「最後は
ロレーヌが引きつった顔でそう言う。
彼女の目の前……というか俺たちの目の前には、まさに
ほんの数匹、というわけではない。
数十匹はいて、でろでろと歩き回っている。
残念ながら、水分多めな方に当たってしまったらしいことは明らかだ。
ちなみに、ちょうど窪地のようになっているところの底に彼らはおり、そこを何を目的としてなのかは分からないが歩き回っている。
逃げ場もないのだし、これでただ倒すだけ、で構わないのならロレーヌに魔術を一発叩き込んでもらって終わりに出来る。
しかし、目的は素材の採取だ。
つまり、ロレーヌの援護は期待できない。
《気》メインで戦わないとならない、ということだな。
だから俺とオーグリーが頑張るしかない。
「泥だらけになるのを覚悟するならそんなに大変でもないからな……」
俺がそう言うと、オーグリーが首を振った。
「いや、油断すると窒息死するんだから大変じゃないってこともないよ……」
言いながら、ああ、そうだった、という顔をしているオーグリー。
彼が今考えているのは、レント、君、呼吸とかいらないんだろうね、そりゃ便利だ、ということだろう。
まさにその通りである。
この体はこういうとき非常に便利だ。
タラスクのときも得したしな。
オーグリーはそうもいかない。
俺だけで立ち向かってもまぁ、別に構わないのだが、ここでオーグリーが行かないというのも怪しい。
フェリシーがいるからそのあたり不自然に見えないように振る舞う必要がある。
「……服が汚れるのが嫌なら、俺に任せて、オーグリーは援護でもいいぞ」
なんとなく理由をつけて、俺の方が頑張っていても奇妙ではないようにしてみた。
するとオーグリーは頷いて、
「そうしてもらえると助かるよ……でも、任せっきりってのも悪いからね。とりあえず、今回はポリシーを曲げて着替えよう」
そう言って、上着を脱ぎ、魔法の袋に突っ込んで地味な服を取り出し、着た。
お前、俺の気遣いを……と思うが、フェリシーの信頼はオーグリーに寄っている。
彼がろくすっぽ戦わずに俺にほとんどすべてを任せていた、なんてことになると困る可能性がある、と考えたのかもしれない。
その辺りの機微については気の利いている男だからな。
仕方あるまい。
「じゃあ、行ってくる」
俺がそう言って先陣を切って窪地の縁を滑り降りると、それにオーグリーも続いて、
「せいぜい汚れないように努力したいところだね……この服はこの服で気に入ってるんだ」
そう呟いて、同じく降りてきた。
滑り降りる中で、窪地の底にいる
ドロドロとした体に、それこそ落ち込んだ窪のような瞳と口を持つ
あれで視覚なんて存在するのだろうかと思ったことは一度や二度ではないが、確かにその闇のような瞳は俺たちに向けられていた。
そしてずりずりと地面を擦るように進みながら俺たちの方へと近づいてくる。
俺たちが縁を一番下まで降りて着地すると、すでにそこは大量の
「近くで見ると余計にどろどろだね……」
オーグリーがげんなりとした様子でそう言う。
「だから俺に任せればいいって言っただろ」
「それをするとフェリシーの信頼を失うんじゃないかと……」
「あぁ、やっぱりそういうことか。まぁ、汚れそうなとき……はともかくだ。窒息させられそうな攻撃が来た時はうまく俺を盾にしろよ。呼吸しなくても平気だから」
ただ、どちらかと言えば
ノーマルスライムと比べての話だが、
加えて、スライムは
「……あれは、確実に僕たちを狙っているね?」
オーグリーが指摘したのは、
人の魔術で言うところの、
あれに限らず、
それを考えると、ここのような窪地は彼らにとって守りやすく攻めやすい場所なのかもしれない……だからたくさんいるのか。納得だ。
「当たり前だろう……とりあえずは、数を減らすか。倒し方は分かってるよな?」
「もちろん。核を潰せばいいのさ。スライムと同じだ。スライムと違って、ほぼ見えないから経験がものを言うけど」
「そういうことだな……じゃあ、行くぞ!」
「ああ!」
そう叫び、俺たちは地面を踏み切った。
大量の
もちろん、遅い、というわけでもないのだが、十分に対処が可能である。
油断すればまずいことには変わりがないが……。
そんなことを考えつつ戦っていると、
これが危険なのだ。
これに捕まると、窒息死して終わってしまう。
しかし、俺にとっては関係がない。
その中に飛び込み、はっきりとむき出しになった核を破壊すると、
楽でいいが、普通の冒険者には危なくて出来ない方法だろう。
失敗すると死ぬからな。
俺は死なない。
外側から剣を刺し込む方法だと核の場所が大体分かっていても何発か必要だったりして面倒なのだ。
この方法が、俺にとっての最善である。
ただオーグリーには同じことは出来ない、というかやらないため、
俺はそれを狙って横から入り込み、核を潰す。
……オーグリーを囮に使っているみたいな気分になってくるが、まぁいいだろう。
この方が効率がいいし。
実際、みるみるうちに
「……こいつで最後だな」
「そうだね」
頷きながら最後の一体はオーグリーが後ろから剣を刺し込んで終わりにしたのだった。
それから、崩れていく
二人そろって泥だらけで、酷い有様だった。
「……出来るだけ早く流したいな」
「お風呂……もいいけど、湖で水浴びした方がいいかもね。宿で落とすと迷惑だろうし……まぁ、その前に、泥を採取しないとならないけど」
窪地には泥の山がいくつも出来ている。
これを容器に掬って行く作業が残っているのだ。
これにはロレーヌとフェリシーも参加する。
ロレーヌが戦わないのにも関わらず顔をしかめていたのはそれが理由だった。
フェリシーは意外とそうでもないようで、ロレーヌにつかまりつつ窪地におりてきた彼女の表情は明るい。
「泥遊びって小さいころを思い出します!」
そう言って彼女はロレーヌから容器を受け取り、楽しげに泥を詰め始めた。
まぁ……そういう捉え方もあるか。
俺たち三人は、彼女の逞しさを見習い、遊びだと思って泥掬いに精を出し始めたのだった。
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