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第14章 塔と学院
第445話 塔と学院、衝撃

 一体何が起こったのか。

 ロレーヌにはそれを認識することは出来なかった。

 それも当然だ。

 彼女は基本的に魔術師であり、戦闘能力も高いが、剣士などとは戦い方がそもそも異なる。

 それでも一般人に比べれば高い身体能力を持つが、しかし、それでもたった今起こったことの全容は分からなかった。

 ただ、それでも彼女には一瞬で判断することが出来た。


 ――こいつはヤバい奴だ。


 と。

 こいつとはつまり、たった今、レントを吹き飛ばした……老人だ。

 レントが近づき、話しかけた瞬間に、何か巨大な質量を持ったものがレントの腹部に叩き込まれたのだ。

 それに直撃したレントは、何もする間もなく、そのまま思い切り吹き飛ばされた。

 森の方角へ、木を数本なぎ倒しながら、である。

 普通ならあれで終わりだ。

 通常の人間なら、生きていられるわけがない。

 ただ、冒険者であればあれくらいでもまだ、死にはしない。

 大怪我を負う程度で済む可能性はある。

 けれどそれでも、やはり、しばらくはこの場に戻ってくることはできないだろう。

 しかし、レントは違う。

 レントは普通の人間ではなく、その体は魔物のもの。

 身体能力は一般的な人間の比ではなく、その丈夫さと来たら勝負にもならない。

 加えてどんなに大きな怪我を負おうとも一瞬で治癒してしまう“分化”というずるもある。

 だからあのくらいで死ぬことはまずなく、すぐに戻ってくるだろうと確信できたことがロレーヌを冷静にした。

 フェリシーを小脇に抱え、一瞬で張ることが出来るもののうち、最も強力なシールドを自分とフェリシー、それにオーグリーにかける。

 まずは距離を取らねばならない。

 そう思っての行動だったが……。


「……遅いのう」


 気づいた時には眼前に、ローブをはためかせる老人の顔が迫っていた。

 一瞬で距離を詰めてきたのだ。

 老人は腕を振りかぶり、何かをしようする。

 レントを吹き飛ばした一撃、その仕組みが明らかになるのだ。

 ロレーヌは追い詰められた中でもそれをはっきり見ようとし、加えてこちらからも一撃加えようと杖を向け、唱えた。


大地の槍(アルド・ハルバ)!!」


 それは土系統の魔術の中でも質量の極めて大きな魔術だった。

 巨大な岩が、槍のように鋭くとがって飛んでいく。

 そんな至極単純な性質の魔術である。

 しかし、単純なだけに、その防ぎ方も難しい。

 水や炎であればたとえば反対属性の魔術をぶつける、などと言った方法もあるだろうが、大地の槍(アルド・ハルバ)については風の魔術をぶつけたからと言って消えるというものでもない。

 かといって他に何か方法があるのかというと……。

 つまり、この選択はこの窮地を避けるために正しいものだったと言える。

 そうはいっても、もちろん、容易に詠唱を短縮して放てるものではないのだが、ロレーヌはそれを可能にしている。

 加えて、三人分のシールドを維持しながらなのであるから、相当なものであると言えた。

 実際、その魔術は老人の正面に向かって物凄い速度で発射されたが、しかし、


「……むぐぅっ!」


 そんな声がすると同時に、思い切り弾かれ、巨大な岩石の槍は、吹き飛ばされて地面に落ちる。

 馬鹿な……どうやって。

 そう思うも、世の中には化け物というのはいくらでもいる。

 これくらいのことが出来る存在はそれなりにいるのだ。

 驚いてばかりもいられない。

 次の一撃を放つべく、魔力を瞬間的に集めるも、老人の脚の方が早い。

 せっかく少しは離した距離を詰められるが、今度はロレーヌと老人の間にオーグリーが立ちはだかった。


「やらせないよ!」


 そう言ってオーグリーは剣を振り上げる。

 老人はこれを見てにやりと笑い、


「わしはぬしが先でも構わんぞ……ッ!」


 そう言って、自らの腕を振り上げた。

 そしてそこで、ロレーヌは一体何がレントを吹き飛ばし、大地の槍(アルド・ハルバ)を弾いたのか、その正体を目にすることになった。

 老人の腕が振り上げられると同時に、その腕が老人についているとは思えないほどに瞬間的に巨大化したのだ。

 その腕は、オーグリーに向かって振り切られ、その体全体を捉えてやはり吹き飛ばす。

 あれほどの質量を叩きつけられれば、オーグリーとてそうならずにはいられない。

 当然の真理だ。

 一応、張っていたシールドがその役割を果たし、衝撃の大半を吸収して割れたようだが、全てという訳にも行かなかったらしい。

 

 急ごしらえでは、あれが限界だったか……。

 

 そう思うも、オーグリーの命は守られたはずだ。

 それでよしとすべきだろう。

 しかし、このままではまずいかもしれない。

 老人は一瞬、獲物をロレーヌかオーグリーのどちらにするか迷ったようだが、ふい、とロレーヌから視線を外し、森の方に走り出す。

 そちらはたった今、オーグリーが吹き飛ばされた方だ。

 

「……魔術師は、後回しでもよかろうて」


 ぼそり、とそんなことを呟き、走る。

 ロレーヌはそんな老人を追うか追わないか迷ったが、脇にはフェリシーがいる。

 連れていくのは危険であることは間違いなく、とりあえず彼女を下す。

 オーグリーの魔力はまだ追えている。

 それを見る限り、倒れて動けない、というわけではなく、森の中を動き回っていることが分かる。

 しばらくは大丈夫だろう。

 その間に……。


「フェリシー」


「はい……あの、一体あれは……」


「分からない。が、今はそれは後回しだ。君にこれを預ける。強力な《シールド》を張ることの出来る魔道具だ。魔力は込めてある。それと、こっちも持っておいてくれ。それさえあれば、私は君がどこにいても後を追える。だから、少しここに隠れて待っていてくれないか?」


 それはあまりとりたくない手段だったが、相手が相手だ。

 全員でかからなければ危険なのは間違いなく、そのためにはフェリシーが足手まといである。

 かといって何もしないわけにはいかず、苦肉の策だった。

 《ゴブリン》も《セイレーン》もこの辺りにはいない。

 少なくとも彼らがフェリシーを襲う、ということはないはずだ。

 他に仲間がいたら分からないが……そのときのための《シールド》である。

 加えて、これだけ目印があれば、ここを起点に魔術を放つことも出来る。

 それでも危険はゼロではないが、フェリシーは強く頷いて、


「分かりました。私のことはお気になさらずに、皆さんのところへ!」


 気丈にそう言った。

 ロレーヌはそれに、


「……すまん! 恩に着る!」


 そう言って、森の中へと走った。

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