「……それじゃあ、世話になったね」
オーグリーが馬車の前でそう言った。
誰に向かって、と言えば、フェリシーに対してだ。
その後ろには宿の亭主や、《セイレーン》に操られていた人々もいる。
その他の村人たちもいて、その視線は温かいものだ。
俺たちが依頼のために必要なもの全ての採取を終え、王都に向かって出発するのを見送ってくれているのだ。
追い出されるかもしれない、と戦々恐々としていたのは要らぬ心配だったな。
まぁ、フェリシーとかその両親、それに宿の主人などが村人たちにはうまく言ってくれたのかもしれない。
今この場にいるのは、俺とロレーヌ、それにオーグリーと《ゴブリン》だ。
老人と《セイレーン》は馬車の中に隠れている。
特に《セイレーン》なんて顔を出したらまずいからな。
別に村人たちに洗脳事件の首謀者として顔を見せびらかしつつ紹介したわけではなく、彼女の顔を知っている者は俺たち以外にはいないのだが、狭い村だ。
知らない顔があるとなるとお前は誰だと言う話になる。
《セイレーン》が言うには旅芸人のふりをして、村人の家に泊めてもらっていたということだから、そういう意味では素性は知れているのだろうが、俺たちと一緒にいるとなぜ、という話にもなるしな。
当然だが、その泊めてもらっていた村人というも彼女の異能で誑かした上でのことだろうし、解けた時点で色々怖い。
馬車に押し込めておくのが正解だろう。
老人については……もうあまり心配はなさそうだ、とはいえ、一応縛ってあるからな。
老人虐待じゃない、と言い続けるのも面倒だし、ということである。
「いいえ。私たちも助けてもらいましたから。お互い様です」
「そうじゃないんだけど……って、それはもういいか。もしも、王都に来ることがあったら僕らを訪ねるといい。出来ることはするからさ」
「はい、そうします」
そんな会話を村人たちとして、俺たちは村を出発したのだった。
◇◆◇◆◇
ところで、どうして《ゴブリン》たち一行と一緒に王都に向かっているかというと、彼らのボスのところにいくにあたって、その居場所を尋ねたら、
「どこにでもいると言えるし、どこにもいないと言える」
と返って来たことが始まりだ。
俺たちとしてはとりあえず《ゴブリン》を使いに出し、それから指定されたところに向かって旅立つ、という感じかなと思っていたが、老人曰く、
「拠点はいくつもあるんじゃが、やはり各地への連絡というのがあるからのう。それゆえ《
そういうことのようだからだ。
そのため、俺たちはとりあえず王都に向かい、そこで《ゴブリン》に拠点に向かってもらい、連絡する。
その後に、面会できそうなら拠点まで行く、という段取りをとることになった。
「会ってもらえるかな?」
オーグリーが黙っているのも退屈のようで馬車の中、他の二人に言う。
《ゴブリン》は行きと同様に御者だ。
彼を自由にしておくのはどうなんだ、という気もするがその能力は強力なものではない。
詳しく尋ねると、ゴブリンやホブゴブリンを自由に操れる、意思疎通が出来る、という程度のものであり、本人の戦闘能力も一般的な銀級程度はあるが、特筆した強みがあるというわけでもないとのことだ。
それならば逃げたとしてもロレーヌがどこまででも追えるわけで、加えて今逃げても組織から追われる立場に置かれるだけである。
そういったことを考えると、彼についてはこのような扱いでも問題ないだろう、ということになった。
《セイレーン》も自由の身であり、彼女についてもその能力と実力を勘案の上、そういうことにしている。
やっぱりもっとも恐れるべきは老人であるようだった。
その老人が、オーグリーの言葉に穏やかに答える。
「《ゴブリン》の努力次第じゃろうな。まぁ、あの男はそこそこ口はうまい。その辺りは上手にやってくれるのではないかのう」
「確かにね。僕らも初めはそこそこ信じて彼の操る馬車に乗ることを決めたわけだし。他人の懐に入るのが上手だ」
「そうじゃ。おそらくは……奴の異能も関係しておるじゃろうな。ゴブリンを操れる、意思疎通が出来ると言うものじゃが、人にもある程度効いているのではないかと思っておる」
老人が気になることを言ったので、ロレーヌが身を乗り出して尋ねる。
「それはどういう意味かな? ご老人」
「ふむ……わしもそうじゃが、冗談ではなく、異能はその能力を持つ者に影響を与えておる。たとえば、わしは体を大きくできるわけじゃが、この身の小さいときにも、耐久力が上がったり、力が強かったりとな……。《セイレーン》も何かあるじゃろ?」
「え? そ、そうねぇ……昔から私はモテてたわ!」
その返答に老人は一瞬、馬鹿にしたような顔つきになるが、それでも一応頷いて言う。
「……なぜそうなるのかと言えば、こいつの能力は人の心を自分の都合のいいように操ることが出来るからじゃな。完璧に異能の支配下におくには細かい準備が必要じゃが、それをしなくても緩やかな影響力はもつ。《ゴブリン》の異能も同じじゃ。そして異能はさらに、射程は思いの他、曖昧だったりする」
「というと?」
「たとえば、《セイレーン》の異能は動物にも少しは効くのじゃ。そうじゃな?」
「そうね。犬とか猫にはすごい懐かれるわよ。サーカスに就職しようと思った時もあったくらい」
「そっちの方がお主は幸せだったかものう……まぁ、そういうのじゃ。わしで言えば、手に持ったものを僅かじゃが巨大化させることが出来る。宝石も出来んかと思ったことがあったが、これはダメじゃったが」
宝石を、のところで《セイレーン》が目を輝かせ始めたが、失敗したところで興味を失った。
「だから、《ゴブリン》の異能も人に効いているかもしれないというわけか」
ロレーヌが老人の言いたいだろうことを口にすると老人は頷いた。
「そういうことじゃな。まぁ、本人に聞いてみなければ……いや、聞いてもわからんかもしれんが、異能を持つ者の中には、異能にはそういうところがあるということを、感じたことがある者も少なくない。お主はどうじゃ?」
と、俺が話を振られるが、俺は別に異能者ではない。
……ないよな?
だからこう答えるしかない。
「いや、俺はないな……」
そんな俺に、《セイレーン》が、
「えっ、あ、あんたも異能者なの? へぇ、お仲間だったんだぁ……」
としみじみとしていた。
素は子供のような奴だな。
見た目は妖艶な女だが、思っているより若いのかもしれなかった。
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