「ちなみにだが、その"ヴァサ”というのは貴方たちのような符丁なのか?」
ロレーヌが尋ねると、老人は首を横に振って答える。
「いや、そうではないな。通常の名前じゃ」
「そうか。では、可能であれば符丁としての名前を教えてくれ」
そう言ったロレーヌに、老人は、
「そんなに遠回しの聴き方をせんでも教えてやるわい。仲間の情報は売れん、などとは今さら言わんぞ。そもそも、ヴァサのことは叩きのめしてくれた方がわしらとしても助かる訳じゃしな」
「そうか? 私なりの気遣いだったのだが。この尋ね方なら、あとで仲間の情報を売ったのか、と聞かれても、売ってないとギリギリ言えなくもないではないか」
ロレーヌはそう言うが、この組織で使われている符丁としての名前はその者の異能を如実に表していることはすでに明らかになっている。
それを前提とすれば、もう完全にダメだと思うのだが、いやいや、名前を教えただけだ、で通せばグレーだと言いたいのだろう。
実際、ヴァサ、という名前を言ったに過ぎないという捉え方をするように話を誘導することはこの老人には余裕でできそうだしな。
ヴァサ、という人物はどちらかと言えばまっすぐな、悪く言えば単純そうな人物であることだし。
「ありがたい気遣いじゃが、いいじゃろ。それで、ヴァサの異能についてじゃが……」
老人は素直にヴァサの異能について話してくれた。
対処法や弱点なども含めて。
至れり尽くせりとはこのことか、という感じだが完全に信用しすぎるのもダメだろう。
老人のことを、というのはもちろんだが、戦いというのはやってみないとどうなるか分からない部分も多いからな。
すべて情報を得たから余裕だ、なんて感じで挑むと意外なところで足を掬われてしまうものだ。
実際、俺たちに対する老人たちがまさにそれだったわけだしな。
一番弱そうな銅級冒険者、と聞かされていた奴が人間をやめている上にいくら攻撃しても無傷で立ってくるような奴だなんてのは分かるわけがない。
そんなことが頻繁にあったら恐怖だが、世の中の巡り合わせというのはそういうびっくりするような偶然の積み重ねでできているのも事実だ。
実際、俺はこんな体になるなんて人生のどんなタイミングでも想像したことがなかったのだからな。
油断は、してはならない。
「……なるほど。よくわかった。レントもわかったな?」
ロレーヌがうなずき、それから俺にもそう聞いてきた。
実際にヴァサと戦うことになるのは俺なのだから、俺がよくわかっていないとならない。
もちろん、しっかり聞いていたので頷く。
さらに老人は続ける。
「ヴァサ以外にも今、この拠点にいるだろう他のメンバーの異能についても教えておこう。特に、ロレーヌに喧嘩を売りそうな者をな。《ゴブリン》、お主、ロレーヌが魔術でもってわしにダメージを与えたことを言ったのじゃろう?」
「あぁ。なんだかわからねぇが見たこともねぇすげぇ魔術だったって言ったぜ。実際、あれ、なんなんだよ?」
この疑問にロレーヌは、
「あれらはいずれも私が趣味で研究している古代魔術だ。以前、それについて記載してある古文書を見つけてな。色々と欠けは多かったが、いくつか復活させることに成功している。いずれは魔術師組合にいい値段で術式と構成、特徴をまとめた書物を売りつけようと思っているのだが、今のところはあまり使える者はおるまい。全くいない、とは言えないがな。魔術師は、自身のそういった研究成果については秘匿しがちなものだ」
意外と……いや、意外でもないか。
ずいぶんととんでもないものをほいほい使っていたものだな、と思う。
が、魔術というのはこの世に無数に存在する。
誰かが開発し、しかし誰も受け継ぐ者がおらず消えていったそれも数多い。
それはロレーヌが言うように、魔術師がそれを自らだけのものとして秘匿する場合も少なくないだろうが、そもそも有用性がないために誰にも必要とされず、結果受け継がせることができずに消えてしまった、という場合もある。
ロレーヌが使ったそれのように、何らかの書物に残しておけば、後生に誰かがそれを手がかりに復活させてくれることもあるわけだが……あまり多くはないだろうな。
よほど有用そうでなければそんな魔術が昔にあったのか、で終わってしまうからだ。
ロレーヌはそういうところ凝り性というか、気になったら有用そうでなくてもとりあえず使ってみたいと研究し始めるようなタイプだからな。
ロレーヌに見つかったそれらの古文書の著者は、運がよかったのかもしれない。
「……古代魔術。まぁ……使う奴も、いないことはねぇか。うちにもいるもんな、じいさん」
「フアナのことを言っておるのじゃな。たしかに……ふむ、あの娘も結構血が上りやすかったか?」
「普段はそうでもねぇが、魔術関係はなぁ……。別に怒られたわけじゃねぇが、仕事で必要で、ある毒の魔術について尋ねたら一晩、毒の魔術について語られたぜ。もういいっつったら、まだ終わってない、中途半端に知れば害悪だからすべて理解して行けとか無茶言ってたかな」
これにロレーヌが感心したような表情で、
「おぉ、それは気が合いそうなお人だ……しかしながら、流石に一晩で、というのは無理だろうな。私なら、しっかりと学習計画を立てた上でそれを守らせ、都度、必要な理解に達したのかどうかをテストし、それを乗り越えられた場合に解放するだろう」
と言う。
《ゴブリン》はそんなロレーヌを呆れとおびえが混じった顔で見つめ、
「……この姉さんならフアナとも意気投合するんじゃねぇか? 喧嘩なんかにならないで……それもイヤだが。いや、その方が楽でいいんだろうが……なんかイヤだ」
「お主の気持ちもわからんでもないが……じゃが、どうじゃろうな。魔術には強い自信を持つフアナじゃ。それに……」
「あぁ、じいさんにも懐いてたっけ。じゃあ、喧嘩になるか」
「きっと、そうじゃろうなぁ……ロレーヌ。お主も覚悟しておく必要がありそうじゃな。もちろん、フアナの異能についても教えておくでのう。がんばってくれ。わしらは……楽しく観戦でもしてるでの」
老人は自分が戦わなくて良いからって気楽なことを言う。
そもそも、そういうのを見るのも好きなのかもしれない。
昔は闘技大会で暴れていた、という話もしていたしな。
まぁ……こうなったら仕方がないだろう。
俺とロレーヌは顔を見合わせつつ、老人の情報を反芻しながら、頭の中でその対策を練ったのだった。
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