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第14章 塔と学院
第453話 塔と学院、切り札

 辺りに肉が焼けるような臭いと、雷が落ちた後特有の、刺激的な匂いが立ち込める。

 加えて、土埃のそれと混じって、かなり不快だ。


 それにしても……。

 あれでなんとかなっただろうか。

 とてもではないがあんなものに耐えられる存在がいるとも思えない。

 

「……えげつないね」


 ギリギリのところで効果範囲から抜けた俺たち。

 オーグリーが間近で見た感想を述べた。

 あれに命中していれば、流石のこの不死ボディも消滅を免れなかった気がする。

 痛みは感じないが、本能的な恐怖は感じるらしい。

 あれはやばい、と、当たったら死ぬ、とどこかが告げているのだ。

 不死者とは言え、一応生きているのか……?

 生きているって何だろう、なんていう哲学的な問いが頭の中をぐるぐると行き交いかけるが、今考えることではないなと切り替える。


「熟練した魔術師は一軍に匹敵するっていうもんな。これを見ればまぁ、そうだろうって気になる」


「一軍……一軍で済むような感じじゃないけどね。どの魔術も見たことないのばっかりだったよ」


「ロレーヌは古い魔術も相当知ってるからな。たぶん全部、そういうものだろう。ただ、使う魔力が半端じゃないからあんまり使わないって言ってたが……これだけの結果を生み出すなら、そうじゃなくてもおいそれとは使えなかっただろうな……」


 老巨人が破壊し、引っこ抜き、叩き潰した森も相当な災害が通ったような跡になっているが、ロレーヌのそれも中々だ。

 老巨人を化け物扱いしてきた俺だが、うちのパーティーにも化け物先生が一人いらっしゃったらしい。

 ……一人じゃないか。

 俺も化け物っちゃ化け物だしな。

 一人だけ常識人のオーグリー……。

 なんだか申し訳なくなってくるが、まぁ、本人が依頼を受けよう、と言ったからこんなとこでこんなことになっているわけで。

 まぁ良しとさせてもらおう。


「……でも、どうかな。流石にこれならと思うんだけど……」


 オーグリーが真剣な顔で見つめているのは、老巨人のいる方向だ。

 雷と周囲の木々が生み出した煙のせいで、まだ見えていないので状況が確認できていない。

 いくらなんでもやったんじゃないか、と思うが……。


 そして、晴れた煙の中から徐々に見えてきたのは、巨大な、焦げた何かだった。

 流石に巨大すぎたのか、完璧に黒焦げ、とまではいかなかったようだが、かなりの部分が焼かれて黒や茶色に染まっており、しっかりと雷が命中していたことが分かる。

 刺さっていた鉄の槍はロレーヌが注いだ魔力が尽きたのか、もうそこには存在しない。

 ただ、しっかりと突き刺さっていたことを示すように、老巨人の体にはいくつも刺し傷が見え、そしてその中もぶすぶすと煙を上げていた。

 体内にまでしっかり雷が通電した……と思っていいだろう。

 あれだけ巨大で、常軌を逸する存在だとは言えども、生き物であることは変わりない。

 体全体に強力な雷を流されれば……ということだろう。


「……これは、やったんじゃない?」


 オーグリーがそれを見て呟き、少しずつ老巨人に近づく。

 俺も又、同様に動く。

 それでもまだ、剣はしっかり持ったまま、近づく速度も遅めなのはまだ起き上がる可能性がないとは言えないからだ。

 直前まで近づき、そして剣のさきでつんつんつついてみる。

 

 ……動かない。

 それを確認して、オーグリーが振り返り、


「……やったみたいだね。なんとかなったか……」


 そうほっと息を吐いた瞬間、


「オーグリー!!」


 ぐおっ、とした風と共に、老巨人の腕が大きく動いた。

 俺はオーグリーを引っ張り、大きく老巨人から距離を取る。


「……ウグォォォォォ!!」


 老巨人は、そんな人とも獣ともつかぬ叫び声を上げ、黒焦げの体のまま起き上がる。

 まず上半身がむくりと起き上がり、そして地面に思い切り手をついて、ぐぐっ、と立とうとした。


「……あれでまだ……!!」


 オーグリーが抱えられたまま老巨人の姿を見、驚きの声と共にそう言う。

 実際、驚異的である。

 あそこまでの攻撃を受けてまだ立ち上がることが出来るなど、スタミナがどうとか耐久力が凄いとか言うだけでは足りない。

 それこそ、常識を逸脱した化け物としか表現できない。


「……だが、流石にノーダメージってわけでもなさそうだな」


 オーグリーを下ろしつつ、老巨人を改めて冷静に観察してみると、やはり動きが精彩を欠いているのが見て取れた。

 立ち上がろうと体に力を入れるも、バキバキと言う音が老巨人の体の節々から聞こえてくる。

 ロレーヌの雷撃は確かに、大きなダメージを与えている。

 だが、それでも老巨人はついに立ち上がった。

 そして、焦げた顔に浮かぶ、血走った眼で俺たちを発見すると、何も言わずに唸り声だけを上げて向かってくる。

 もう余裕がないのは間違いない。


「オーグリー! まだいけるか!?」


「余裕だよ! ただ……どうやって倒すかが問題だけどね」


「……俺がやる。切り札があるからな。ただ、問題があって、剣が耐えられるかどうか微妙だから、一発外したら終わりだ」


 老巨人の攻撃が始まるが、それを避けつつお互いに言う。

 俺が言う切り札とは、つまりは、あれである。

 一応、今の俺の剣は聖気にも魔力にも気にも耐えられるようには作ってもらっているが、全部注げばたぶんダメだろう。

 聖魔気融合術という術自体、命中したものをひどくひしゃげさせる効果を持つ。

 剣自体にも同じような効果が及んでしまっているのではないか、と思う。

 だから、可能な限り使いたくはないのだが、しかし、今使わずにいつ使うというのか。

 もしかしたら効かないかもしれないし、致命傷にはならないかもしれないが、何もせずに負けました、よりはずっといいだろう。

 負けるとしてもすべて出し切ってからだ。

 別に負けるつもりもない。

 ただ、もしそうなったら、逃げる準備くらいはしておこうかな、とは思う。

 先ほどまでの状況だったらどうやっても逃走出来そうもなかったが、今ならいけるだろう。

 老巨人もあそこまでダメージを負って、逃げる俺たちを必死においかける、とまでは思えない。

 必死に追いかけられても、逃げ切る自信もある。

 問題はフェリシーや村だが、まぁ、どっかに避難してもらうしかないな。

 それか、《ゴブリン》や《セイレーン》を人質にとりつつ、譲歩を迫るとか……まるきり悪人の思考だが、手段は選べない。

 まぁ、そんなことを考えるより、今すべきことに集中しようか。


 オーグリーは俺の言葉を聞き、


「……最後の賭けってわけか。そういうの、嫌いじゃないよ。じゃあ今度は、僕が囮になろう」


「いいのか?」


「まぁ、流石に死にそうになったら逃げるからそこは許してね。ただ、ちょっとくらいは活躍したいじゃないか」


「……じゃあ、頼む。ただ無理はするなよ。俺なら潰されても平気なんだからな」


 実際には、そんなに余裕はない。

 何度潰されれば消滅するかわかったものではないからだ。

 マルトでのなりたて吸血鬼のことを思い出せば、予兆くらいはあると期待したいが……。

 まぁ、危険なのはお互いさまということで、頑張ろうか。


 俺とオーグリーは覚悟を決める。

 別に今まで決めていなかったわけではないけれど。

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