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第14章 塔と学院
第442話 塔と学院、捕獲

 俺とオーグリーが近づいてくるのを敏感に察知し、水猫(アクア・ハトゥール)はこちらを見た。

 この仕草を見ると実に猫っぽいのだが、問題はその後の行動である。

 魔力がしゅん、と集約する空気を感じ、そしてそれは水猫(アクア・ハトゥール)の前に細長い水を作り出す。

 もちろん、ただの水ではない。

 

「オーグリー!」


「もちろん、分かってるよ!」


 二人でそんなことを怒鳴り合い、その水の進行方向から横に飛んだ。

 すると、


 ――ガガガッ!

 

 という音と共に地面が削れていき、更に背後に存在する木々がその幹から縦に断ち切られ、バキバキという轟音を鳴らして倒れた。

 つまり、先ほどの細長い水は、巨大なギロチンの刃だったわけだ。

 人の使う魔術に当てはめれば、水刃イードル・クスィフォスということになるだろうが、発動速度や規模が違う。

 それに人なら魔術を一度使うと数秒から数十秒時間を置く者が多いのだが水猫(アクア・ハトゥール)にとって水の魔術は手足を振るうに等しい。

 つまりは、次から次へと連発することが可能なのだ。

 恐ろしい水の刃が、俺たちを狙っていくつも飛んでくる。

 しかし、いずれも避けて、俺たちは徐々に水猫(アクア・ハトゥール)までの距離を詰めていく。

 所詮動物に過ぎない……というと怒られそうだが、その知能は俺たちの進行方向を予測し、それをふさぐ形で魔術を放つ、というわけではないのがありがたい。

 これに人間並みの知恵まであったら恐ろしい敵になっただろう。

 もちろん、今の状態でも十分に恐ろしいのだが、いかに強力な魔術だろうと、命中しなければいいのである。

 

「……よし! 行けるぞ!」


 オーグリーより俺の方が先に水猫(アクア・ハトゥール)の直前まで着く。

 そしてそのまま手を伸ばした。

 もちろん、水猫(アクア・ハトゥール)はその体を水で構成されているために、普通に掴もうとしても無駄だ。

 しかし、その体が水で構成されているのに形を保っていられるのは、その体を魔力がつなぎとめているからである。

 骨人スケルトンの骨と骨の間を魔力がつなぎとめているのと同じだ。

 つまり、その魔力を外側に漏らさないようにしてやれば、掴むことが出来る……らしい。

 らしい、とはそういう理屈を打ち立てて、実証した人が昔にいたということだ。

 そのお陰で、水猫(アクア・ハトゥール)のような不定形の魔物に触れることの出来る魔道具というのがこの世に存在する。

 今回はロレーヌが製作して持っていたものを借りて俺とオーグリーが手に嵌めている。

 手袋のような形だ。

 それでなんとか捕まえられるなら捕まえる、というのが第一の手段だったのだが……。


「……おわっ! やっぱりだめか!」


 がしっ!

 と掴んだ感覚はあったのだが、残念ながらするりと捻る様にして逃げられてしまう。

 ぴょんぴょん器用に跳ねて行き、逃走し始めた。

 数匹いたのだが、すべてが違う方向に逃げていく。

 オーグリーの近くも通ったので、彼もどうにかとっ捕まえようと手を伸ばすも、指先すらも触れずに逃げられた。

 これは別にオーグリーが無能というわけではなく、水猫(アクア・ハトゥール)がそれだけ素早いのだ。

 逃げてる最中も水刃イードル・クスィフォスを放って来るし、それを避けながら捕まえろというのはもう、無理な相談である。

 倒すだけなら範囲魔術とか色々な方法があるのだが、捕まえると言うのは……。

 だからこそ、この依頼、受ける人がいなかったんだけどな。

 受けた手前、頑張らなければならない。

 そもそも、俺もオーグリーも逃がしてしまったが、これはあくまで第一の手段だ。

 本命は別にある。

 逃げた水猫(アクア・ハトゥール)のうち、俺たちにとって都合のいい方向へ逃げたものに狙いを定め、追いかけた。


 ◇◆◇◆◇


「……何をしているんですか?」


 フェリシーがロレーヌにそう話しかける。

 先ほどから、ロレーヌは作業をしていて、それがどういう意味があるのか分からなかったために尋ねたのだ。

 岩に囲まれた袋小路となっているその場所で、ロレーヌはその岩の数々に魔法陣を描いていた。

 細かい文様なのだが、その長い指が魔力光に輝きつつ、素早く丁寧に描かれていく様は芸術的ですらある。

 しかし、まだ効果が発生していないようで、何をしているのかは外側からは分からなかった。

 フェリシーの疑問も最もだ、というわけだ。

 ロレーヌはフェリシーに言う。


水猫(アクア・ハトゥール)を捕まえるための網を作っているのだよ。魔法陣など使わず、単純に魔術で網も造ることは出来るが……それをすると気づかれるし、速度も速いからな。合わせられないとは言わないが、より確実な方を選ぶことにしたのだ。魔法陣なら、ここに水猫(アクア・ハトゥール)が入って来た瞬間に発動するよう、条件付けすることも出来る。私は魔力を込めて、寝ていても大丈夫ということだな」


 かなりのぐうたら発言に聞こえるロレーヌの台詞である。

 彼女の言っていることに間違いは一つもないのだが、ただ言っていないことはあった。

 それは、フェリシーにシールドを張りつつ、また他の魔術や危険などからも守りつつ、さらに水猫(アクア・ハトゥール)用の網を造り、制御する、ということをやっていたら、何かしら疎かになる危険があるために、それはしたくない、ということだ。

 やってできないこともないのだが、準備しておいた方が楽ならそちらを選ぶのがロレーヌである。

 待っている時間は手持無沙汰だし、それで心配事を少しでも潰せるなら、労力をかけることを面倒くさがらない程度の甲斐性はあるのだった。

 

「……さて、こんなところで大丈夫かな。魔力も込め終わった。私たちは少し離れたところでレントたちのドタバタを高みの見物するとしようか」


 本人たちが聞いたら憤慨するであろう台詞である。

 しかしそう言ってロレーヌとフェリシーが距離がある、けれど罠を張った場所が見える地点で観察していると、物凄い勢いで駆けてくる水猫(アクア・ハトゥール)がまずそこに現れ、続いて、バサバサと黒いローブを鳴らす骸骨仮面の男と、目の痛くなる孔雀柄の服を身に纏った男が猛ダッシュで現れた。

 水猫(アクア・ハトゥール)はただ走っているのではなく、背後に向かって水の刃を放ち続けており、それを二人が避け続けている格好だ。


「待てっ! この!」


「大人しく捕まってくれ……!」


 そんな声も上げている。

 まさにドタバタしている、としか言えない状況であった。

 けれどそんな状況も、水猫(アクア・ハトゥール)が、ロレーヌが先ほどまで作業していた袋小路に達した段階で終了した。

 水猫(アクア・ハトゥール)が足を踏み入れた瞬間、そこに描かれたいくつもの魔法陣から電撃のような光が放たれ、檻のような形になったのだ。

 それでも水猫(アクア・ハトゥール)はそこから逃げだそうとするが、その電撃にぶつかると、バリバリとした光に包まれて、その場に倒れてしまった。

 死んでしまったのか、と思ってしまうような光景だが、水猫(アクア・ハトゥール)は死ぬとき、その形を保ったりはしない。

 自然に帰れば、ただの水となり、地面に染み込んでいく。

 そういうものだ。

 つまり、あれは生きてはいるが、気絶している、という状態なのだと分かる。


「どうにかなったな……さて、私たちもあちらに行こうか。あのままではレントたちにはどうにもできんからな。檻がなければ……」


 そう言ったロレーヌの手にはいつの間にか鳥かごのような物体があった。

 水猫(アクア・ハトゥール)を入れておく容器、ということなのだろう。

 普通のかごでは逃げ去ってしまうことは明らかで、特殊な加工のものであることはすぐに分かる。

 かごの上部と下部は装飾された外装が見え、芸術品のようなのだが、中ほどのところというか、網の部分は、先ほど水猫(アクア・ハトゥール)を捕まえたのと同じような電撃によって構成されている。

 これによって、水猫(アクア・ハトゥール)を逃がさないような仕組みになっているのだろう。


 実際、ロレーヌは気絶した水猫(アクア・ハトゥール)のもとまで近づくと、手袋をはめて掴み、その檻の中へと放り込んだ。

 その瞬間、水猫(アクア・ハトゥール)は目覚め、にゃあ、という鳴き声と共に檻に体当たりしたが、ぱりっ、と電撃が走り、諦めてその場に座り込んだ。

 魔法陣のものほど強力ではないらしいが、少し可哀想にも思える。

 水の刃によって死ぬほどの攻撃を繰り出してきた魔物なのだが、やはり見た目がどうしても……。

 そんなフェリシーの気持ちを顔から読み取ったのだろう。

 ロレーヌが苦笑しつつ、


「……この水猫(アクア・ハトゥール)は王都の貴族令嬢がペットに飼う予定だ。首には魔術を放てないように特殊な魔道具を嵌められるが、あまりひどい目に遭うことはない。安心しろ」


 そう言ったので、フェリシーはなんとなくほっとしたのだった。

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