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第14章 塔と学院
第454話 塔と学院、すり潰し

「……こっちだよ!」


 老巨人の前にあえて身を晒し、大きな声で叫んだオーグリー。

 自ら務めると宣言した囮の役を全うするつもりなのだろう。

 果たしてこれに、老巨人が乗るかどうか。

 それは一つの問題だった。

 しかし、老巨人も俺の姿が見えないとなれば、とにかく見える的に飛びつかざるを得ない。

 俺はオーグリーに注目してもらうために“分化”をし、森の暗がりの中に身を隠した。

 この状態の俺を見たとして、俺がどういう存在か知っている者以外には、ただの影か暗がりにしか見えないだろう。

 そして、老巨人も俺が奇妙なものだとは理解しつつあるが、こんな風に完全に闇と同化できる方法を持っている、とまでは見通せていないはずだ。

 実際、老巨人は俺の方にも一瞬、視線を向けたにも関わらず、何も発見できなかったようで、その瞳を再度、オーグリーの方に戻し、動き出した。

 何か罠があるのかもしれない。

 そう思いつつも、他に行動しようがない。

 そういうことだ。


 オーグリーがどの程度やれるのか、心配になったが、思いのほかオーグリーは善戦してくれている。

 やはり、力で戦う、というタイプではなくスピード重視の戦士であることが功を奏しているのだろう。

 老巨人の動きがかなり鈍っていることも影響しているのだろうが、十分にその攻撃を回避できている。

 もちろん、一度でもミスをして避けきれなければ大きなダメージは避けられないし、場合によってはそれで死んでしまうということを考えればこれでもかなり危険なのは間違いないのだが……。

 可能な限り、早く倒さなければならない。

 問題は、どこを攻撃すべきかだが……やはり頭部、もしくはその周辺ということになるだろう。

 手足では動けてしまうことはもう証明済みだからな。

 しかしそうなると、その辺りまでたどり着かなければならない。

 背中の翼で飛んでいけば……いや、これはかなり不安定だからな。

 一撃しかチャンスがないのにこれに賭けるのは流石に分が悪すぎる。

 他の方法を考えるべきだろう。

 ただ、そうなると……。


「……ッ!」


 そのとき、オーグリーが地面に張っていた木々の根に、一瞬足を取られたのが見えた。

 そこに老巨人の拳が迫る。

 俺はダッシュでそちらに向かい、そしてオーグリーをひっつかみ……そして横に逃げようと思ったが、木々のせいで出来ないことに気づく。

 こうなったら、と俺はその場で思い切り飛び上がった。

 すると、俺の下ギリギリと老巨人の腕が通り過ぎていき、そして俺は老巨人の腕に着地することに成功する。

 

「……大雷ガドール・バラック!!」


 老巨人の注意が俺に向かいそうになった瞬間、そんな詠唱が聞こえ、そして老巨人に向かってどこかから太い雷撃が放たれた。

 ロレーヌの魔術だ。

 あれだけの大魔術を連発して、まだこれだけの魔術を放てるだけの余裕があるらしい。

 バリバリとした音が響き、ついでに俺にも通電する……が、効かないな。動ける。

 これはこの魔物の体のお陰、というわけではなく、身に付けているローブの効果だ。

 少しは痺れはするが……しかし、いくらでも受けられると言う訳でもあるまい。

 俺は老巨人が怯んでいる隙に、腕から飛び降り、そのまま森の中に再度、身を隠す。

 オーグリーを下すが、


「……あばば……」


 と、声にならない声を出していたので、少し聖気をかけると復活する。


「……いやはや、痺れたね。ごめん、仕事をやりきれなかった」


 そう言ったが、別にそんなことはない。

 それに、ちょうど今のでいいことを思いつく。

 割と単純だが……うまくやればなんとかなる、ということを。

 それを俺はオーグリーに言う。

 話を聞いたオーグリーは頷いて、


「行けなくはない……のかな? さっきも似たようなことをやったわけだし……それでも、君だからこそできる無茶だろうね」


 そう言って、賛同してくれた。

 それから改めて俺たちは老巨人に相対する。

 オーグリーが再度、老巨人の前に身を晒し、その攻撃を避け続ける。

 そして、俺はタイミングを取るべく、それをよくよく観察し……。


 今だ!


 そう思った瞬間に、可能な限りの速さで走り出した。

 オーグリーに迫る拳。

 老巨人は若干前かがみになっており、その足から頭まで続く背中は、ちょっとした坂くらいの傾斜だ。

 そう、坂なのだ。

 俺はそこに飛び乗る。

 それを確認したオーグリーは拳をギリギリのところで避け、下がった。

 

「……ヌウッ!?」


 という老巨人の唸り声染みた声が聞こえ、さらに即座に立ち上がろうとするも、そんなことをされる前に、俺は目的の地点まで登り上がっていた。

 

 ――首筋……ッ!


 どんな生き物でもそこは重要な部分で、かつ意識の向きにくいもっとも無防備なところだ。

 極端に固かったり、なんかとげとげしてたりするような生き物もいるが、老巨人はその身体構造はただ巨大で体全体が丈夫、というだけで基本的に人間と同じである。

 つまり、重要器官があるところも人と変わらないはずだ。

 だから、狙い所としては正しい……はずだと思う。

 まぁ、間違ってたとしてももうやり直しは利かない。

 ダメだったときは三十六計逃げるに如かずの準備だ。

 今は力の限り、そこを切り付けるとき……俺は剣にありったけの魔力、聖気、気を込め、そして思い切り振るった。


 流石の老巨人も、ここまで満身創痍ではすぐにそこを守る、というわけにもいかなかったらしい。

 俺の剣は確かにその首筋に命中し、そして老巨人の肉がひしゃげるように動き出す。

 俺自身は自由落下中だが、確かにその様子が見えた。

 そして、パンッ!という何かが破裂するような音と共に、老巨人の首筋から血しぶきが飛んでいるのも見えた。


「……よし!」


 落ちつつガッツポーズをし……そして、


「……えっ、あっ、やばっ……!」


 そう思った時には遅かった。

 老巨人の巨体がぐらりと傾き、そして俺の方向へと倒れ込んできたからだ。

 これは潰れるぞ……もちろん、俺の体が。

 そうは思ったものの、ここから誰かが助けてくれるのを期待するのは厳しいだろう。

 それにまぁ……死にはしないはずだ。

 翼に気を込められたらどうにかなったのかもしれないが、今ありったけの力を使い果たしたからな。

 あと十秒待ってくれればなんとか気を込められるくらいには回復すると思うが、その十秒で俺は潰れるだろう。

 

 ――頼むから、最後の一回じゃないことを祈る。


 もちろん、分化からの復活についてだ。

 たぶん大丈夫だと思うが……絶対じゃない。


 そして、


 ――ズガァァン!!


 という巨大な音を耳で聞きつつ、俺の体は完全につぶれた。

 全く何の疑いもなく、直前で避けられた、なんてこともなく。

 本当につぶれた。

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新作 「 《背教者》と認定され、実家を追放された貴族の少年は辺境の地で、スキル《聖王》の使い方に気づき、成り上がる。 」 を投稿しました。 ブクマ・評価・感想などお待ちしておりますので、どうぞよろしくお願いします!
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