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第14章 塔と学院
閑話 夢と現実と2

「……そうそう、そう言えば、今日はスライムの再湧出した個体を一匹だけだが見つけたぞ。ぎりぎり粘って何とか倒せたが……その一匹と、骨人一匹で終わってしまった……」


 酒場のテーブルでつまみとエールを口にしつつ、今日の戦果をロレーヌに報告する。


「お、しっかり体液は持ってきてくれたか?」


「当たり前だ。あとで渡すよ」


「よしよし……お前はちゃんといいところを丁寧に掬ってきてくれるからありがたい。その辺の冒険者に依頼すると品質が水準に達しないからな……報酬もちゃんと支払うぞ」


「あぁ、助かる」


 通常の依頼以外にも、ロレーヌが非常に特殊かつ普通の冒険者が受けなさそうな依頼を俺に直接持ってくることがある。

 細かく品質を指定したスライムの体液採取とかもその類だが、そのお陰で俺の懐は助かっている部分も大きい。

 ……なんだかちょっとヒモになったような気分になることもあるが、払われるのは正当な対価であるし、別にそこまで卑屈になることもないはずだ。

 以前、俺ではなく冒険者組合ギルドに直接依頼した方が安く、確実に済ませるんじゃないか、と尋ねたこともあったが、そうするとどれだけ品質の低い品を掴ませられるか、そして依頼料も高値になるか、ということを説明されたのでお互いに納得はしている。

 別に冒険者組合ギルドの方に依頼してもそんなにひどい品を掴まされるというわけではないのだが、ロレーヌは素材の指定が細かかったりするから、そこまでは対応していない、というだけなんだがな。

 まぁ、そこのところはお互いに助かっているということでいいと思う。

 たぶん。

 ロレーヌが俺に気を遣ってくれているところも、もちろん、ゼロとは言わないが。


 ◇◆◇◆◇


「……黄茶一角獣(ピュラスーピ)が出たって?」


「あぁ、近くの街道でな」


「見た奴は平気だったのか? 聞くところによると、かなり凶暴だという話だろう。このあたりじゃあまり見ないが……」


「商人の一団が襲われたんだってよ。一人死んだらしいが……それで済んだんだ。マシな方だろう」


 酒場の喧噪の中から、そんな話し声が聞こえてくる。


「……黄茶一角獣ピュラスーピか。一角獣ユニコーンとはそもそも種が違うんだったな」


 俺がふと気になってロレーヌにそう言うと、ロレーヌはうなずく。


「あぁ。一角獣ユニコーンは国や地域によっては聖獣としても扱われるが、黄茶一角獣ピュラスーピは角が一本生えているところが同じなだけで、その見た目は大幅に違うからな。山羊のような毛に、ラバほどの大きさの魔物だ。名前のとおり、黄茶色の毛で、魔術師のローブの材料にも使われることもある。角には強力な解毒の効果があって、重宝される……狩ってくるか?」


「馬鹿言うなよ。今の俺に倒せるような相手じゃないぞ」


「まぁ、そうだろうな。このあたりでは滅多に見ない魔物だ。私も暇があればパーティーを組んで狩りに行くんだが、ここのところあまり暇もない。がんばって時間を作ってみるか……」


 結構本気で欲しいらしく、まじめに検討し始めたロレーヌである。

 つきあわされてはたまらない。

 今日はさっさと切り上げた方が良さそうだな……。


 ◇◆◇◆◇


 数日後。

 冒険者組合ギルドでうろうろしていると、


「……レント。依頼を受けた。ついてはお前の力が必要だ。一緒に来てくれないか」


 ロレーヌがかけよってきて、そう言われた。


「なんだ、こないだの黄茶一角獣ピュラスーピ、まだ諦めていなかったのか?」


 俺がそう尋ねると、ロレーヌは意外にも首を横に振って、


「……いや、そうじゃない。詳しく話そう」


 そう言った。

 思いの外深刻そうな雰囲気で、これはちゃんと話を聞かなければならなそうだな、と俺は意識を変える。

 ロレーヌと冒険者組合ギルドに設置されているテーブルにつくと、深く息を吸った後、覚悟を決めたように話し出した。


「発端は、まさに黄茶一角獣ピュラスーピなんだ……」


 そんな出だしから始まった彼女の話は、驚きの内容だった。


 ◇◆◇◆◇


「……これは、いつから?」


 ベッドに眠っている少女を前に、俺が尋ねる。

 ベッドの横には、その少女の母親と、施療師が座っている。

 質問は、二人のどちらが答えてくれてもよかったが、母親の方が口を開く。


「三日前からです。それ以来、一切目を覚ましません。はじめはただの寝坊かと思っていたのですが……どれだけ起こしても全く目が覚めず、施療師の方にも来て貰って診察をお願いしました。しかし、これは薬では治らない、と……」


 ここで話のバトンは施療師に渡される。


「診断の結果から申し上げますと、これは病気ではないと結論しました。このような症状を示すあらゆる病を疑い、様々な方法で調べましたが、どれも芳しくなく……しかし、その診察の最中、一瞬、私は彼女の頭部に怪しげな光が明滅しているのを発見しました。見間違いかもしれないとも思いましたが、その後の診察でも、何度も見かけて……それは何か生き物の陰のようで……私はそれで、思い出しました。これは……この症状は、夢魔のそれだと」


「夢魔? サキュバスとかインキュバスとかか。でもあれは……なんというか、大人に憑くものだったはずだが」


 子供には色々な理由で憑かないとされる。

 これに補足したのはロレーヌである。

 

「それはその通りだな。だが、夢魔にも色々な種類がある。代表的なのは今お前が言った種類だが……おそらく、この少女に憑いているのは、アルプだろう。こいつは子供にも憑くタイプだ。ちょっと待て、調べる……よろしいですか?」


 そう母親に確認すると、母親が頷いたので、ロレーヌは色々と器具を取り出して調べだした。

 そしてなにやら呪文を唱えて杖を向けると、その先から光が放たれ、そして少女の頭上に魔物の陰を映し出した。

 ゴブリンよりも小さくやせ細った、背中に翼のある人間のような形の陰だ。

 それを見て、ロレーヌは頷き、


「やはり、アルプだな」


 と言う。

 眠っている理由ははっきりした、というわけだ。

 夢魔は、魔物である。

 魔物憑きは施療師や治癒術師ではなく、魔術師や錬金術師の領域だ。

 ロレーヌが呼ばれるわけだな。


「……それで、この夢魔はどうにかできるのか? サキュバスやインキュバスは、本人の意思である程度克服できるが……」


 俺が尋ねると、ロレーヌは言う。


「アルプも基本的には同様だ。大人なら本人の意思で何とか出来ることが多いが……ただ、今憑かれているのは子供だ。この子にそれをはねのけるだけの精神力があるとは……」


 そう言ったロレーヌに、母親は、


「そんな! どうにかなりませんか! お願いです! この子……この間父親を失ったばかりで……その上、この子までなんて……」


 そう言って泣き出してしまう。

 ロレーヌはそんな母親の肩をぽん、と叩き、


「方法がないとは言っていません。私たちは助けるためにここに来たのですから。そして出来ると思っているからこそ、依頼を受けた。ですから、どうぞご安心ください」


「ほ、本当でしょうか……?」


「ええ、もちろん。なぁ、レント。そうだな?」


 ロレーヌが確認してくる。

 俺はその方法について、ここに着くまでに説明を受けていた。

 だから頷いて答えた。


「大丈夫です。必ず俺が助けますよ……リアは」


 そう、ベッドに眠る、夢魔に憑かれた少女。

 彼女は、リアだった。


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新作 「 《背教者》と認定され、実家を追放された貴族の少年は辺境の地で、スキル《聖王》の使い方に気づき、成り上がる。 」 を投稿しました。 ブクマ・評価・感想などお待ちしておりますので、どうぞよろしくお願いします!
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