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第14章 塔と学院
第455話 塔と学院、契約

 完全につぶれた状態から自分の体を形成していくのは何だか妙な感覚だった。

 一旦、体を“分化”して影の状態にしてから、自分のもとの形に戻していくのだ。

 すっかりと元通りになった俺を見て、ロレーヌとオーグリーはなんとも言えない表情をしていた。


「……なんというか、本格的に人間を辞めているな。分かってはいるが」


「かなりずるいと言うか、レントは絶対に相手にしたくないね。どうやって倒せばいいのか皆目見当がつかないよ。まだ巨人の方がダメージを蓄積させればなんとかなることが分かってる分、いいかもしれないくらいだ」


 そんな心外な台詞を言う。


「俺だって何回も大ダメージを食らったら死ぬぞ。たぶん……」


 まだ経験はないが、そうなってしまった可哀想な存在は見たことがある。

 ああはなりたくない。

 せめて死ぬときはベッドの上で……というのは冒険者である以上難しいかもしれないが、まともに死にたいもんだ。

 なんだか分からないままぼんやりと存在が消滅して終わり、なんていうのは死んだ気がしないだろう。

 一回すでに経験済みなんだから二回目はそれでもいいんじゃないか?と言われらそれもそうかもしれないなという気はしてしまうかもしれないが。

 ただ、正直あんまりその瞬間のことを覚えていないからな……。

 今度はちゃんと記憶に留めておきたい。

 留めた瞬間に終わるんだけどな。


 と、冗談はさておき。


「……しかし驚いたな。随分と……小さくなった」


 俺が視線を向けた方向には、老巨人……改め、老人がそこにはいた。

 巨人が倒れたことで作り出された大きな穴の中に、ぽつん、と一人やせ細った老人が布に包まれて倒れている様子はなんというか物悲しい光景である。

 この辺りじゃあまり聞かないが、貧しい村なんかだと、ある程度の年齢に至った老人を森の中に捨てたりすることもあるからな。

 地方に行ってそういうのを見つけてしまった時が辛い。

 もちろん放置はできないので連れていくが、元の村にも運べないからな。

 どうにか食い扶持を稼げるところを見つけてやった経験が何度かある。

 意外とあるものなのだ。探せば。


 まぁ、そこに倒れている老人についてはそんな心配はなさそうだけどな。

 その辺の酒場にでも投げ入れれば賭け腕相撲とかすれば簡単に稼げるだろう。

 どっかの騎士団とか軍に入れてもいいし、冒険者をやっても間違いなく活躍できる。

 なんで間者なんかやってるのか、という気がするが、給料とかの問題なのかな。

 分からん。


「やはり、あの巨大化は異能の力によるものだった、ということなのではないか。意識がなくなり、力の発動が解除された結果、ああなった、と」


 ロレーヌがそう述べる。

 まぁ、そう推測することしかできないだろう。

 

「そこはとりあえずいいんだけどさ……あれ、信じがたいことにまだ、生きてるよね?」


 オーグリーが肩を震わせつつ、呆れた声で言う。

 もちろん、その言葉の意味は、あれだけのダメージを食らった癖に未だに生きている耐久力の凄さに呆れている、ということだ。

 近づいて見るに、首筋には確かに傷が刻まれているが、思ったより大きくない。

 血が流れているのは確かだが、致命傷とまで言っていいかは微妙だ。

 倒せたのは、首筋を強く圧迫するような効果が聖魔気融合術の一撃にあったから、という程度のことだったのかもしれない。

 つまり、俺は相当やばかったわけだ。

 普通に負けていた可能性の方が高かったな……。


「……止めを刺すか? 気が付いてまだ巨大化されたらこと(・・)だ」


 俺がそう言うが、ロレーヌが、


「確かにそうだが……話が聞きたい。なんで私たちが狙われたのか、はっきりとさせておきたいからな……まぁ、おおむね予想はついているが」


 そう言った。

 俺たちが一体誰に狙われて彼らのような人物が派遣されたのか、それについては王女に会ってすぐ後にこんなことになっていることからも、大体予想はつく。

 王女と敵対する誰か。

 他の王子や王女、もしくはその後援者たちの誰かから派遣された、ということだろう。

 しかし、それが誰なのかは分からない。

 その辺りをはっきりさせたいというのはその通りだ。

 今後を考えると、そこが分かっているのと分かっていないのでは出来ることが違ってくる。

 この辺りの情報は王女も欲しがるだろうし、知っておけば譲歩させたり出来るかもしれない。

 

「じゃあ……どうする? 動けない程度に切り刻んでおくとか?」


 自分で言いながら相当ひどいことを言っていると思うが、そうしなければ中々に生きたままにしておくのが難しい強力な老人である。

 仕方ないと言えば仕方ない。

 これにオーグリーが、あっ、と思い出したような顔で、


「これはどう? またなんかのときに使うかなと思って仕入れておいたんだけど。普通なら無理だと思うんだけど、ロレーヌがいるなら本人の同意がなくても無理やりなんとかできたりしない?」


 オーグリーがそう言って袋から取り出したのは、見覚えのある書面だ。

 それはつまり、


「……魔術契約書か。まぁ、悪くないかもしれんな。本人の同意は……まぁ、このランクの契約書ならなんとか誤魔化せんこともないだろう」


 簡単に言っているがこれはロレーヌだから出来ることだ。

 一般的な魔術師には出来ないし、やろうとしても相当な手間がかかるはずである。

 加えて魔術契約書にも良し悪しがあるが、それなりのものだからこそだ。

 強い契約を結べるものほど手出しするのは難しくなっていく。

 ともあれ、出来るなら出来るで都合はいい。

 

「許可なく異能を使えないように禁止しておく、か? だが素の身体能力もアホみたいに強い爺さんだったからな……暴れ出したらどうする?」


「死ぬことにしておこう。……いや、冗談だ。それでも悪くないかもしれんが、実際それでは困るからな……そもそも流石にこの程度の魔術契約書では難しいだろう。ホゼー神殿の強力なものなら話は別だが……これで出来るのは異能の使用を禁じる程度が限界だな。しかも本人の同意なくとなると破られる可能性も高い。まぁ、魔術の方は大したこともないようだし、魔力の放出が出来ないように縛っておこう」


 残念そうにそんなことを言いながらさらさらとロレーヌが契約条項を起案していき、そして老人に何やら怪しげな魔術をかける……。

 なんて、そんなに怪しいわけでもないが。

 ロレーヌが言った通り、魔術が一時的に使えないようにするための結界のようなものだな。

 魔道具でもあるが、それを魔術で行ったわけだ。

 これは、魔術契約書の契約を破壊するためには魔術を使ってする必要があるからだ。

 最後に署名だが、これについては気絶しているから出来ない、と思いがちだが必ずしもそうではない。

 というか、魔術契約書の署名というのは、別に拇印でも構わないからだ。

 ただ、その場合は指を切って自らの血で押さなければならないのであまりやる者はいないが……この場合はな。

 そもそも、ロレーヌが色々誤魔化して、最後の仕上げだけ爺さんに拇印を押させるだけだ。

 勝手に老人の指に小さな傷を入れる……やっぱり固いな。石か。

 それでぎゅむり、と魔術契約書に拇印を入れた。

 契約相手は俺にしておく。

 この場合の契約相手、というのは後で解除するときに合意が必要な相手のことだな。

 別に何か俺が義務を負うというわけではないのが、いわゆる一般的な物の売買とかの通常の契約と異なるところだ。

 だから魔術契約、という特殊な言い方をする……まぁ、それはいいか。

 俺も俺で署名を入れ、ロレーヌがぶつぶつと契約書に向かって何か魔術を構成すると、契約書は光り輝いて、契約が成立したことが分かった。


 これで、目覚めた直後に巨大化しないことを祈るばかりだが……そうなっても何も起こらずに終わるだけだからいいだろう。

 まぁ、とりあえず巨大化についてはそれでいいとして、契約については本人が落ち着いたら説明するので問題ないだろう。

 その後、ちゃんと喋ってくれるかだが、嘘をつくなとかそういう細かい条項もさっきの契約書には入っている。

 ロレーヌは抜かりないな。

 あとは目覚めるのを待つだけだ。

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