「……ぐべっ!」
変な着地……というか地面と衝突したせいでおかしな声が出る。
すぐに立ち上がり、とりあえずまだ老人に破壊されていない、森の木々の間へと逃げ込む。
村の近くであり、ある程度人の手も入っているからか木々の隙間はそこまで密というわけでもなく、下から見ればそこまで居場所が分からない、という感じでもない。
だが、老巨人にとっては、話は別だろう。
森の木々よりも老巨人の方が背が高いのだ。
彼から見えるのは、ほとんどが森の木々の緑だけで、その下にいる俺たちの居場所を掴むのには難儀する。
パワーとスピードを兼ね備えたほとんど無敵ではないかと思ってしまうような存在になった老人であるが、意外なところにデメリットがあったものだな。
ただ、それくらいのことは老巨人の方も理解しているだろうし、それなりの対策はあるだろう。
そういうところをないがしろにするようなタイプでもなさそうだし。
『……小賢しいことじゃが、見えるぞ!』
そう言いながら、俺が逃げている方向に拳を次々に放って来る。
が、口で言っているほどはっきり見えているわけではないようで、先ほどよりは精度は下がっている。
それでもそもそも攻撃範囲が広いので結構ぎりぎりだったりするのだが……。
これからどうしたものかな、と思いつつ逃げ回っていると、横にふとオーグリーの姿が見えた。
「レント!」
並んで走りながら、オーグリーが叫ぶ。
その声よりも遥かに老巨人の拳による木々の破壊音の方が巨大だが、聞き取れないこともない。
「オーグリー……! どうしたんだ!」
「ロレーヌが、でかいのを一発お見舞いするしかあれに勝つ方法はないだろうって!」
つまり、どうやってあの老巨人を倒すか、その戦法を言いに来たようだ。
確かに、それが一番だろう。
俺がちまちま削っていってもいいが、結局あの巨体の前にはわずかな傷である。
致命傷に持っていくには中々厳しいものがあった。
魔力と気にも限りがある。
これでかなりの力を剣に込めているからな。
そうでなければ傷つかない耐久性を持っているのだ、あの老巨人は。
困ったものである。
「だが……どうする!? ロレーヌをあいつの正面に連れていくわけにもいかないだろう!」
「それは、僕たちがどうにかして魔術を当てやすい位置におびき寄せるしかないさ!
ロレーヌが罠を張った場所まで追い立てて、魔術の檻で捕まえた。
そのときと同じように、ロレーヌ自身が罠となり、そこまで老巨人を追い立てて……は無理だろうから、反対に俺たちを追いかけさせる感じだろう。
それなら何とかなる、というか今まさにやっている。
「場所は!」
「あっちだよ!」
そう言って、オーグリーは先導して走り始める。
流石に銀級だけあって、その足は速い。
魔術ではなく、気による身体強化だな。
魔力が有り余っているのならともかく、そうでないならばどちらかというと気の方が持久力を維持しやすい。
冒険者でも戦士系は気を好む。
魔法剣士とかになってくるとまた事情も違ってくるが……。
それはいいか。
とにかく俺たちは走る。
老巨人を罠に嵌めるために。
◇◆◇◆◇
「……来たかっ!」
ロレーヌの目に、まるで竜巻のように森の木々を引っこ抜き、また破壊しながら進んでくる巨人の姿が映る。
近くから見た時も見上げるばかりの大きさに本能的な恐怖を感じたが、離れてみてもまた別の恐ろしさを感じる。
あんなものが古い時代には数多く存在し、人族の存在を脅かしていたこともあったのだと思うと、どうして今のように自分たちが繁栄できているのか不思議な気持ちになってくる。
とはいえ、過去に思いを馳せるのは後でもいい。
今、自分がしなければならないことは一つだった。
あれを倒すに足るだけの一撃を構築すること。
狙い所をはっきりとさせるため、ロレーヌが横合いから思い切り魔術を叩き込める位置までおびき寄せるようにレントに伝えてくれ、とオーグリーに頼んだ。
その役割をしっかり果たしてくれたようで、老巨人は予定通りの進路をとっている。
あとは、魔力を練り上げ、魔術を構築し、打ち込むだけ……。
だけ、と言ってもそれが難しいのだが。
ロレーヌの魔力とて、無尽蔵というわけでもない。
先ほどの氷流星は少しばかり無駄に魔力を使いすぎた。
本来あそこまで巨大な氷塊を形成するような魔術ではなく、無理に組み上げたことでそうなってしまったわけだ。
それでもまだ、ある程度の余裕はあるが……これからやることを考えるといささか心もとない気もする。
が、やるしかない……。
土煙の匂いが近づいてくる。
レントとオーグリーもあの巨体の下を死ぬ気で走っているのだろう。
自分が失敗すれば、すべて終わりだ。
そんなことにはならない……。
ロレーヌはそう考え、自らの体に宿る魔力を練り上げ始める。
老巨人にいかなる能力があるのか分からないため、可能な限りその気配が漏れないように、慎重にだ。
通常より時間がかかるが、それでも大まかな距離と速度は分かっている。
落ち着いてやれば問題はない……。
そして。
そのときは来た。
「……ロレーヌ!」
レントの声が聞こえた。
それほど大きなものではなかっただろう。
実際、周囲の破壊音にかき消される程度の、小さなものだった。
けれど、ロレーヌには聞こえた。
聞こえないはずがないのだ。
ロレーヌはその瞬間、カッ!と目を見開き、そして、老巨人が予定していた場所に足を踏み入れた瞬間を捉えて、唱えた。
「……
それと同時に、強大な魔力が老巨人の足元に集約し、そして、
――ゴゴォン!!
と音と共にその周囲の地面を大きく陥没させた。
老巨人の体全体が収まるほど広範囲に及んでいることからどれほど規模が大きいかわかる。
何もないところに唐突に起こった大地の陥没に、老巨人は足を取られて転ぶ。
もちろん、それくらいのことはすぐに立て直してくるだろうが、これで終わりなどではない。
さらにロレーヌは、
「まだだ! ……
次に空中に大量の、しかもかなり巨大な金属製の槍がいくつも出現する。
一つ一つに強力な魔力が込められ、その威力が強化されていることが分かる。
そしてそれらは出現すると同時に即座に倒れた老巨人に殺到した。
老巨人の肌の耐久力は、レントが気をしっかりと込めた剣の一撃すら弾くほどのもの。
しかし、ロレーヌがその大量の魔力を惜しみなく注いだ槍の破壊力は、並大抵のものではない。
それでも老巨人の肌の前に、何とか体に刺さったか、という程度でしかないのだが、それは老巨人の丈夫さを褒めるべきところだろう。
「……これで、最後だ。
一瞬で天に渦巻くように黒雲が立ち込め、そしてそこから極太の雷が老巨人に向かって落ちる。
――ビシャァン!!!
という、耳をつんざくような音と共に、辺りを雷光が真っ白に照らした。
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