あれはいつのことだったかな。
だいぶ前だ。五年以上前だったと思うけど……たぶん、七年も前じゃない。
そんくらいのときかな。
ロレーヌは銀級の依頼にも慣れてきて、俺は俺でやる気満々だったって言うか、そんな頃だ。
あぁ、もちろん、今だっていつだって俺はやる気あるけどな。
ただ、こうなる直前は、ちょっとだけ心に陰が落ちてたってだけだ。
二、三日もすれば、きっと立ち直ってた……ってそれはいいか。
今からするのは、俺の懐かしい話さ。
懐かしい、懐かしい……。
◇◆◇◆◇
「レントお兄ちゃん、今日も《水月の迷宮》に行くの?」
朝早く、
ふと首を動かして見れば、そこに立ってたのはあどけない笑顔の幼い少女である。
見覚えのある顔……つまりは、知り合いだな。
確か、今度七歳になるって言ってた記憶がある。
たまに市場で会う親子がいるのだが、その子供の方で、冒険者にぶつかって難癖付けられているのを取りなしたことがあった。
それ以来、俺に安心して話しかけてくるのだ。
本来、冒険者なんて子供には話しかけちゃいけません、って言われるような職業なのにな。
ただ、それでも小さな子供の中には冒険者を見つけると一目散に走ってきてあこがれの瞳で話しかけてくる奴はいるんだけどさ。
冒険者ほど、人によって評価の違う職業はない。
「……リア。この時間帯の
俺はともかく、朝だから機嫌が悪い奴とか、これからこなす依頼のことを思って気が立っている奴とかが少なくないからな。
むやみに話しかけるのはやめておいた方が賢明なのだ。
そんな俺の忠告にリアは口をとがらせて言う。
「大丈夫だもん! レントがなんとかしてくれるでしょ!」
「いつだって俺がいるわけじゃないんだって……。まぁ、いいか。そうそう、迷宮に行くか、だったか? そうだよ。今日もスライム狩りだな」
「あっ! スライムって、ロレーヌさんの美容液の材料!?」
「……確かにそうだが、なんかそう言われると微妙だな……俺もロレーヌも化粧品屋じゃないんだぞ」
半ばそういう依頼が大半になっているような気はしなくはないが。
需要もあるし、報酬もいいからな……。
清浄なスライムの粘液は女性向けの美容液の材料になる。
結構いい値段で売れるとはロレーヌの話だ。
この少女の母親もお得意さまであるらしい。
裕福、とまでは言えないまでも、マルトにおける一般的な住人であり、ロレーヌの美容液も買えるくらいの経済力はあるということだ。
そもそも、その美容液自体、俺が材料を取ってくるし、ロレーヌも自分用だけ作るのは非効率だからと大量に作っている、いわばついでの品なので極端に高値でないのだな。
「他には?」
「他? あとは骨だな。
「へぇ……。そういうの聞くと、やっぱりレントお兄ちゃんも冒険者なんだね。話してるとぜんっぜんそんな感じしないのに」
「そうかぁ?」
結構見た目は冒険者っぽい気がするんだけどな。
こなれた軽鎧に外套、使い込まれた柄の片手剣。
これでそれなりに長くやってきているし。
まぁ、冒険者初めてまだ五年も経ってないから、駆け出しといえば駆け出しなのは事実か。
「だって、雰囲気が優しいもん。よく見る冒険者の人は、もっとピリピリしてるよ」
「あぁ……なるほど」
剣呑な奴の方が職業柄、やっぱり絶対数が多いからな。
まぁ、そう見えない、というのは考えようによっては悪くないのかもしれない……。依頼主に威圧感を与えないとか、それなりに意味はありそうだからな。
そんなことを考えつつ、太陽の位置を見ると、
「おっと。そろそろ行かないと。馬車が行ってしまう。じゃあリア、また今度な」
そう言って手を振ると、リアもうなずいて、
「ばいばい!」
と返事をしたのだった。
◇◆◇◆◇
「……今日もしょっぱいなぁ。それでも一応ここ最近だと、悪くはない方かもしれないが……」
依頼を終え、報酬を受け取って
丈夫な革の袋の中を覗きつつ、その中身になんだかな、と思ってしまった。
中に入っているのはまさに先ほど得た報酬である。
けれどもじゃらじゃらと音を立てる貨幣の数を冷静に数えてみると、これでは欲しい武具も魔道具もとてもではないが手に入らないことが分かる。分かってしまう。
ついこないだ、小さめとは言え、魔法の袋を買ったばかりで貯金もほぼないのだ。
数日も暮らせないだろう所持金には涙が出てきそうだ。
しかし、仕方ないと言えば仕方がない……がんばっていくしかないのだ。
それが、冒険者というものである。
「……人生の苦しみって奴を感じるな……」
そんな益体もないことを呟くと、
「では、それを忘れられる場所にでも行くか?」
と声がかかった。
振り返ると……。
「……ロレーヌ。いたのか」
「たまたまな。それにしても悲しいことを呟くな。お前には夢があるんだろうが」
「そりゃそうだが、たまには落ち込むときもあるさ」
「人間ならば当然の話だな。そしてそういうときのためにあるのが、酒場だ。行くぞ」
ロレーヌはそのまま俺の腕に手をかけ、また反対の手を空に掲げてそんなことを言う。
傍目から見ると恋人に間違われそうな仕草だが、そんな雰囲気はあまり感じない。
かなりの美人であるのは確かなので、通り過ぎる人々の中、男には羨ましそうな視線を向けられるが、そういうんじゃないんだって、と言いたくなる。
言っても殴られるだけだから言わないけどな。
俺だってどこまでも鈍感というわけでもないが、今、積極的に口に出すような話でもない。
曖昧なままにしておいた方がいいことは、あるのだ……。
まるきりすべて勘違い、という可能性もないではないが。
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