「……おう。いらねぇと思ったが、一応来たぜ。伝えたいことも少しできたからな」
そう言って宿の部屋に入ってきたのは《ゴブリン》である。
今日、俺たちは老人たちの組織の拠点に向かう予定で、老人に案内してもらうつもりだった。
向こうも伝書鳩で連絡してきたわけだし、わざわざ来ることもなかったと思うが、一応、《ゴブリン》が迎えに派遣された、という感じだろうか。
なんだか《ゴブリン》のテンションが若干低いように見えるのだが、《ゴブリン》の格好を見ると理由もなんとなく想像はつく気がする。
「……なんでそんな傷だらけなんだ?」
俺はそう尋ねる。
実際、《ゴブリン》は傷だらけだった。服は新しいものを身につけてはいるが、傷は隠し切れていない。
そこまでの重傷、という感じではないが、ひっかき傷のようなものがたくさんあり、打撲と思しきものもあるのが分かる。
やはり、任務を失敗した、ということを組織に先に知られて、何か壮絶な拷問にでもあったのか……。
俺はそんな想像をして、《ゴブリン》に尋ねたわけだ。
これに《ゴブリン》は、
「……そのことよ。仲間に事情をとりあえず説明したんだが……この場合の仲間ってのは、じいさんがスカウトしてきた連中のことだからな。他の奴らには言ってねぇ……で、そいつらが、じいさんが銀級二人と銅級一人なんかに負けたなんて信じられねぇって言ったんだよ。だがよ、俺は実際にそれをじいさんの口から聞いたし、とんでもねぇ魔術が放たれてるのも遠くから見てるからな。本当のことだって何度も言ったんだが……まるで信じやしねぇ。最終的に取っ組み合いの喧嘩になっちまってな、この有様だ」
頭をかきむしりながらそんな風に語られた《ゴブリン》の説明に老人はあきれた顔をして、
「あやつら……まぁ、よかろ。それは直接わしが説明すれば分かることじゃ」
そう言った。
老人も今日、拠点に行くわけだから確かにそれで問題ないはずである。
本人の口から言われても信じないなんてことは……ないよな。たぶん。
俺と同じような不安を持ったのか、《ゴブリン》は遠くを見ながら言う。
「だといいがな……。まぁ、つまり俺はとにかく気をつけろって言いに来たんだ。そういう奴らもいるからよ、と。あぁ、それと本題の方は繰り返しになるが問題ないぜ。《
「どのように説明して約束を取り付けた?」
ロレーヌが《ゴブリン》に尋ねると、《ゴブリン》は言う。
「標的を観察していたら事前に伝えられた情報と比べて色々と齟齬があることが発覚した。そのため、誠に遺憾ではあるが、標的と接触を持つことになった。加えて《スプリガン》の評価によれば、標的は単純に敵に回すには問題のある存在でもある可能性が高いという。俺たちだけで挑んでも確実に目的を達成できるかも不明になってきたこともあり、接触をもったことは仕方のないことだった。そしてさらに標的に話を聞けば、我々の上司に会わせるように求められた。もちろん、容易に受け入れるわけにはいかない話だが、検討に値すると思い、このように拠点に報告に戻ってきた次第であるが、どうするか。もしも彼らの話を聞かないのだとしても、拠点まで連れてくればそこで目的を達成することもできると考えるが……。というようなことをうまく伝えた、つもりだ」
だいたいは事実に沿った話かな?
ただ戦って負けたとか、俺たちがもう狙うのはやめろと言いにいくつもりだとか、そういうところについては詳しく言っていないわけだ。
だが、その辺を語り過ぎると結局お前ら寝返っただけだろ、となってしまうだろうからそれで正しいだろう。
ただ、この《ゴブリン》の伝えた内容からすると、向こうは拠点で俺たちを殺しにくる可能性もあるということになってしまうな。
俺はどうとでもなるが、ロレーヌが……いや、ロレーヌも自分で自分の身は守るか。
まぁ、いざとなったらできることもいくつかないではない。
それはともかく……。
「《スプリガン》?」
《ゴブリン》の台詞に出てきた単語が気になった。
といっても、それが何を意味するのかはだいたい文脈とか今までの傾向とかでなんとなく分かってはいる。
ただ、はっきりとした答えがほしくてあえて言葉に出してみた。
すると、老人が、
「……わかっとると思うが、わしのことじゃな……《スプリガン》というのは」
これにロレーヌが、
「……《スプリガン》。巨大化能力を持つ妖精の一種だな。存在としてはドワーフに近いと言われているが、実際のところははっきりしていない。貴方の能力に由来する隠語、符丁というわけか」
「そうじゃ。《ゴブリン》も《セイレーン》も能力からつけられたものじゃからな。わしも同じじゃ……本当に、こんな風に他人に説明することはまずないものなのじゃが……」
そう言って老人は苦笑する。
成り行き上、説明することになってしまっているこの状況が何かツボに入ったのだろう。
「組織の他の人たちにもそういうのがついているの?」
興味本位、と言った様子でオーグリーが老人……《スプリガン》に尋ねると、彼は言う。
「全員ではないが、主立ったものにはついておることの方が多いな」
「ついてない人もいるの?」
「能力が弱い者も少なくないし、またその能力自体があまりはっきりとしていない者もいる。そういう者にはわかりやすく特徴を摘んだ名前は付けづらいからのう。そもそも、組織の人間だけの間で使う名前じゃ。普通の名前も当然それぞれあるから、そこまでこだわってつけることもない。お遊びのようなものじゃよ」
確かに若干適当な感じのする名付け方なのはその通りだもんな。
内部向けというのならわかりやすく簡単なものに、というのも理解できる。
俺たちがそれを知ってしまったのは、彼らにとってのちょっとした事故が起こったからで、本来なら知ることはなかった情報のはずだし。
「……《
ロレーヌがこれを尋ねたのは、そのあだ名があるのなら、そこから色々と対策を立てられるかもしれない、と思ったのもあるだろう。
もちろん、ただ気になった、というのも大きいだろうが。
何か対策を考えるためなら、《ゴブリン》たちに《
これに老人は、
「《
「《
「……流石にそれについてはわしも言えぬ。とかっこよく言いたいところじゃがな。知らないんじゃよ。だから答えようがないんじゃ」
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