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第14章 塔と学院
閑話 夢と現実と4

 がちゃがちゃと、鎧を身につけていくザール。

 俺はそれを手伝う。

 武器は槍だ。

 金属製のもので、かなり重く、ザールには扱えなさそうだが、意外にも軽々と持つ。

 

「あんた、そんな心得があったのか?」


「ないよ。だけどこの世界じゃ、それでも何とかなるものさ……へっぴり腰はどうにもならなそうだけど」


 実際、ザールが構えてみせると、まさにへっぴり腰である。

 これはだめそうだな、と思った。


 なんでこんなことをしているかというと、俺とザールは昨日見た、あの物体を倒すつもりでいるからだ。

 ザールが言うには、あれを倒せば、リアは現実に戻れるはずだから、という。

 その理由の説明を求めたが、はぐらかすばかりで答えない。

 嘘を言っている、その可能性も考えないではなかったが、やはりこの男の目に宿るのは、父親としての厳しくも優しいものだけだった。

 これを信じられないようでは、今後人を信じることは俺には出来ない。

 そう思わせるような決意の視線だ。


「……すまないね、レント」


「え?」


「なにも説明しないで、つきあわせてる」


「別にいいさ……それに、死んだはずのあんたとこうして話せているのは楽しい。いきなりいなくなる前に、挨拶くらいはしておきたかったしな」


「はは。それは良かったね……。私も君にはよくよく礼を言っておきたかった。リアたちを助けてくれて、ありがとうと」


「市場での話か?」


「そうさ。私も職業柄、ずっと一緒にはいられなかったからね。もし君がいなかったらと思うと……」


「それこそ気にしなくていい。あんなのは日常茶飯事だからな」


「ほんと、人がいいな、君は。リアも言っていたよ」


「……そんな評価なのか、七歳の子供に」


「そんな評価なのさ。七歳の子供にね」


 そんな話をして、笑いあった俺達だった。


 ◇◆◇◆◇


「……いいかい、リア。今夜は絶対にここから出てきてはいけないよ」


「……わかった」


 夜。

 ザールがリアにそう言い聞かせ、小屋の扉を閉じた。

 外側からかんぬきをかけ、開かないようにする。


 それから、森の奥をじっと見つめ続けた。

 隣には、俺がいる。


「さぁ、レント。来るよ」


 ザールがそう言うと同時に、森の奥から、土埃をたてて何かがやってくるのが見えた。

 かなり大きい、ということが分かる。

 あれが……。


 そして目の前にそれが来て、その巨大さが分かり、体に震えがきた。

 今まで見たどんな魔物よりもでかい。

 形は、城ほどもある、蛇だ。


「……こいつを倒すのか」


「あぁ、そうさ。がんばろう。私たちなら、出来るさ」


 そう言ったザールが頼もしく見えた。

 実際、ザールは戦闘など身につけていないただの人間だったが、しかし、ことこの戦いにおいては三面六臂の活躍を見せた。

 飛び上がれば遙か高いところまで、槍を振るえば木々をなぎ倒す。

 まさに英雄のようだった。

 あんなこと俺には……。

 そう思いかけた俺に、ザールは言った。


「ここは夢の世界だ。思ったことが、実現する。信じるんだ!」


 言われて、おっと危ない、と思う。

 取り込まれかけていた、と。

 来る前にロレーヌに言われた。

 長くこの世界にいると、現実と夢の区別がつかなくなっていくと。

 だから自分を強くもて、と。

 そうすれば無敵にもなれるから。


 そう、信じること。

 夢を、未来を、可能性を。

 それは俺がずっとやってきたことだ。

 誰にも負けはしない。


 そう思うと、体が恐ろしく軽くなった。

 持っている剣はただの片手剣だったのが、いつか大聖堂で見た伝説の神具へと変貌する。

 体中から魔力と気が溢れ、巨大な蛇の動きがすべて分かるようになる。


 ……楽勝だな。


 そう思った俺は、地面を思い切り踏み切る。

 その一足で俺は蛇の眼前までたどり着いてしまった。

 俺の夢。

 俺が実現したい英雄の能力。

 神銀ミスリル級なら、これくらいはやる。

 そう思うと、何でも出来る気がする。

 剣を振り上げ、その蛇の首を一撃でやってやる。

 それが出来るはずだ!


 信じて力を振り絞れば、その通りに体が動き、剣が振るわれた。

 俺の一撃は、確かに巨大蛇の頭を一撃で飛ばすことに成功する。


「……レント……! 流石だね……!」


 着地し、同じように横に着地したザールが、俺にそう言って笑いかけた。

 

「夢だからな。いつかは、本当にこれが出来るようになりたい」


「なれるだろうさ……応援してる……よ……」


 言葉の途中で、突然、ザールの首筋に一本、線が引かれた。

 まっすぐな線だ。

 きれいな、迷いのない一撃によって刻まれたかのような一直線の……まさか。


「ザール! おい!」


 どさり、と崩れ落ちたザール。

 それと同時に、彼の首が胴体からころり、と離れる。

 だが、さすがは夢の世界か。

 それでもザールは声を発する。


「……レント。すまないね。私はここまでだ。君は、リアを連れて、外へ……。私と会った森まで走るんだ。そうすれば……」


「どういうことだよ……」


「あの蛇は、私さ。リアが作り出した、呪縛。大きな、大きな……。そして夢魔が、その存在を奪い取り、肥大化させたもの……私自身もね。つまり、同じものだったんだ。だから……」


 あれが、リアの心を眠りの世界に縛り付けていたもの。

 そして、夢魔がリアの夢に居座る楔としていたもの、ということなのだろう。

 ということは、あれを倒せたと言うことで、夢魔は消えたか、ここから去ったかしたということになる。

 しかしそれは、ザール自身でもあった。

 だから今、彼は……。


「だったら、なんで倒そうなんて……」


「私は父親だ。あの子の。ここでずっと暮らせたらなんて幸せなんだろうとも思ったけど……それはだめだ。いつかきっと会える日はくる。それまでは……現世で生きてほしい。そう思ってね……君が来たのもいい機会だと思った。一人であの子が出口にたどり着くのは難しいだろうから……レント……頼んだ、よ……ヒュミにも、よろしく言っておいてくれ……」


 そこまで言って、ザールの体はすっと灰色に染まり、そして砂のように崩れ落ちた。

 俺はそれを見て、立ち上がる。

 小屋の扉まで行き、かんぬきを抜いて、リアを呼んだ。


「リア!」


「……レントお兄ちゃん? あれ、お父さんは?」


「……歩きながら説明する。だけど今は……」


 ――ゴゴン!!


 という音が響き、世界が揺れた。

 遠くを見ると、そこから大地が崩れ落ちていくのが見える。

 この夢の世界は、これから崩れるのだろう。


「さぁ、行くぞ!」


 ぱし、とリアの手を取ると、その手は迷っていた。

 ここはリアの夢の世界だ。

 俺が言わなくても心の奥底で感じているものが色々あるのだろう。

 けれど……。


「リア! ザールは言ってたぞ! 現世で生きてほしいって! 起きるんだ!」


 俺が強くそう言うと、俺の手を握る手に力が入った。

 そして俺が走り出すと、彼女もまた、同様に走りはじめる。

 

「どこにいくの!?」


「出口があるって言ってた……最初の森……こっちだ!」


 場所は覚えていた。

 なぜかといえば、最初に会ったとき、ザールがしつこく場所を確認していたからだ。

 はじめからこのつもりだった、ということなのだろうな。

 まったく、いい父親だ。


 そして、俺達がたどり着いたその場所には、光で出来た扉のようなものがあった。


「……ここだな。覚悟はいいか?」


「……レントお兄ちゃん。でも、私……」


 まだ、悩むのか、と思うがそれも当然だろう。

 父親を失ったショックが、夢魔に取り憑かれる隙を彼女の胸に作った。

 それはまだ、そこにある……。

 だが……。


「……これを」


 俺はリアにあるものを手渡す。

 それは、小さなペンダントだった。

 あの巨大蛇と戦う前に、あとでリアに渡してくれ、とザールに言われていたのだ。

 自分で渡せと言ったのだが、もしものときのために、と言われて仕方なく預かった。

 これもまた、最初からそのつもりだった、ということだろう。


「これは……お父さん……」


 受け取ったリアは、それを見て、涙を流す。

 なぜなのかは分からない。

 ただ、彼女にとっては意味があるものらしかった。


「……レントお兄ちゃん。行こう!」


 覚悟が決まったらしい。

 リアは俺の手を自ら取って、扉に向かって強く歩き出す。


「ああ!」

 

 俺も頷いてともに走った。

 背後からは崩れ落ちる大地が迫る。

 もう少しで追いつかれる。

 そう思った瞬間、俺達は扉の中へと飛び込んでいた。


 ◇◆◇◆◇


「……レン………ト………レント!」


 耳元で叫ばれた声に、俺は飛び起きる。

 すると、そこには、ロレーヌの見慣れた顔があった。

 きょろきょろと周りを見ると、ヒュミのそれもある。

 横を見るとそこにリアのそれもあるはずだったが……あれ、ないな。

 首を傾げていると、


「リアなら、お前より先に目覚めたよ。今、施療師殿の診察を受けている。何日も食べ物を口にしていないからな。体調を見ているのだ」


「あぁ……そうか。起きたのか。よかった」


「お前の方が遅くなるとは思わなかったがな。よほど精神力を消耗したか? なにがあった?」


 聞かれて、俺は夢の世界であったことをすべて説明した。

 ロレーヌの隣にはヒュミがいて、同じように俺の説明を聞いた。


「なるほどな……それであれば、目覚めるのが遅くなったのにも納得がいく。他人の夢に干渉するのはかなり大変なことだ。それだけのことをしたなら、相当に消耗したはずだ」


「そうなのか?」


「あぁ。夢の世界では無敵だと言ったがな。それは自分の夢ならば、だ。他人の夢では……かなり強く意思を持たなければなにもできん。たとえ子供の夢でも、な」


 ……おい。

 じゃあ俺はそうとう危険なところにつっこまれたって事じゃないか。

 と思ったが、ロレーヌのことだ。出来ると思った、と臆面無く言われて終わりだろう。

 実際、出来ないことは求められないからな……信頼されていた、ということでよしとしよう。


 それで、ヒュミの方は俺の話を聞いて、色々と思うところがあったようだ。

 途中から涙を流して、今はロレーヌに手渡されたハンカチで鼻をかんでいた……結構図太いところもあるんだな。

 いや、混乱しているから、ということにしておこうか。


「……あの人が、ザールが、リアを助けてくれたのですね……」


「ええ。縛っていたのも自分自身だ、ということを言っていましたが、それを解放したのもザールです。貴方とリアによろしく言っておいてくれ、とも言っていました」


「あの人らしいです……。でも、良かった。これで、前を向いて歩いていける気がします。リアと。やっぱり、あの人がいきなりいなくなって……どうしたらいいのか分からなくなっていましたから。でも、そんなことでは笑われてしまいますものね。私はリアを守らないと。あの人の分まで」


「……そうですね。それがいいでしょう」


 どうやら、今回のことはこの一家にとって必ずしも悪いことばかりというわけでもなかったようだ。

 それから、ふと思い出して、俺は言う。


「そういや、最後に夢の世界でリアにペンダントを渡したんだが……あれって、当たり前だけど持って来れてないよな?」


 ロレーヌに尋ねると、ロレーヌは首を傾げ、


「……ん? どうだったかな。リアが起きたときはまず、体調の確認をしていたので、そこまでは分からないが……夢の世界からものは持って来れないのではないかと思うぞ」


「だよな……まぁ、これで依頼は終わりか」


「そうだな……ヒュミ殿。依頼達成を認めてくれますか?」


 依頼票を手渡しつつ言うと、ヒュミは頷き、


「もちろんです」


 と言ってサインをしてくれたのだった。


 ◇◆◇◆◇


「……レントお兄ちゃん!」


 市場を歩いていると、そんな声をかけられる。

 振り返るとそこにいたのはリアだった。

 後ろには、彼女の母親のヒュミがいて、にこやかにこちらを見ている。

 あの一件以来、俺とロレーヌに対する信頼は絶大なものになってしまったらしい。

 よくお裾分けももらうようになったのでありがたかったりする。


「リア。今日も元気だな……」


「うん。お兄ちゃんは今日もスライム狩り?」


「そうだよ……もう化粧品屋に転向しようかな。ロレーヌと一緒なら一大商店が作れそうな気がする」


「あはは。冗談でしょう?」


「当然だ……ん? そいつは……」


 話しながら、ふと気になってリアの首元をみると、そこに見覚えのあるものが垂れ下がっているのが見えた


「あぁ、これ? これ、あの世界でもらった奴だよ」


「えっ? 嘘だろ。持ってこれる訳ないってロレーヌが……」


 困惑していると、


「リア! 行くわよ!」


 ヒュミのそんな声に、


「はーい!」


 とリアが言って、


「じゃあまたね、レントお兄ちゃん!」

 

 そう言って走り去っていった。

 取り残された俺は、リアのペンダントについて考える。

 夢の世界のものは、外には持ち出せない。

 そのはずだ。

 それがルールだという話だった。

 なのに、あれは確かに……。

 もしもそんなものがあれば、誰もがほしがることだろう、とロレーヌは言っていたが……。

 

「……まぁ、いいか。黙っておこう」


 見る限り、普通の品にしか感じられなかった。

 何か特殊な方法で調べない限りは、特別なものだとは分からないのは間違いないだろう。

 そして、子供がこれ夢の世界からもってきたの、と言って誰が信じるのか。

 何より、父親からもらった形見を誰かに奪わせるわけにもいかないしな。

 こればっかりはロレーヌにも内緒だ。


 そう思って、俺はそれについては忘れることにする。


 さて、今日もこれから《水月の迷宮》だ。

 代わり映えしない日々がまた、始まる……。

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