オーグリーの血の匂いのする方へ。
俺はひたすらに走り続け、そしてついにそこに辿り着く。
気が急いていたからか、かなり時間がかかってしまったように感じた。
走っている最中も轟音が響いていたので、戦いが続いているのだと言うことは分かっていたが、実際に辿り着いてみると……。
そこは酷い惨状だった。
周囲の木々が何かとてつもない力を加えられて叩き折られているのはもちろん、地面の所々が巨大な質量によって踏み固められたような穴が大量に空いているのだ。
一体なんだってこんな……。
――ズガァン!!
そのとき、再度、轟音が鳴り響く。
空気が揺れるほどの大音声であり、俺のところにまで大気が動いて風が吹いてきた。
その音の方向を見れば、そこには老人がオーグリーを追い詰めているのが見える。
オーグリーは木を背にするように叩きつけられているが、まだ戦意を失っていないようで剣を握る手にはまだ力が入っている。
どうやら、間に合ったらしい……。
しかし、安心している間もなく、老人の手が振り上げられる。
そして、ぐんっ、と空間が歪むような妙な感覚と共に、その手の先の質量が唐突に増えた。
つまりは、腕が、手が、巨大化したのだ。
あれで、俺は吹き飛ばされたのだとようやく理解する。
あの瞬間には分からなかったことだ。
どうりで、信じられないほど大きな衝撃を感じたわけだ。
老人が放てる一撃ではないとは思ったが……あれではな。
ともかく、あんなもので叩かれればいかにオーグリーが銀級冒険者と言えども、潰されてしまうのは言うまでもない。
俺は地面を思い切り踏み切り、オーグリーの下へ向かう。
◇◆◇◆◇
「ここまでかの? 若者よ」
「……はっ。まだまださ……おじいちゃん」
「ここまで追い詰められても、口だけは減らんのう……その意気やよし。それにここまで持ちこたえた敵は久しぶりじゃ」
「そりゃあ、光栄だね……だけど、ここで終わりじゃないんだ」
「そうかのう? まぁ、楽しみにしておるぞ……」
本気なのか冗談なのか、そう言って笑った老人はその腕を振り上げ、巨大化させた。
――これはまずいね。
そう思いつつも、どう対処すべきかオーグリーは悩む。
普通の方法ではどうにもならなそうだが、かといって……。
迫りくる老人の巨大な腕。
ここは、腹をくくるしかないのか。
そう思ったそのとき、オーグリーの体が何者かによって掴まれ、そして老人の巨腕の進行方向からずらされた。
一体誰が……。
そう思ってオーグリーが顔を上げると、そこにいたのは、
「……悪いな、遅くなって。ちょっと死んでたんだ」
いつもの彼らしい軽口に、オーグリーは苦笑しつつ、言い返した。
「危なかったよ。もう少し遅ければ仲間入りするところだったじゃないか」
◇◆◇◆◇
本当にギリギリのタイミングだった。
この老人の危険なところは、腕が巨大化したからと言って何一つ動きが緩慢になったりしないことだ。
まるで普通に自らの腕を振るように腕を振る。
しかも、その普通は一流の戦士の普通の速度である。
紛れもない化け物だ。
人のことは言えないが。
しかし、仲間入り、か。
オーグリーも面白いことを言う。
そうなったらそうなったで楽しそうではある。
リナと並んでレント軍団を結成だ。
ラウラ軍団とも頑張れば戦えるかもしれない……無理か。
せいぜい植民地になるのが関の山だ。
植民地に惜しげもなく富と名誉と実力を与えてくれるすごく都合のいい宗主国だけどな、ラウラ軍団。
「……ほう、なんと。さっき吹き飛ばした奴ではないか。確か……レントと言ったか? 生きておるとは」
老人がパキリパキリと腕を鳴らしつつ、こちらにゆっくりと近づいてくる。
いきなり距離を詰めてこないのは、俺に対して警戒度を高めたからかもしれない。
この言い方からして、一番最初の一撃で確かに殺した、そういう手ごたえがあったのだろうしな。
ただ、俺には《分化》という反則技があったので見かけ上は完全な無傷で済んでいるだけだ。
普通なら確かに死んでいた。
「残念ながら、こうしてピンピン生きている……かどうかは微妙だけどな。まぁ、なんとか戻っては来られた」
「……? 傷は浅くないと言うことかの。ま、それでも驚異的なものじゃ。わしの一発をくらってそこまで普通に話したものなどほとんどおらんぞ」
「確かにな。あんな攻撃は初めて食らった……冥途の土産に仕組みとか教えてくれたりしないか?」
言ってみたが、まさか本気という訳でもない。
オーグリーの体力が多少回復するまで時間を稼げないか、と思って言って見ただけだ。
しかし、意外にも老人は答えてくれる。
「ふむ。まぁ、よかろうて。ほれ、見よ……」
そう言って老人が腕を掲げると、ぐんっ、と空間が歪むような感覚と共に、老人の腕がそこらの樹木のように伸び、巨大化する。
そうなる、と分かっていても改めて見ると驚愕だな。
なんだあれ、どうなってるんだ……。
「単純な仕組みじゃろ?」
「……あぁ。よくそれであんた自身が潰されたりしないな」
「鍛えておるからのう。今度、腕相撲でもしてみるか? わしは負けたことがないぞ」
鍛えてどうにかなるようなものでもないが、あれだけの質量を支えるだけの肉体をこの老人は持っている、ということらしい。
気や魔力の運用によるものか、単純にこの《異能》に基づくものなのかは分からないが……驚異的だ。
人間の範疇を超えている、という意味で親近感を感じないでもない。
「お年寄りに負けた、なんて言えないからな。遠慮しておくよ」
「それがよかろうて……さて、そろそろそっちの若者の体力も戻ったかの? 仕切り直してもよいか?」
当たり前だが、老人もなぜ俺がこんな話をし始めたかは気づいていたらしい。
それでもあえて乗ったのは……まぁ、情けというわけでもないだろう。
とりあえず俺のことを観察しようと考えたのだと思う。
一度勝った相手に対しても油断はない、か。
これは一筋縄ではいかないな……。
「オーグリー。戦えるか?」
「あぁ……君がこっそり聖気をかけてくれていたからね。傷はなんとか……」
後ろに隠しつつ、聖気でオーグリーの体を治癒していた。
あまり大きな力ではないし、聖術を学んだお陰で気配を消しながらかけられた。
老人も気づいてはいないようだ。
ここから、二対一。
気を引き締めて挑めば、なんとか……なるかな?
ならなくてもするしかないな。
「では、行くぞ。若者たちよ。わしを楽しませてくれ」
老人はそう言い、そして戦いの開始の鐘だとでも言うように、轟音を鳴らしながら地を蹴った。
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