けの儀式」が開始された。
「おー早いねあの子」
帽子を被って数秒で「スリザリン!」と宣告されたブルストロードが得意げにスリザリンのテーブルに向かっていくのを眺めながら拍手を贈っているレイブンクローの7年生、アンドリュー・ラーソンが斜向かいのアミットに言う。
「あ。よおぉぉく来てくれた!!ようこそレイブンクローへ!!!」
そしてブルストロードくんに続いて組分けを受けた、お高くとまった雰囲気の女の子がレイブンクローと宣告されたのを見て、アンドリューと周囲の7年生たちが湧いた。
「で、あのおバカはどこで何してるのよ」
「さーねえ?チキンとかちょっと取っといてあげたほうがいいかしら?」
グリフィンドールに組分けされた女の子に拍手を贈りながら、ハッフルパフの7年生ポピー・スウィーティングとサチャリッサ・タグウッドが共通の友人の話をしている。
その後もレイブンクロー、グリフィンドール、スリザリン、ハッフルパフ、またハッフルパフと組分けは進んでいき、そしてまた1人、1年生の名前が呼ばれる。
「アルバス・ダンブルドア」
丸っこい手をギュッと握ったその小さな男の子が、後に「史上最も偉大なホグワーツ校長」と称されると共に、20世紀末に亡くなったその後も、どころか21世紀に入っても尚「今世紀で最も偉大な魔法使い」と呼ばれ続ける事になる「伝説の」アルバス・パーシバル・ウルフリック・ブライアン・ダンブルドアその人であったが、この時はまだ内心から湧き上がってくる不安と必死で戦う、単なる11歳の少年に過ぎなかった。
「さてこれはまた興味深い子だ……」
椅子に座ったダンブルドア少年が丸っこい頬をキッと硬直させているその頭上で、組分け帽子が独り言を喋り始める。
「誰より狡猾。誰より賢く、誰より優しい、そして誰より勇敢ときている………どこに入っても輝かしい未来が待っているだろう………スリザリンはどうだ………いや、しかし―」
すると、その独り言に反応したダンブルドア少年がほとんど祈るようにして何事か懇願し始めた。
「スリザリンは嫌だ………スリザリンだけは………僕がスリザリンに入ったら父さんがますます誤解される…………父さんは皆が噂してるような理由であんな事をしたんじゃないんだ………」
「ああ、ダンブルドアってあのダンブルドアか」
どこからか聞こえてきたその小声の噂話を、ダンブルドア少年は敏感に聞き取る。
「近所に住んでたマグルの子供たちを頭から丸呑みにしたっていう人食いパーシバルの」
覚悟していたよりも更に余計な尾鰭がついていたその風評を、ダンブルドア少年は歯噛みしながら聞いている。
「お願いです、スリザリンは嫌です……父さんはただアリアナに酷いことをした奴らと、アリアナを守れなかった自分自身が許せなかっただけなんだ………僕がスリザリンに入ったら父さんまで…スリザリンは嫌だ………スリザリンだけはどうか………」
伝統的に純血家系出身者が多く所属するスリザリンに自分が組分けされたら父親までが過激な純血至上主義者だと誤解されると思っているらしいダンブルドア少年はもう必死だった。
「ほう。スリザリンは嫌か。スリザリン寮について誤解があるようだが………スリザリンはきみが思っているような後ろ暗い者が所属する寮ではない。それでも―そうか。それでも嫌か……」
丸い頬をプルプルと震わせて訴え続けるその11歳の男の子に、組分け帽子は優しく語りかける。
「で、あるならば………そう望むなら…………グリフィンドール!!!」
組分け帽子が宣言すると、大広間は大歓声と拍手で祝福する。新入生がどの寮に組分けされても皆で暖かく讃えるというのがこのホグワーツにおける暗黙の了解、そして伝統だった。
ホッと胸を撫で下ろしてグリフィンドールのテーブルに向かうダンブルドア少年は、大広間の1番奥からこちらをジッと見つめているブラック校長と目が合った。
「んむー。やっぱり純血家系出身の子はだいたいスリザリンが持ってくなぁ…………」
そしてまた1人組分けが進み、ポピー・スウィーティングが嘆息した。
「やっぱり、新入生がスリザリンに組分けされると嬉しいもんかい?」
闇の魔術に対する防衛術教授、老婆にも見えるダイナ・へキャットが隣のブラック校長に言う。
「へキャット、誰しもがそうだろう?自分の出身寮に誇りと愛着を抱くのは。きみとて1人でも多くレイブンクローに組分けされるべしと願っているだろう」
正面を向いたままそう返したブラック校長がハッフルパフに組分けされた羊のような癖っ毛の男の子に拍手を贈り、それをへキャット先生はクスクス笑いながら見ている。
「おいおい……次のアイツ。なんだよアレ」
組分けが進んでいく中、一部の生徒がひそひそと騒ぎ始める。
「あんなの入学させて大丈夫なのか?」
「父上が知ったらなんて仰るか……」
主に下級生たちによるその声は、当人の耳にも届いていた。
「エルファイアス・ドージ」
ウィーズリー先生に名前を呼ばれたその男の子は全身がうっすらと嫌な緑色に染まった肌をしていて、その顔にも首にも手にも紫色の腫れ物が幾つも残っている。
不安そうに言葉を交わす下級生たちとは対照的に、7年生は冷静だった。
「ねえギャレス、アレってさ」とグリフィンドールのナツァイが言うと、それにギャレス・ウィーズリーが「そうだね」と返す。
「龍痘の後遺症、だな……よくもまあ生き延びたものだ。ウチの親戚の爺さんはアレで死んだ」
スリザリンのテーブルでも、7年生たちが平然と会話し続けている。
「ま、あのドージくんとやらに入学を許可したのは他ならぬブラック校長だろう?それはつまり、もはや感染力は無いと保証されてるって事になるよな?」
セバスチャンの意見に、オミニスが賛同する。
「じゃなきゃ城に入れても貰えないだろうね。ある意味じゃ聖マンゴの癒師たちの判断より信頼できる……なんてったってブラック校長は生徒が問題を起こすのと、それに自分が関わらされるのが何よりキライなんだから」
「つまり、あのエルファイアスくんは龍痘に勝ったのさ。もしグリフィンドールが彼を獲得できたなら、こんなに光栄な事は無いね」
グリフィンドールのテーブルでギャレスがそう締めくくると、周囲の友人たちもまた一様に同意を示した。
そして組分け帽子が「グリフィンドール!」と宣言し、エルファイアスはグリフィンドールのテーブルの端、1年生の席へと向かう。しかし上級生たちはともかく、1年生や2年生はエルファイアスの痘痕面を見るなり座る位置をズラしてエルファイアスから距離を取る。同じ寮に所属する事が不服なのではなく、単に接近される事が不安なのだ。
(いい。いい………予想してた事だ。気にするな俺。俺だって逆の立場だったらこんなツラした奴が隣に座ったらちょっと身構えるだろ………大丈夫だ。大丈夫……)
これは想定内の試練で乗り越えられる事だと自分に言い聞かせ、疎外感を精神力で埋め合わせようとしていたエルファイアス少年に、予想だにしない出来事が訪れる。
「よかった!きみもグリフィンドールなんだね。僕ダンブルドア。よろしくね!」
そのまんまるほっぺの男の子に丸っこい手で握手を求められたエルファイアス少年はそこでやっと周囲のグリフィンドールの1年生たちの中でこのダンブルドアくんだけは、今さっき自分から距離を取ろうとしなかったという事に気がついた。
エルファイアス少年は、恐る恐るその手を差し出す。
「こんな俺と握手するなんて、嫌、じゃ……ないのか………?」
「なんで?僕、きみはイイヤツだろうって思ったんだけど、もしかして違うの?」
そう言ってニッコリ笑ったダンブルドア少年は、エルファイアスのその腫れ物がいくつも残っている手を包み込むようにしっかりと、固く握った。
「これからよろしくね、エルファイアス」
「ああ、こちらこそ………ありがとう」
エルファイアス・ドージはこの時の事を、生涯決して忘れなかったという。
そしてまた純血家系出身の男の子がスリザリンに組分けされ、その次の男の子がレイブンクローに組分けされ、つつがなく組分けは進んでいく。
そんな中、ハッフルパフのテーブルの中程では1人の4年生の女子生徒が身を乗り出して1年生の組分け待機列を覗いたりまた姿勢を戻したり、かと思えば再び1年生の方を見たり、ハラハラそわそわと挙動不審になっていた。
「ねえ、アナタ一体どうしたのさっきから」
そんな友人の様子を隣で見続けてとうとう我慢できなくなったらしい別のハッフルパフ生が、その女子生徒に話しかける。
「あの子ね、あの組分け順番待ちの1年生の列の、1人だけずっとあっち見たりこっち見たりキョロキョロしてる落ち着き無い女の子が居るでしょ……」
「居るわね。あの血みどろ男爵をずーっと目で追ってる子でしょう?」
「あの子、私の妹なのよ………変なことしないか心配で………」
そんな1人のハッフルパフの4年生女子が抱く懸念をよそに、やがてその女の子の名前が呼ばれる。
その子の頭に触れた瞬間、組分け帽子は寮を宣言した。
「ハッフル―」
「ホントに帽子さんが喋ってるのね!すごーーーい!!」
大広間がドッと沸いた。
組分け帽子の決定を遮るという前代未聞の暴挙はしかし、傍らで見守るウィーズリー先生にも、他の誰に咎められる事もなく、ただ見守られている。
程度の差こそあれど大広間の殆どの者が声を抑えて笑っている中、ただ1人その女の子の姉であるハッフルパフの4年生の女子生徒だけは、両手で顔を抑えてうつむいてしまっていた。
「ねえねえ帽子さんはどうやって喋ってるの?誰かにまほうで帽子にされちゃったの?」
組分け帽子を質問責めにし始めた女の子は目に映る全てが気になって仕方がない様子で、それは数時間前にキングス・クロス駅の9と4分の3番線ホームへと辿り着いた時からずっとそうだった。
「あの子ったら全くもう……もー……いい子にしてなきゃ駄目って手紙に書いたのに………」
両手で顔を覆ったまま身悶えしている友人の真っ赤になった耳を、その周囲のハッフルパフ生たちが慈母のような眼差しで見つめている。
「………見るからにマグル生まれだな。全く、組分け帽子の言葉を遮るとは」
純血家系出身、いつも仏頂面のノットがそう言って嗤う。
スリザリンのテーブルの一番奥でも7年生たちが、1年生の女の子に質問責めにされる組分け帽子という珍しい光景を眺めながら言葉を交わしている。
「あの子は僕らがとっくに失くしちゃった大切な何かを、まだ持ってるって気がするね」
そう言って笑ったセバスチャン・サロウに、スリザリンの7年生皆が頷いて同意を示した。
「帽子さんは何食べるの?私リンゴのパイが好きなの!」
女の子の傍らに立つウィーズリー先生は未だ、にこにこ顔で見守っている。
「ずいぶん……ふっふふふ……可愛らしい、ぅふふ……妹さんね……?」
「見ないで………もーぅ……やーだぁー………」
ハッフルパフのテーブルの中程で、その女の子の姉の真っ赤に染まった耳を隣の友人が指で突っついて笑っていた。
そしてそのまま2分ほど見守っていたウィーズリー先生が遂に止めに入ると、組分け帽子は疲弊気味の声色で「ハッフルパフ」と宣言し、どこがハッフルパフのテーブルなのかをウィーズリー先生にもう一度教えてもらった女の子はそこに姉の姿を発見して、大喜びで駆けていった。
ハッフルパフのテーブルの端からちぎれんばかりにぶんぶん手を振っている1年生の女の子と、同じテーブルの中程から「大人しくしてなさい!」と身振りで訴えている4年生の姉を、その頭上に浮かぶゴーストの「太った修道士」が笑顔で見守っている。
「レイブンクロー!」
そしてまた組分け帽子が宣言し、男の子が先輩方と組分け済みの同級生に大歓迎される。
「アイツ、ホントにどこに居るのかしら。組分け半分ぐらい終わっちゃったわよ………」
そう言ったポピーは、正面のサチャリッサがグリフィンドールのテーブルの端、1年生たちの方を凝視している事に気づいた。
「どうしたのサチャリッサ………ああ、あの子の事?グリフィンドールのドージくん」
「そう。あの肌どうにかしてあげたいんだけど……龍痘の後遺症は下手に触るべきじゃないし」
女子たちの尊敬すら集めている美容好きのサチャリッサは「治るのを待つのが1番いいわね」と結論を出した後も、チラチラとエルファイアス少年の方に視線をやっていた。
その後はつつがなく組分けが進み、最後の男の子が4分半もの長考の末に「スリザリン!」と宣告されてその年の「組分けの儀式」は終了した。
そしてウィーズリー先生が教職員のテーブルへ、その自分の席に戻ったのと入れ替わりに、隣のブラック校長が立ち上がる。
「さて諸君。今日からまた1年が始まるわけだが、それに先立っていくつか注意事項を伝えねばならん。まずホグワーツ城に隣接する森は例年通り生徒のみでの立ち入りが禁止されており―」
滔々と話し始めたブラック校長の声を右から左に聞き流しながら、殆どの生徒たちは目の前のごちそうをまるで鎖で繋がれた犬のように凝視し続けている。彼ら彼女らが聞きたいのは毎年代わり映えのしない校長の「有り難いお話」などではなく「食べ始めてよろしい」という合図だけだった。
「―次に『いたずら専門店』なる店舗の商品は全面禁止だ……歴史あるホグワーツの伝統に恥じぬよう、校長である私の顔に泥を塗らぬようにくれぐれも…………」
ブラック校長は口を閉じ、大広間をぐるりと見つめる。
「どうやら、この私の話よりも屋敷しもべが作ったごちそうの方が君らにとっては大事なようだ」
声のトーンを落としたブラック校長は数秒、大広間を睨む。そんな中で校長の両隣のへキャット先生とウィーズリー先生が2人揃って笑いを堪えているらしい事に、アミット・タッカーは気づいた。
「で、あるならば―」と生徒たちを睥睨したブラック校長は、ニッコリと笑った。
「じゃあ僕ちょっと喋ること変えようかな?」
急に喋り方どころか声まで別人に変わったそのブラック校長を、大広間の全員が見つめる。
「そろそろポリジュース薬の効果が切れる頃だから、もう校長先生の喋り方真似するのやめちゃうけどね、いいかい?森は本当に危険だよ。密猟者も居る。ゾウくらいある毒グモも居る。そしてケンタウルスたちのテリトリーでもある。ホグワーツのモットーは『眠れるドラゴンをくすぐるべからず』だ。挑戦と無謀を間違えないようにね!」
リアンダー・プルウェットも、ポピー・スウィーティングも目を剥いて驚いている。もはや完全に10代女子の声になった「ブラック校長」を1年生たちが呆気にとられて見つめる中、一部の7年生は全てを察して笑い始めていた。
そしてその「ブラック校長」は尚も喋り続ける。
「1年生のみんな、ホグワーツへようこそ!きみたちはここで、きみたちが想像すらしなかったような魔法をいくつも見るだろう!それとも、もういくつか見たかな?慌てないで、できることをひとつずつ増やしていこうね!そして2年生のみんな。ホグワーツで1年過ごして、色々とできることが増えたよね?2年生からは自分の箒を所持することが許可される。それはつまり、間違いを犯さないと信頼されているからだ。先生方を裏切るような事をしないって信じてるよ!」
11歳のアルバス・ダンブルドアもエルファイアス・ドージも、開いた口が塞がらなかった。
「そして3年生のみんなは、買い揃えなきゃいけなかった教科書の数が一気に増えてビックリだよね。でも魔法生物学も占い学も古代ルーン文字も数占いもマグル学も、とても奥深くて大切な分野だし、それにもしかしたらこの中に、きみが他の何より得意な教科があるかもしれないよ。だから頑張ろう!」
ギャレス・ウィーズリーも、スリザリンのオミニスとセバスチャンも笑っている。
「4年生のみんな。去年より更に学ぶべき範囲が増えて大変だけど頑張って。詰まったら遠慮しないで友達とか先輩とか先生とか頼ろうね。そして5年生のみんなは『O.W.L.』が控えている。重要な試験だよ。一生を左右する。だから苦手な教科はもちろんだけど得意な教科こそ、大好きな教科こそ注意深く。より一層の熱意を持って取り組むんだ。いいね?そして6年生。『N.E.W.T.』レベルの授業が始まるよ。先回りしてひとつアドバイスしとこうか……『そこで苦戦するのはきみだけじゃない。落ち着いて』」
大広間に居る全員が注目する中で喋り続けるその人物はどんどん若返っていき、顔立ちが変わり体型も変わり、髪の色も変わり髭など消えてなくなり、遂にその声に合った10代後半の女子になった。
「そんで7年生のみんな。僕、みんなのこと、大好き!!以上、校長先生のフリしてた在校生代表の挨拶でーした!本物の校長先生は魔法省に行ったっきりまだホグワーツに戻ってきてないんだってさ!」
そう言ったその女生徒は自分の服に杖を向け、ホグワーツの制服に変える。しかしそれがグリフィンドールの制服の上からスリザリンのローブを羽織り、レイブンクローの鷲があしらわれたハッフルパフカラーのマフラーをしているというチグハグ過ぎる妙な格好であることに、ダンブルドア少年は気づいた。
ウィーズリー先生とへキャット先生は大いに笑い、魔法薬学のシャープ先生は頭を抱えている。そして7年生たちは声を上げて大笑いしていた。指笛を吹いて囃し立てる者すら居る。
「さ、みんなごちそう食べよ!僕お腹空いちゃった!ペニーが作ってくれたトーストはイカくんにあげちゃったしさ!」
そこでふと横を見てウィーズリー先生と目が合った女生徒は慌てて視線を逸らし、今度は反対側のへキャット先生と目が合った。
「今なら、200点の減点だけで済むよ。ほら満足したんなら席に戻んな」
「1年生を誘導してくれた事には感謝するけどね」
「へ、へキャット先生もウィーズリー先生も、いつから気づいてたんですか………」
ウィーズリー先生は、自分の隣を指差す。そこでは若くして薬草学教授を務める魔女ミラベル・ガーリック先生が、目の前でカトラリーをくすねようとしているモグラのようなカモノハシのような小動物を指先でつまみ上げていた。
「校長のポケットの中には元気いっぱいのニフラーなんて入ってないよ」
「あれー、起きたのかいリチャード。すいませんミラベル先生………」
「さっき、校長になりすまして私のところに『1年生の誘導係をやりたい』って言いに来た時さ。ポケットから一瞬だけその子の尻尾が覗いてたよ」
そう言って笑った後「食事を始めて構わない」と改めて宣言したウィーズリー先生が食事に手を付けたのを合図にして、生徒たちも一斉に目の前のごちそうへと手を伸ばす。そんな中でそそくさと校長の席から退いた女生徒はニフラーのリチャードを回収すると、暫しキョロキョロと迷った後、スリザリンのテーブルへと足を向けた。
「あの7年生、ずーっと校長先生になりすましてたのか??本当に???」
「すごいことするなあ………ねえ、チラッと言ってた『ポリジュース薬』って何なんだろうね」
グリフィンドールの1年生たちは他3つのテーブルの1年生と同じように、その「7年生の先輩」の話で持ちきりだった。
「『ポリジュース薬』は髪の毛1本入手できれば本人そっくりに変身できる薬。ただ、作るのに1ヶ月かかる上に『マジひっどい味』だとも本に書いてあったけど」
そう言ったダンブルドア少年も、ハッフルパフとレイブンクローの2つのテーブルを挟んだ大広間の反対側、スリザリンの7年生たちの中に居るその7年生の女生徒を、あいだに居る何人もの生徒越しにどうにかして見ようと頑張っていた。
「あ、ちょっと見えた。………あー、ああー。おかしな人だな」
左手にサンドイッチ、右手に骨付きチキンを持ったまま何か話しているらしいその女生徒の口の周りが何らかのソースでべっちゃべちゃになっているのを見るに見かねた様子のスリザリンの7年生が杖を振ってキレイに拭い取ったのが、ダンブルドア少年には辛うじて確認できた。
その女生徒の周囲の7年生たちは皆、笑っていた。
スリザリン寮に対する認識を少し改めさせられたダンブルドア少年は、自分の隣のエルファイアスが「退屈しなさそうだ」と呟いたのが聞こえて、それに賛同した。
しかし退屈しないにも限度というものがあるのだと他ならぬその7年生の先輩によって思い知らされる事になるとは、この時はまだ想像すらしていなかった。
「アルバス・ダンブルドアが1892年に入学してグリフィンドールに組分けされた」
「エルファイアス・ドージも同じ年に入学してグリフィンドールに組分けされた」
「エルファイアス・ドージは入学寸前に罹った龍痘の影響が肌に残っていた」
「ダンブルドアが入学する前の年にダンブルドアの父がアズカバン行きになった」
「その理由はダンブルドアの妹のアリアナに暴行したマグルの子供をシメたから」
「ダンブルドアとエルファイアスは入学したその日に仲良くなった」
という部分は私の妄想に依るものではなく、公式設定です。
なお、1892年にホグワーツに入学したと公式に明言されているのはこの2人だけです。
……そりゃオリキャラ生やすよ人数足りねーもの。