挿絵表示切替ボタン

配色








行間

文字サイズ

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました
476/667
第14章 塔と学院
第471話 ヤーランの影と懸念

「……おい、じいさん……」


 歩きながら、《ゴブリン》が不安そうな声でそう訪ねた。

 これに老人……《スプリガン》はため息を吐き、


「……分かっておる。地下に行っても《(おさ)》はいないと言うのじゃろう?」


 この台詞に首を傾げた俺とロレーヌである。

 なにせ、《(おさ)》……つまりは彼らのボスに会いに行く、という話だったのだからな。

 当然だ。

 そんな疑問を抱えた俺たちに、老人が説明する。


「さきほど……門に立っておる者たちが、ヴァサ、という者について口にしていたじゃろう?」


「あぁ……誰か組織の人間なんだろ? それが、連絡事項を伝えてくれたって……」


 そういう話だったよな、と思って俺がそういうと、老人はうなずき、続けた。


「その通りじゃ。じゃが、ヴァサというのは……わしがスカウトしてきた人材の一人でのう……」


 そこで言葉を切り、そしてそれに続けて《ゴブリン》が、


「……先日、俺ともめた奴だよ」


 と口にした。

 それで老人と《ゴブリン》の抱える懸念が俺たちにも理解できた。

 ロレーヌが言う。


「つまり……ご老人。貴方が負けた、ということを信じていない者の一人ということだな」


「そういうことになる。じゃからのう……」


「何か仕掛けてくる可能性が高いと?」


「……おそらくはな」


「であれば、ノコノコ行く必要はないように思うのだが……」


 ロレーヌが言ったのは当然の話だろう。

 罠があるところに飛び込むというのは可能な限り避けるべきだ。

 率先して罠みたいなところに飛び込んだ結果、こんな体になった俺が言えたことではないが。

 これに老人は、


「確かにその通りなのじゃ。じゃが……少し考えたのじゃ。あとで《(おさ)》と会うときに変な横槍を入れられても困るじゃろう。先に黙らせておいた方が、気兼ねなく交渉ができるのではないかと思ってのう……とは言え、その選択はお主らに任せる。わしらはほれ、虜囚の身じゃからのう」


 そんなことを言いつつ、一応腕に填められているロレーヌの魔術に基づく拘束を振る。

 ここまで来た以上、もうあれに意味があるとは思えないのだが、念のため、というところだろうか。

 一瞬でも時間が稼げれば逃げられないこともないしな。

 そんな老人の若干の洒落を流しつつ、しかし俺たちが考えて選択すべきなのは本当のことだ。

 ロレーヌと俺は顔を見合わせつつ考え、話す。


「どうする?」


「こういう、やばそうなところに踏み込んでいいことあった試しがないんだけどな、俺……」


「そもそもやばそうなところに踏み込む時点で間違いなのだが……いや、私も今、踏み込んでいる時点でそんなことを言う資格はないか。ともあれ、私としてはあの人の言うことには一理あると思える」


「《スプリガン》の言うことか?」


「そうだ……《(おさ)》に会ったはいいが、話の最中に何かおかしなことをされて話の腰を折られては進む話も進まないだろう。それよりかは、懸念は先に片づけておき、それから大事な話し合いに臨む、という方が望ましくはあるな」


「確かにそうだが……行ったら何を仕掛けられるかがな。戦いになるのか?」


 この質問は老人に向けたものだ。

 これに老人は、


「おそらくはな。なにせ、ヴァサはわしが負けたことに納得がいっていないのじゃ。喧嘩を売って来るじゃろう。そういう奴じゃ。ただ、それだけに単純な奴でもある。叩きのめしてやれば納得はすると思うぞ。少なくとも、わしはいつもあいつに何か話を聞かせるときにはそうする」


 ……なんだか老人のおっかない教育論がさらりと語られてしまった。

 俺がおびえた目をしたのがわかったのか、


「誰にでもやるわけではないわ。《ゴブリン》にも《セイレーン》にもやったことはないぞ」


「……本当か?」


 《ゴブリン》に視線を向けて訪ねると、彼は頷いて答える。


「そうだな。これで俺は組織の中では穏やかな方だぞ。《セイレーン》は……そもそも攻撃能力が高いタイプじゃないからな。挑んだってどうやったって勝てないってことが分かってるから、そもそもじいさんにそういう意味で喧嘩を売ったりはしない」


「つまり、そのヴァサという奴は穏やかではなく、攻撃能力が高いタイプで、自分が老人に勝てる可能性もある、と考えて喧嘩を売っているような奴だというわけだ」


 ロレーヌが茶化してか本気かそんなまとめ方をする。

 勘弁してもらいたい性格が見えてしまったが、老人もこれにうなずき、


「まさにな。じゃからこそ、負けたときはその鼻をへし折れる」


 と答えた。

 どうしたものか……と思うが、もうだいたい答えは出てきている。

 ただ、気は進まない、というだけだ。

 一応、自分の背中を押すために、老人に尋ねる。


「もし俺たちが戦った場合、そのヴァサに勝てると思うか?」


「そうじゃのう……。レント、お主なら行けると思うぞ。ロレーヌじゃと……どうかのう。相性が悪いかもしれん」


「そうなのか?」


 ロレーヌが尋ねると、老人は言う。


「あぁ。もちろん、ロレーヌが弱い、と言っておるわけではないが……あやつにはいわゆる遠距離からの魔術が効きにくくてな。わしに食らわせてくれたあの魔術をたたき込まれてもおそらく立ち上がる」


 ……化け物じゃないか。

 そう思ったが、老人は続ける。


「耐久力がわし並かそれ以上にある、というわけじゃないんじゃ。そうではなく、ただ魔術が効きにくい。たまにいるじゃろう? 異能とは関係なく、そういう者が……まぁ、そういう異能、と捉えることもできるがのう」


 これにロレーヌは頷いて、


「あぁ、いるな。一般的な魔術すべてが効きにくい体質、というのが。世の中には完全に無効化できる者もいるらしいが、私はまだ、会ったことがない」


「ヴァサの奴はまさにそれじゃな。もちろん、完全無効化するわけではないので何発かたたき込めば沈むと思うが……その前にあれをやられるとこの建物が被害をうけるじゃろ。そういう意味でもな」


 これで国内最大規模の闘技場である。

 そういう意味でのシールドは様々なところに施されているだろうが、負担はかけないに越したことはないだろう。

 しかし……。


「魔術が効きにくいってのは魔術師からすると天敵だな」


「確かにな。だが、抜け道もないではない。それに、魔術すべてが効きにくいわけだから、治癒術の類も効かんということになる。ふむ……そういうことだとするなら、やはり先に片づけておいた方が良さそうだな」


「なぜ……って、あぁ、そうか。そうだな」


 尋ねながら、ぴんときて頷く。

 ロレーヌは言った。


「叩きのめしておけば、しばらくは復活できないということだな」

 

 なるほど、道理である。

ブックマーク機能を使うには ログインしてください。
いいねをするにはログインしてください。
ポイントを入れて作者を応援しましょう!
評価をするにはログインしてください。
※感想を書く場合はログインしてください
新作 「 《背教者》と認定され、実家を追放された貴族の少年は辺境の地で、スキル《聖王》の使い方に気づき、成り上がる。 」 を投稿しました。 ブクマ・評価・感想などお待ちしておりますので、どうぞよろしくお願いします!
X(旧Twitter)・LINEで送る

LINEで送る

+注意+

・特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
・特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)
・作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はパソコン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
作品の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
▲ページの上部へ