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第14章 塔と学院
第470話 ヤーランの影と拠点

「……ここじゃな」


 《スプリガン》の老人に案内されつつ王都の街を歩き、最後にたどり着いたのは、王都の中でも比較的目立つ建物であった。


「……本当にここなのか? 異能という特殊な力を扱う者たちが集った、裏の仕事を請け負う組織の拠点があるとは、にわかには信じられん場所なのだが……」


 ロレーヌが唖然とした顔でその建物を見ている。


「気持ちは分かるが、だからこそ見つからんとも言える。人は案外、堂々としているものは気にも留めん。お主らとて、これがそんないかがわしい存在の隠れ住む場所だなどと思ったことは一度たりとしてないじゃろう?」


「……当たり前だろう。なにせ、本当に堂々と建っている。これでは王城や教会よりも建坪が大きいだろうしな……」


 高さはどっちかというと王城や教会の方が大きいな。

 しかし占拠している王都の土地の面積はこっちの方が上だ。

 金額的にはどっちが高いか……まぁ、その建物の用途から、王城より離れている場所にあるし、街の中心ではなく、外側の方にある。

 それを考えると王城が一番高く、次に教会、最後にこの建物、ということになるだろう。


「……闘技場、か。そのうち来てみたいと思っていたところだが、まさかこんな形で来ることになるとは想像もしてなかったな……」


 俺はそうつぶやく。

 そう、その建物は、王都に作られた建築物のうち、もっとも巨大なものの一つ、ヴィステルヤ大闘技場であった。

 ヤーラン王国にはいくつか闘技場を備えた都市があるが、その中でも最大を誇る、王都の華である。

 ここで幾度となく、強力な戦士、魔術師たちの争いが繰り広げられ、ヤーラン国民たちが盛り上がってきた歴史がある。

 その木札チケットはすべてその辺の村の村民でも購入できるような低廉な価格で売られているが、ヤーラン国中から猛者を集める年に一度の大闘技大会の木札チケットは入手困難で、どうしても見に行きたいものが毎回とてつもない高額で木札チケットの買い取りを申し出ることでも知られる。

 それでもほとんど手放す者がいないことからも、どれだけこの大会を皆が見たいと思っているか分かるな。

 俺?

 俺も見たかったけど、それよりも出たかった。

 出るためには実力があることはもちろんだが、各地で開かれる予選に出場し勝ち上がらなければならない。

 そうでない者もいるが、そういう場合はどこかから推薦される場合に限られる。

 たとえば冒険者組合ギルドとか、ほかには貴族とか、大商人とかな。名前の知られた戦士に、ということもある。

 俺がいずれにも引っかかれなかったことはもうだれでも想像がつくだろう。

 そしていつか出たいが全然出れそうもないその大会を金を払ってのこのこ見に行くのは嫌だった。

 初めて行くなら、自分が出るときだと、願掛けのように思っていた。

 けど、こんな形で来ることになるのなら、素直に行っとけばよかったかもしれない。

 もう今となっては出れそうもないからな。

 変な技術をつかって、あ、吸血鬼ヴァンパイアだ!とニヴみたいな奴にストーカーされるのは困る。

 あんな奴は一人で十分なのだ。


「なんじゃ、出たことがなかったのか。お主くらいの腕であればいいところまでは行けそうな気がするが……と、最近、異能に目覚めたんじゃったか。それなら仕方がなかったのう」


 そんなことをつぶやきつつ、老人は闘技場の入り口へと進んでいく。

 そこには二人の門番らしき者が立っていた。

 一見すると、王都の門の前に立つ衛兵のように思えるが、鎧に付いている王国騎士団所属を表す紋章などがない。

 それに、鎧の意匠もかなり異なっているようだ。

 闘技場は国の運営に属するもの、と無意識に考えていたが、そういうわけではないのかもしれない。

 老人たちの組織が運営し、適宜、国の要求に応じて貸し出している、という感じかな。

 かなりの資金力があるのだろう。 

 加えて、ヤーランという国に溶け込んでいる存在でもある、と。

 ……なんだか相当まずいところに来てしまったんじゃないか?

 と、今更ながら思うがこればっかりはどうしようもないな。

 腹をくくろう。

 いざとなったら俺たちにはラウラ先生がいるから。

 あの人の力ならヤーランくらいどうにかできるから……寝てるけど。

 当然、冗談だが、実際にできてしまいそうな雰囲気があるのがラウラの怖いところだな。

 まぁ、できてもやらないのだろうが。

 でなければあんな辺境に引きこもったりはしないはずだ。

 もちろん何か深い事情があって、という可能性も高いが。


 老人が門番二人に近づく。

 門番は、いぶかしげな視線で老人を見ていたが、その顔を確認すると、


「こ、これは! よくお帰りになりました!」


 と背筋を伸ばして言う。

 自分で言っただけあって、かなり高い地位に老人はいるのだな、ということも分かる。

 《ゴブリン》の話を彼らの《(おさ)》が受け入れたのは、《スプリガン》の地位や信用性によるものも大きいのかもしれない。

 普通に考えれば、いいからさっさと殺してこい、で終わりそうなものだものな。

 そのあたりの勝算も考えて《スプリガン》は《ゴブリン》を送り出したのだろう。

 やっぱり老獪なじいさんだ。

 今は利害が一致しているからいいとして、油断はできない相手であるのは間違いない。

 情があるのも間違いないから、寄りかかりたくなるような雰囲気のあるじいさんでもあるのが困るが、そこのところは冷静に行かなければ。


「おうおう、帰ったぞ。それで、《(おさ)》はいるかのう? 会うためにきたのじゃが……話は通っておるか?」


「はっ! 貴方がお帰りになった際には、地下へお通しするようにとヴァサ様から言いつかっております!」


「ヴァサが? ……そうか。分かった。ではそのようにしよう。あぁ、こっちの者たちは連れじゃ。通すが、良いな」


「もちろんです! どうぞお通りください!」


 そう言われると同時に、老人が手招きして衛兵二人の間を通ったので、俺たちもついていく。 

 衛兵たちの視線は意外に悪いものではなかった。

 というか、俺たちにさほど興味はなさそうな感じだ。

 何も知らない方の者たち、ということかな。

 《スプリガン》がスカウトした者たちではない……。

 《ゴブリン》にはしっかりと視線で挨拶はしていたから、組織の者なのは間違いないのだろうが。 

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