フェリシーと合流すると、彼女は先ほどから一体何がどうなってしまったのかと矢継ぎ早に俺たちに尋ねて来た。
それは当然だろう。
唐突に辺りが衝撃と爆発の嵐になったのだから。
森からは巨人が生えてくるわ、馬鹿げた勢いの雷が落ちるわ……。
もうこの世の終わりの光景だと言われても信じたくなるくらいのものだ。
しかし、それらについてフェリシーに細かく説明するわけにもいかず、かといって全くの説明なしという訳にもいかなかったので、とりあえず俺は言った。
「……敵が現れたんだけど、倒したんだよ。さっきの雷とかはロレーヌの魔術だから、安心していい」
「……そう、なんですか?」
俺が言ったのだが、フェリシーが尋ねた先はオーグリーだ。
フェリシーのオーグリーに対する信頼は絶大なものがある。
オーグリーは微笑み、フェリシーに言う。
「あぁ、そうだよ。で、このお爺ちゃんがその敵の……仲間でね。ちょっと色々話を聞かなきゃならないんだ。だからこれは老人虐待というわけではないよ」
一応、その辺りも説明しておかないと、俺たちがただ老人を雁字搦めに縛っている危ない人たちになってしまう。
この説明にはフェリシーも納得してくれた。
そもそも冒険者というのは余人には理解できない色々な事情を抱えているもので、これもまた、そのようなものの一環であると思ってくれたのだろう。
あまり踏み込んでもいいことはないから、村人なんかは大抵、冒険者に近付いちゃいけません、みたいな教育をするからな。
大人になってからはまた別だが、猛獣とかそういう扱いに近い。
だからこそフェリシーはオーグリーの説明に、
「……ちょっと気の毒な気がしますけど、それなら仕方がないですね」
そう言ってくれたのだった。
◇◆◇◆◇
宿に戻ると、亭主は意外なことに俺たちを歓迎してくれた。
てっきり、宿の前に荷物とか置かれて、今すぐ出ていけ、なんてことも起こりうるかな、と思っていただけによかった。
その場合はロレーヌの部屋に監禁している《セイレーン》も外に転がされることになったかも、と笑えるようで笑えないことを考えてしまうが、その辺りはロレーヌが宿の亭主に色々説明しているだろう。
その辺について抜かりのあるタイプではない。
実際には追い出されなかったわけだし、流石に戻る前にすべて荷物を出される、なんてことは可能性としてもかなり低いことではあるから大した心配はいらなかったけどな。
「……それで、《セイレーン》はどこにいるんじゃ?」
老人は宿に入るとそんなことを尋ねる。
もちろんどこかの部屋にいるというのは分かっているだろうが、具体的にどんな状態なのかは分かっていないのだろう。
捕まえて縛った、というくらいのことは言ったが、その程度だ。
「こっちだ……」
ロレーヌが先導し、そして部屋に辿り着く。
扉を開けると、そこにはベッドに雁字搦めにされて寝転がされている《セイレーン》がいた。
入って来た俺たちの姿を見るや、
「……むー!!」
と、猿轡をされた口から声にならない声を出し始める。
相当に今の状態が不服らしい。
……そりゃそうか。
俺だってあんなの嫌だ。
「……とりあえず、解くか?」
ロレーヌが老人にそう尋ねる。
色々と事情の説明が必要だろうし、だとすればこのままでは不便極まりないだろう、と思ってのことだった。
しかし、仲間思いのはずの老人は《セイレーン》を見てからため息を吐き、
「……そやつはしばらくそのままほっとけ。どうせ解いたところでキーキー言うだけじゃろうて。それよりも《ゴブリン》を呼んでくれ。奴との方が話が早いじゃろう」
と、冷たい台詞を言う。
話を聞いていた《セイレーン》の声はさらに激しくなったが、誰もがそれを無視する。
それから、
「じゃあ、僕が呼んでくるよ。話はこの部屋でするってことでいいよね?」
オーグリーが老人にそう尋ねると、
「そうじゃな。そこの娘にもことの顛末がどうなったかは聞かせないとならん」
と答えたので、オーグリーは《ゴブリン》を呼びに部屋を出ていった。
◇◆◇◆◇
「……おい、爺さん。これはどういうことだ」
やってきたヤツール改め《ゴブリン》は困惑と驚愕の両方をその顔に張り付けつつ、部屋にやってきた。
後ろからオーグリーが入って来て、扉を閉める。
ばたり、と閉まったことに《ゴブリン》はびくり、と反応する。
閉じ込められた、とか囲まれた、とか本能的に思ったからだろう。
しかし、頭は老人が言うように比較的冷静なようで、すぐに肩から緊張を抜く。
暴れ出す、という様子もなく、なるほど《セイレーン》よりはよっぽど話は通じそうだった。
「どうもこうもな……端的に言おう。わしは負けた。真っ向勝負で、完膚なきまでにな。じゃから、仕事は失敗じゃ」
その言葉に誰よりも愕然とした表情をしていたのは、意外にも《セイレーン》であった。
未だにむーむー五月蠅かったその口が完全に閉じられ、力が抜けたようにベッドに倒れ落ちたのだ。
色々と老人に突っ掛りつつも、なんだかんだ老人の力には絶大な信頼を置いていたのかもしれない。
また、《ゴブリン》も同様で、そんなことがあるはずがない、という顔だ。
しかし老人はそんな二人に言い聞かせるように穏やかな声で言う。
「とんだ化け物ばかりじゃったからなぁ……わしの人生でもこれほどの強敵はほとんどおらんかった。能力を十全に使い、油断せず本気で戦って……じゃが、負けた。これではのう、仕方がない。負けを認めるしかない。なによりもわしの心がそう思ってしまってのう」
しみじみと語る老人に、《ゴブリン》は慌てた様子で言う。
「信じられねぇ話だが、あんたがそういうならそうなんだろう……だが! それじゃあ、俺たちはどうなる……!? 仕事を失敗したとなると……。絶対に殺されるとは言わねぇが、今回のは依頼主が依頼主だ。流石に責任を取らされるぜ」
「そうじゃな。しかしそれは困るじゃろ? そう思ってたわしに、こ奴らがちょっと提案してくれてのう。《
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