組合職員の女性は続ける。
「では次は……
促されて、俺は魔法の袋から採取したそれを取り出す。
結構な量なのでカウンターが次々に埋まっていく。
「……えっ、あの、これ……量が……えぇ……」
と、職員は困惑しているが、そもそも量の指定はなかった。
採取できるだけ採取してきて欲しい、ということだったのでどれだけ採ってきても自由だろう。
とはいえ、相手の事情もそれなりに考えるのがものの分かっている冒険者というものだが、その意味でも問題はないはずだ。
依頼者は王都でも規模の大きな錬金術工房であり、どれだけあっても困らないはずだというのはロレーヌの言だ。
それと
二月ほど先の話になるが、貴族たちがよくパーティーを開く季節もやってくる。
そのときに向けて大量に確保したいはずで、だからこそ全部出していいとも。
その上でそれでもあまったら自分が引き取る、とまで言っていたからよほど自信があるのだろう。
実際、職員は量に驚きつつも、
「……こちらの依頼は特に数についての指定はありませんでしたし、依頼者の方からも引き取れるだけ引き取ると申し送りがされております。すべて、お引き取り致します」
と言ってくれた。
その上で、数人の職員の応援を呼び、すべての泥について品質のチェックをしてくれる。
すべてが終わったところで、
「……いずれも非常によい品質のものです。これはどこで採取を……?」
「ペトレーマ湖周辺だな」
俺が答えると、職員は納得したように頷き、答えた。
「あぁ、あの辺りは水源が綺麗で魔力も豊富ですから、生息する
そう言って差し出された紙に記載された金額は十分に満足できるものであった。
オーグリーと頷き合い、そこにサインをする。
そして、
「……最後は、
「人には言えないが、色々とやりようはある。しっかりと採取はしてきた。これだ」
そう言って、魔法の袋から束になった飛竜天麻を取り出す。
根の周りは土ごと採取してきたので一本一本、布で覆っている。
これもそれなりの量になるが、もともとあまり採取できない植物である。
案の定、職員は顔をほころばせる。
「これは……いいですね。非常に大振りですし、新鮮です。採取手順もしっかり守られているようで……中々、ここまで状態のいいものを持ってきてくれる冒険者の方は最近はおりません。色を付けてお引き取りします」
実際、その後に職員が提示してきた額は、通常の五割増しの値段だった。
これもまた、俺たちとしては文句なく、笑顔でサインする。
「これで全てですね。いずれの依頼も問題なく達成されたと判断します。冒険者証をお貸しください……あら?」
冒険者証を手渡したあと、職員が何か情報を確認してから首を傾げ、そして俺を見て言う。
「レント・ヴィヴィエさん。おめでとうございます。今回の依頼達成で、銀級昇格試験の受験資格を満たされました。すぐに受験されますか?」
「え? 本当か?」
最近忙しかったが、それでも空いた時間などにちょろちょろと依頼は受けていた。
すぐに終わる奴とか、雑用依頼とか、本当に細々したものを。
別に鉄級でも出来るだろう、というものも沢山あったが、本当に駆け出しに任せると碌な仕事をしない、という価値観から少しくらい高くてもそれなりに仕事に慣れている銅級に、という需要はあり、そういう依頼を達成するとしっかりと銅級として依頼を達成した、と認められるわけだな。
そういうのが積み重なっても銀級の受験資格を得られていなかったので、試験を受ける日はまだまだ遠いだろうと思っていたのだが……。
そんなことを思っている俺に、職員は言う。
「はい。本日の依頼は元々需要の割に、難易度のゆえに受注者が不足していた依頼でしたので、達成した場合の功績点が高く設定されておりました。本来は銀級以上の受注を想定していたものでもあるので、銅級のレントさんの場合、かなり高い功績点が加えられ……結果として、本日、銀級昇格試験の受験資格取得ということになりました」
「俺が……銀級に」
いきなり伝えられたので、少し茫然としてしまった。
いや、いずれはそうなるだろうとは思っていたのだ。
昔と違って、頑張れば頑張った分、この体は力がついてくれる。
それに最近は強い奴とも結構戦って、実力もそれなりになってきたという気もしていた。
だから、特におかしなことではないし、むしろ予想されたことなのだ。
ただ、それでも……。
ほんの一年前に、俺はこの日が来ると本当に思っていただろうか。
いつか
そう固く信じてはいたが、現実が頭をよぎることが一度でもなかったというのか。
いや、そんなことはない。
いつも、弱い魔物と……
暗い未来が重くのしかかっていた。
明日は来るのか、このまま何者にもなれずに《水月の迷宮》の浅層で屍を晒すだけで終わるのではないか。
そんな想像が気を抜くとすぐに襲って来た。
それなのに……そんな俺が、銀級昇格試験の受験資格を得られた。
本当なのだろうか。
夢ではないのだろうか。
そう思ってしまったのだ。
しかし、そんな俺にこれが決して夢ではないのだと理解させてくれたのは、その場にいたオーグリーと職員である。
「……レント。やったじゃないか。これでまた並ばれてしまうね。先に金級になっていたかったんだが」
「……念のために申し上げておきますが、銀級昇格試験はかなり厳しい試験になっています。銅級昇格試験を受験されたときのことを思い出していただければお分かりかと思うのですが……」
オーグリーは手放しで喜んでくれ、職員は現実的なアドバイスをくれた。
前者は分かりやすく嬉しく、そして後者はまさに俺の舞い上がりを現実に引き戻した。
そうだった。
そんな簡単なものじゃないんだよな、と。
それなりに強くはなったと思うが、なめてかかると足を掬われる。
そういうものなんだ、と。
ただ、今は……。
少しずつだが、着実に階段を昇れていること。
そのことに、じんわりとした喜びが胸に浮かぶのを止める気にならない俺だった。
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