「そうそう、ロレーヌ。レントがさっき、
オーグリーが嬉しそうな様子で口を開く。
その口からどんな内容の話が飛び出るのかは、さすがの俺でも予想がついた。
「何かあったのか?」
そう尋ねるロレーヌに、オーグリーは続けた。
「あったさ! レントがとうとう、銀級昇格試験の受験資格を取得したんだよ!」
それを聞いたロレーヌは、
「ついにか……! レント……良かったな。これで、私も並ばれてしまうが、これほど嬉しいことは中々ない。今日は酒盛りでもするか」
まるで自分のことのように喜び、そんなことを言ってくれる。
そんなロレーヌやオーグリーの態度に不思議そうなのは老人である。
「……? お主なら銀級昇格試験の受験資格取得くらい、簡単に得られたじゃろう? そんなに嬉しいことなのかのう?」
これにロレーヌは、
「……ご老人。そうだな……貴方から見れば、そんな感じなのだろうが……私たちからしてみれば違うのだ。本当にな」
と少し潤んだ瞳で言う。
涙を落とすのはロレーヌの矜持に関わるのか、すぐに引っ込めてしまったが。
老人はやはり、それでも首を傾げ、
「……どういうことじゃ? わしにあれほどの一撃をたたき込んだ奴が……昇格試験くらいで」
そういう。
話の流れから、俺がそれを取得することが今まで、長い期間にわたって出来なかった、ということは想像がついたようだが、その理由についてはまったく分からないようだった。
当然だろう。
しかし、細かく説明すると俺が魔物であることについても語らなければならなくなってくるからな。
ぼかしつつ、言う。
「まぁ……なんていうかな。俺は十年ぐらい、銅級冒険者としてゴブリンとかスライム狩りとかで稼いでたんだ。いつか、上に行くんだと思いながら。でも、無理だった……。先なんてぜんぜん見えない日々でさ」
「あの実力でか?」
「そうさ。少しだけど強くなれたのは、なんというか、偶然なんだ。そんな日が来るなんて……想像も出来なかったけど、でも、今日、とうとう銀級になれるかもしれないチャンスが得られた。感無量だよ」
「ううむ……偶然か。そういうことなら分からぬでもないな。つまり……異能に目覚めたのが最近じゃ、ということかのう?」
思いついたように尋ねる老人である。
実際はぜんぜん違う。
魔物になったのが最近だ、ということなのだが、そんなこと言えるはずもない。
ただ、少し考えてみると老人の推測は近いところをいってはいる気がする。
対外的な説明としても使いやすそう、とも。
だからとりあえず俺は乗っかることにした。
「まぁ、そんなところだ」
「なるほどのう……異能は、いつ目覚めるかわからんものじゃ。生まれたときから使える者もおれば、ある日突然、目覚める者もおる。お主の場合はそれがだいぶ遅かった、ということじゃろうな」
この話に興味を持ったのは、ロレーヌである。
「ご老人はどうだったのだ?」
「わしは小さな頃から使えておったのう。《セイレーン》や《ゴブリン》も同様じゃ。どちらかと言えば、そちらの方が多い……と思うが、これについてははっきり調べられたわけではない。ある程度成長した後に目覚めると、わしらよりもさらに悲惨じゃからのう」
「それはどういう意味だ?」
「ある日突然、友人が化け物に変わったらどう思う?」
老人の突然の質問に、ロレーヌとオーグリーは少し驚いた表情をする。
俺もちょっと驚いた。
なぜなら、それはまるきり俺の状況を言っているように思えたからだ。
しかし、老人が続けた言葉に、その意図を察し、驚きは消える。
「つまりは、そういうことなんじゃ。年を取ってから、異能に目覚める、というのはのう。異物は排除されるとさっき言ったが、その論理が余計に強く働いてしまう。子供であれば……まだ、慈しまれる。そう生まれついてしまったことに、同情も注がれる。じゃが、大人では……唐突に化け物になった、得体の知れない、化け物に。そうとしか捉えられん。化け物と友達のままでいよう、などという者は……ほとんどおらんじゃろう?」
この言葉にロレーヌとオーグリーは苦笑し、それから穏やかな口調で言う。
「私は、友人の姿形が変わったくらいで、友であることをやめようとは思わん。その心に変わるところがないのであれば、永遠に友でいるだろう……少しばかり、実験につきあってもらうかもしれんが」
「僕も同様だね……だいたい、ちょっと人より変わってるからっていう理由で友達を止められたら僕の方が困るんだ。僕だってだいぶ人より変わってる扱いされる方だしね。服装とか、あと、服装とかで」
二人とも最後の方は冗談じみた口調だが、本気で言ってくれていることが分かる。
誰に向けてか。
当然、俺に向けてだろう。
それをなんとなく老人も理解したようで、
「お主はいい友人がおるようじゃな。レント」
そう言った。
「そうみたいだな……」
目頭が熱くなりそうだが、この体はあんまり水が眼から出ない。
出そうと思えば出せるのだが、引っ込めようと思えば引っ込められるというか。
なんか身体コントロールが人間だったときよりも遙かに自由が利いてしまうのだよな。
悪いことではないのだが、ちょっとだけ寂しい感じもする。
こういうときくらい素直に泣けてもいいのに。
「お主が、後天的に異能に目覚めたのにそのように平静でいられるのは、このような者たちに囲まれているから、ということじゃろうな。ただ、世の中の異能者の大半はそうではない。人の悪意や、裏切りに晒され……ゆがんでしまう者が多い」
「貴方はそうでもなさそうだが?」
ロレーヌがそういうと、老人は、
「わしの場合は全て力で黙らせてきたからのう。それに、年も取った。人を恨み続けるのは意外と難しくてな……守るべきものも出来たのもある。人は、誰かとのつながりの中で人であることが出来るんじゃ。たとえ、化け物であっても、な」
それは、老人が自分自身に、そして《セイレーン》や《ゴブリン》たちのことを思って言った台詞だったのだろう。
だが、その言葉は、俺の胸にも響いた。
なぜなら、その通りだと深く思ったからだ。
ロレーヌやオーグリー、俺のことを受け入れてくれる人がいる。
だから俺は体は魔物であっても、心は人でいられる。
そういうことだからだ。
異能者組織、というのも、この老人のような人物が上に立っているというのなら……。
それほど悪い集団ではないのだろう。
受ける依頼は暗殺みたいだが。
一部だと信じようかな。
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