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第14章 塔と学院
第460話 塔と学院、説得

「……《おさ》にだと? いや、それは……」


 なんとも気が進まなそうな《ゴブリン》であったが、老人はダメ押しとばかりに言う。


「お主の気持ちも分かる。そんな勝手なことをしていいのか、とか、組織への裏切りじゃないか、とか思っておるんじゃろう? じゃがな、結局このままではわしらは殺されるだけじゃぞ。わしは最悪、一人で逃げることも出来るかもしれんが、お主と《セイレーン》はそれでよいのか? 良いと言うのなら止めんが……」


 別に本気で言っているわけでもないだろう。

 《ゴブリン》が拒否して、《おさ》とやらに会えなかった場合、この老人を俺たちがどうするかと言えば、まぁ……言わずとも分かるだろう。

 後顧の憂いは断たなければならないからな。

 あえて放流という選択肢もないではないが。

 まぁ、そういうことになる可能性は無いに等しいので考えなくてもいいか。

 《ゴブリン》は老人の言葉に言う。


「いい訳ねぇだろう。俺だって死にたくはねぇ。組織には感謝しているが……命を捨ててまで、とは思ってねぇ。そもそも、そろそろ引退するつもりでもいたくらいだ」


「やはりそうか? わしもお主には今回限りで引退を薦めるつもりじゃった」


「爺さん……気づいていたのか」


「お主は優しい男じゃからな。わしと違って、こんな仕事は向いておらんと思っておった。それに、幸い、“役”としてやっておった商人の仕事も板についておるようじゃったしな」


「あぁ……このまま行商人を続けられりゃ、生きていけそうだったからな……今回のことでそれも夢のまた夢となりそうだが」


「そうとも言えん。むしろ、これを最後の仕事とするために努力するんじゃ。そう考えれば、気持ちも違って来よう」


「あんた、そうは言うが……はぁ。ま、仕方ない、か……。しかし、あんたらも本気なのか? 《おさ》に会うって」


 そこで《ゴブリン》は話の矛先を俺たちに向けて来た。

 一応、老人による《ゴブリン》の説得は出来たと思っていいだろう。

 《ゴブリン》の質問にはロレーヌが答える。


「本気も本気だ。私たちが貴方たちに狙われた事情はすべて聞いたが、正直言ってこれ以上はうんざりでな。そこの老人のようなのが貴方たちの組織から、これからもわんさかと送られてくると思うと……辟易する。どうにか一番上と話をつけて、心配事をなくしたい、というのが本音だ」


 この言葉には《ゴブリン》も納得のようで、だいぶ気の毒そうな顔で言った。


「……あぁ、この爺さんは組織でも相当な武闘派だからな……。俺もいくつか組織の連中に聞いたことがあるが、昔からとんでもない暴れようだったって話だ。それにしても……よく勝てたな? いや、爺さん自身が言うんだから、疑ってるわけじゃねぇが、こんなものに勝つなんてそれこそ人間じゃねぇぞ」


「色々幸運が重なっただけだ。もう一度やれと言われても勘弁だ。なぁ?」


 ロレーヌが俺とオーグリーにそう言う。

 俺とオーグリーは、


「当たり前だ」


「当然だよね……」


 とげんなりした声で答える。

 しかし、これに老人が鼻を鳴らして、


「わしだって勘弁じゃ。《ゴブリン》、こいつらこんなことを言っておるが、わし以上の化け物揃いじゃぞ。正直、敵対するべきではない相手じゃ。わしがこ奴らと《おさ》の話し合いを薦めるのは、組織のためにもこれ以上、こいつらとやり合うべきではないと思ったのもある。そのことを、お前から《おさ》に伝えてくれんか」


「……なんとなく想像はついてたが、俺が行くのか」


「そりゃそうじゃ。皆でぞろぞろと行っては問題じゃろう?」


「問題……そうか? それはそれで……」


「わしが言っている問題、というのはその場で全員一網打尽にされて殺されると言うことじゃ」


「あぁ、そっちか。確かにそれなら……だが、俺が行っても俺がいきなり殺されるってことも……」


「まだ失敗は伝わっておらんのじゃから、とりあえずその心配はいらんじゃろ。なんとかうまいこと誤魔化して《おさ》との面会を取り付けるんじゃ」


「その辺り、あんたは大雑把だよな……体に見合って」


「異能は性格にも影響するのかもしれんのう。とにかく、頼んだぞ」


「わかった、わかった。こうなったら乗り掛かった舟だ。どうにか頑張ってみよう」


 そこまで言ったところで、むー、むー!と、《セイレーン》が再度、騒ぎ出した。

 老人敗北の衝撃から今になってやっと復活したらしい。

 存在自体を忘れかけていたが、皆で振り返ってそっちを見る。

 それから俺が、


「……もう解くか? 話もまとまったし、いいだろう」

 

 そう言うと、老人は頷くも、


「そうじゃな……だが、絶対にうるさいぞ、こ奴は。いいのか?」


 そう忠告してきた。

 これにロレーヌが、


「……そうかな? 私は大丈夫だと思うぞ。さて、解こう」


 そう言って、解呪の呪文らしきものを唱えた。

 すると、《セイレーン》を拘束していた魔術の縄が解ける。

 噛まされている猿轡の方は普通のものだったので、手足が自由になった《セイレーン》は即座に自分でそれを外した。

 それから、


「……ちょっと!! 何を勝手に決めてんのよ! そんなこと私は認めないわよ!」


 と言いだす。


「……ほれみろ。五月蠅い……」


「あいつ、何聞いてたんだよ……」


 老人と《ゴブリン》が耳をふさぎつつそう言った。

 こいつらは本当に仲間なのだろうか、と思ってしまう反応だが、むしろ親しいからこそ、こういったリアクションなのかもしれない。

 《セイレーン》はベッドから降り、ずかずかと近づいて来て、


「……聞いてたけど、本当にそんなこと出来ると思ってるの!? 組織の恐ろしさを忘れたの!?」


 と老人と《ゴブリン》に言うが、二人は五月蠅そうな顔を崩さない。

 ただのヒステリーかと思ったが、話の内容は思ったよりもまともである。

 しかし空気は読めていないかもしれないな。

 もう話はまとまったんだから……とちょっと思わなくもない。

 《セイレーン》はさらに俺たちの方に振り向き、


「あんたたちもあんたたちよ! そんな交渉なんて出来るわけが……!!」


 と言い募ろうとしたが、そんな《セイレーン》の前にロレーヌがずい、と出ると《セイレーン》は少し後ずさる。

 奇妙な反応に俺たちは首を傾げたが、ロレーヌはさらに杖を《セイレーン》に向け、


「……もう一度ご所望(・・・)なら期待には応えるが?」


 とよく分からないことを言う。

 しかし、何の話を……と思いつつ、《セイレーン》の反応を見てみると、


「……ひっ! え、遠慮するわ! もう嫌よ! あんなの! 分かった、分かったからぁ!」


 と言い始め、最後にはえぐえぐと泣き始めた。

 あんまりにも気の毒だったので、オーグリーが近づき、ハンカチを渡す。

 それから、ロレーヌと《セイレーン》以外の部屋にいる者は、ロレーヌに視線をやりつつ、


 ――この人は、一体何をやったのだろうか。


 という疑問を頭に浮かべたのだが、怖すぎて本人に尋ねるのは憚られ、誰も口を開くことは出来なかった。

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