「……うぉっ!」
ひゅん、と言う風切り音と共に、老人が距離を詰めて来た。
そしてその瞬間に巨大な質量が頭の上を通過していくのを感じた。
老人の能力、腕の巨大化だ。
横薙ぎだったことを直前に察し、俺はそれを避けることになんとか成功したわけだ。
避けた直後、距離を取るべきかとも思ったが、それをしてもこの老人は爺さんとは思えないほどに運動能力が高い。
下手に距離を取る前に、まずは一撃くらいお見舞いしてやらなければまたすぐに距離を詰められる。
そう思った。
だから俺は剣を思い切り振った。
命中する場所はどこでもいい。
腕はまだでかいままだったし、老人の体部分に命中すれば大きなダメージも狙えるはずだ。
そう思って。
しかし、その大雑把な行動はあまりいい選択ではなかったらしい。
剣は老人の体に確かに命中したのだが……。
――カァン!!
と、金属にぶつかったような音と共に弾かれたのだ。
「おい、嘘だろ!?」
「レント! 危ない!」
剣の反動に体勢が一瞬崩れたのを見計らって、老人の腕が再度迫った。
それをオーグリーが察し、今度は彼が、俺が先ほどやったように、老人の腕の進行方向から俺の体をずらしてくれる。
――ドガァン!!
と、地面に叩きつけられた老人の腕は轟音と、土埃を辺りに撒き散らした。
樹木も何本か叩き折ったようで、パラパラとチップ状に砕かれた樹木が散乱する。
馬鹿げた攻撃力である。
「まだまだ!」
老人は土埃と木材の粉砕されたもので空気が満ち、視界のはっきりしない中でも手当たり次第といった感じにその巨腕を振るった。
あれだけ大きな腕である。
それでも十分に当たると考えての事だろう。
下手に視界が落ち着くのを待つよりもその方がいいとも思ったのかもしれない。
実際、普通であればその選択は合理的だっただろうが、これについては俺の体質が役に立つ。
通常の人のような視界ではなく、生物の体温や気配をも見ることが可能な俺の目には、老人の腕ははっきりと見えていた。
つまり、あれは本当に老人の生きた腕ということで、分かっていても確認できてしまったことがなんだか怖い。
どうなってあんな奇妙な存在が生まれたのか……と考え込みそうになるが、俺もまぁ人のことは言えない。
あの老人にも老人なりの奇想天外ストーリーが存在するのだろう。
別の場所で会っていれば結構話は弾んだかもしれない。
自分の能力をちらっと見せてくれるくらいサービス精神もあるようだしな。
……なんて、落ち着こうと益体もないことを考えてみるが、まるで落ち着かない。
オーグリーにはこの光景が見えないだろうから俺が抱えてどうにか避けて回っているが……。
どうすりゃいいんだろうな。
いや、やりようはある気がするが……。
先ほどの一撃は老人の体のあまりの耐久力に弾かれてしまったが、まだ全力ってわけじゃない。
咄嗟に加えた攻撃だったから、力を乗せ切れなかっただけだ。
気も、魔力ももっと込めようがある。
なんなら魔気融合術や、聖魔気融合術もある。
後者は武器の都合で諸刃の剣だが、前者ならいけるだろう……たぶん。
それも弾かれたら終わりだけどな。
本当に人間か、あの爺さん。
「……レント! どうする!?」
とりあえず、人間辞めた爺さんにもスタミナ的なものは存在するらしい。
巨腕の攻撃が少し頻度が下がったところで、オーグリーを下すとそう尋ねて来た。
「そうだな……うぉっ!」
――フォン!!
と、樹木が槍のように飛んできて、地面に突き刺さった。
ぶん投げてるのか、あの爺さん……。
視界も見えてきているから、オーグリーにもなんとか避けられたが、このままじゃまずいのは間違いない。
続く攻撃を回避……。
「……見つけたぞ!」
巨腕の攻撃が気づけば目の前に迫っていた。
これは、避けられない……!!
剣を構え、なんとか直撃を避けようと思ったが……いや、無理だな、と途中で思い直し、俺は仕方なく“分化”をする。
体が輪郭を失い、闇へと姿を変えた。
「……むっ!」
そこにいたはずのものが急に姿を失い、攻撃に手ごたえがなかったことを老人も気づき、首を傾げた。
あれだけデカい腕なのに、感覚は繊細らしい。
俺が生身だったらかなりのダメージを負っただろう、ということも分かっていたようだしな。
「……どこに……いや!」
探そうとした老人だが、その前にオーグリーがいることに気づき、ターゲットをそちらに変えたようだ。
腕を縦に振り、オーグリーを叩き潰そうとする。
しかしこの動きにはオーグリーも十分な距離があったからか、何とか避けることに成功する。
そして、その老人がオーグリーを狙った動きは、俺にとってちょうどいい隙となった。
練習の甲斐あって、素早く“分化”から人としての輪郭を形成し、剣を握ってそこに魔力と気を込める。
そして、老人の下へと思い切って距離を詰め、その首筋を狙って剣を振るう。
敬老の精神は忘れていないが、これは老人であって老人でない。
許される行為だろう……と思ったのだが、やはりただものではない。
経験からか野生の勘なのか分からないが、俺が近づいてきたことに気づいたようで、後ろに向かってその腕を振るう。
もちろん、巨大化させて、だ。
急な挙動だったためか、速度はあまりのっていなかったが、それでも老人の首を守るのに十分なコースを取っていた。
つまり、俺の剣は老人の首ではなく、その腕に命中した。
すると、老人の巨腕、その命中した部分に強烈に力がかかったような、空気が圧縮するような気配が走り、そして。
――バゴォォン!!
という音と共に、爆散する。
「ぬがっ……!!」
これには流石の老人も怯んだようで、慌てた様子で腕を何度か振ると、俺たちから距離をとった。
なんとか一矢報いたか……?
下がった老人は腕を元の大きさに戻す。
すると、たった今俺が攻撃した部分が内側から発破をかけられたように破裂していた。
どくどくと血が流れていて、結構なダメージを負ったように見える。
「……少し、舐めすぎておったかの……」
言いながら、老人は自らの纏っていた服の一部を破りとり、腕を強く縛った。
また、何か呪文を唱えると、出血も止まる。
魔術師……というわけでもないようだが、まるで使えないと言うことでもないようだ。
簡単な止血の魔術だな。
あれだけの怪我に顔色一つ変えずそれをやりきるところが怖い。
逃げる様子もないことから、まだまだやる気なのだろう。
つまり、老人にとって勝算は十分にある、ということだ。
まだ、戦いは続く。
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