ただ、そうはいっても今すぐ受ける、というわけにもいかない。
理由としては、まず、やらなければならないことがいくつかあるからだ。
少なくとも、《ゴブリン》たちの組織との話し合いと、
それと、王女関係もだが……こちらについてはな。
適当なことを言って距離を置いているところだし、まぁ、後回しでも……どうかな。
場合によるが、とりあえずは今はそんなところだろう。
夢にまで見た銀級であるが、いざその受験資格を得ると、現実的な問題がいくつも重なっているものだ。
試験自体についても何の準備もなくいきなり挑むのも怖い。
それなりに持ち物などについて万全を期してから挑みたいし、それを考えるとやはり今日これから、というわけにもいかない。
まぁ、流石に今日試験があるわけではないだろうけどな。
職員が俺に言ったのは、直近の試験を受けるか、という話だろうし。
そこまで考えて、俺は職員に言う。
「銀級昇格試験受験資格を得られたことは嬉しいが、受験するのは少し日を置いてからにしたく思う。突然挑んだところで、簡単に受かることが出来るものじゃないっていうのは銅級試験を初めて受けた時によくわかったからな」
すると職員は微笑みつつ頷き、言う。
「……それがよろしいでしょうね。良き冒険者は、思慮深いものです。貴方がそうであることを嬉しく思います」
若干ほっとしたような表情なのは、俺と違って、受験資格を得られた瞬間に受ける、という者が多いと言うことだろうな。
銅級はすでに受かっているわけで、同じような試験であってもどうにか出来る、という自信がある者が多いのだろう。
俺なんかだと、銅級試験ですらも結構意地悪なものだったのだから、銀級は尚の事やばそうだ、と思うのが普通のように思ってしまうが、一般的な冒険者というのは自信家が多いからな。
銅級にも受かれたんだから、銀級も行けるに決まってる、なんて考えてしまう者の方が普通なのだろう。
で、何回か落ちて現実を知るわけだ。
そう言う意味では銅級試験と変わらないのかもしれないな。
人は中々学習しないものだ。
「どうかな。そんな立派なものじゃないが……ただ、こつこつ頑張るさ。今までもそうだった。これからもだ」
俺がそう言うと、オーグリーが言う。
「君は本当に変わらないね。マルトにいた時から。何になっても。きっと銀級になっても、その先に進んでも、そうなんだろう」
「だといいがな……」
何になっても、という部分を職員は流しただろうが、俺にとっては自明である。
つまりは、魔物になってすら変わらなかったんだから、と、そういう意味だ。
確かにそうだろうな。
心は変わらない。
それこそ、魔物になろうと、
「あら、お二人ともマルトの方なんですか? それだから、植物採取がお上手なのですね」
職員がそう言う。
「良くあることなのか?」
俺がふと尋ねると、職員は頷いた。
「ええ。昔はそうでもなかったんですけど、ここ五、六年は、マルトから王都に拠点を移される冒険者は大抵、非常に植物採取がお上手ですよ。錬金術師や薬師たちからも評判なのです」
「へぇ……」
呆けた顔で頷いていると、オーグリーが俺の腕をつつき、そして耳元で言った。
「……君に教わった新人たちのことだよ。そういうの、教えてただろう?」
「あぁ……と言っても、たいしたこと教えてないけどな」
せいぜい、一般的な冒険者に必要な知識くらいだ。
植物採取については、俺も一応、薬師の修行もしたことがあるわけで、こだわりのゆえに若干、執念深く教えたかもしれないが。
「マルトから王都に拠点を移した新人が何に一番最初に驚くって、自分の納品した植物に必ず色がついて報酬をもらえることなんだってさ。何人か王都に顔見知りがいるけど、みんなそう言うよ。大したことない、なんてことはない」
「そうか? 気をつければ誰だって出来ることだ」
「その気を付ける、を大抵の冒険者はやらないからね……」
「なんだか、少し耳が痛いな」
「確かに」
俺はマルトで新人たちにそれなりに有用なことを教えることが出来ていたようだが、それでも龍に食われている。
気をつけなかったからだ。
好奇心にかられて。
オーグリーもそこまでではないが、ひやりとしたことは数多くあるだろう。
新人に教えて学んでいるのは、新人だけではなく、俺たちもだ。
初心を思い出して、一つ一つの仕事をしっかりとやろうと気を付けていたことに気づく。
これからもそれは忘れてはならない。
「……さて、冒険者証の処理も終わりましたし、お返ししますね」
そう言って、冒険者証が俺たちの手元に帰ってくる。
それから、
「では、本日のご用件は以上で?」
と定型文的に聞かれたので、俺は思い出して尋ねる。
「……
「
「あぁ。マルトの
「あー……誠に申し訳なく存じます。まだ、戻られておりません。それどころか、いつ戻るかも怪しく……。あまり長期にわたるようでしたら申し訳ないので、マルトに戻られても問題ないようにこちらで処理しておきますが……」
ここまで言うからには、本当にいつ戻ってくるのか分からないのだろう。
しかし、だからと言ってはいそうですか、と戻るわけにいかないのは当然の話だ。
それに、もうしばらくは王都に滞在していても構わない。
最悪、放っておいて帰ってもいいようにしてくれるというのはありがたい話だが、まだ、待てる。
そう思って俺は言う。
「いや、とりあえずそれには及ばない。戻って来たら、連絡をくれ。今しばらく、王都で用事があるから滞在することも問題ないんだ。ただ、不在の場合もあるから……そのときはこちらから出向くので、宿に伝言を頼む」
俺が事務的にそう告げると、職員はまた改めてバツの悪そうな顔で、
「はい……うちの
そう言ったのだった。
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