かつて自民党の集票マシンだった業界団体の動きが参院選で鈍るなか、全国郵便局長会(全特)は強い組織をフル稼働させ、内閣支持率の急落に苦しむ民主候補を支援している。選挙で恩を売ることでもともと肌合いのちがう菅政権への影響力を足元から確保し、郵政改革法案など郵政民営化見直しを優位に運ぼうとする算段だ。
6月30日、千葉県・房総半島の九十九里町。還暦を過ぎた郵便局長OBが、民主の1年生衆院議員・金子健一氏(52)を連れ歩いていた。食堂に入ると、店を営むおばあさんが話しかけてきた。「わかってるよ。小西さんと長谷川さんでしょ。任せておきなよ」
千葉選挙区(改選数3)の民主新顔・小西洋之氏(38)と、全特の組織内候補として比例区で戦う国民新現職の長谷川憲正氏(67)のことだ。局長OBは「おばあちゃんは顔が広くて頼りになるよ」と言うと、器を片付けていた従業員にも「お母さんのところは5人家族だったね」と声をかけた。「そうそう、うちは5人分。よく言っておきますよ」と彼女は笑った。
町では2人の看板が至る所に並び立つ。全特が小西氏支援を内定した3月以降、郵便局長らは2人のチラシをセットで県全域30万戸に配った。これを含め公示前に配った小西氏のチラシは110万枚。連合千葉が支援するもう1人の候補を40万枚上回った。
郵便局長とOBたちは長らく、自民の集票マシンとして稼働してきた。街角のこぢんまりとした局は特定局と呼ばれ、世襲が多い局長は地域社会の名士だった。局長の権益を守るうえでも政治力は重んじられ、「選挙を仕切らないなら局長になるな」と言われてきた。
その局長たちの集まり、全特が「小泉自民」から抵抗勢力扱いされ、2005年の郵政解散を機に自民支援と決別。ほかの業界団体は求心力が低下して弱っていくなか、彼らはむしろ連帯を強めた。
昨年の衆院選で、全特は民主を支援して政権交代の原動力となった。ポスター張りやチラシ配り、さらに「局長夫人会」が民主陣営に支援者名簿を持ち込んで電話作戦を展開。自前の組織を持たない新人議員らは「民主最大の支持団体である労組よりも頼りになった」と、全特を応援する「族議員」化していった。
小西氏を3月に全特幹部に紹介した千葉9区の奥野総一郎衆院議員(45)は象徴的な存在だ。対立候補が郵政民営化を推進した自民議員だったことから、衆院選で全特が徹底支援。逆に奥野氏は5月の本会議で、郵政改革法案の賛成討論に立った。1年生としては異例の起用だった。
「政治情勢は今後も変化が予想される。全特と一致する政治家を選択していく」。5月の全特総会で、専務理事はこう語った。組織力を保って国民新党を支えつつ、激戦選挙区のキャスチングボートを握って政権への影響力を強めていく――。強固な組織を持つ公明党に足元から侵食されていった自民政権の歩みをほうふつさせる手法だ。
そして参院選。全特は郵政改革法案を廃案にした菅政権への不満を抑え、「法成立のため与党で過半数を」と選挙区で民主支援に動く。
千葉と同じように民主が新顔2人を擁立した北海道。地元全特の幹部は4月、支援要請に訪れたTVリポーターの徳永エリ氏(48)に「郵政改革法案に賛成するなら応援する」と告げ、「賛成します」と約束を取りつけた。もう1人の男性候補を支援する連合北海道を横目に、全特は徳永氏の支援に全力をあげる。
全特が全国各地で地区会長を務める郵便局長238人を集めた6月19日の会議でのことだった。壇上であいさつしている民主の山岡賢次副代表の携帯電話が鳴った。「すみません、いま菅さんから。もしもし……」
小沢一郎前幹事長の腹心である山岡氏が、首相からの電話で舞台裏に消えてゆく姿に会場はざわめいた。脱小沢を進める民主執行部の「全特軽視」の表れと受け止めたからだ。それでも、その後登壇した国民新の長谷川氏は「民主を応援してほしい。私の当選より、民主が過半数を取ることが大事です」と訴えた。
枝野幸男幹事長を柱とする民主執行部では、小沢氏が重宝した全特を「抵抗勢力」に見立てて突き放し、無党派を取り込む戦術も探られた。参院で過半数割れした場合の連立組み替えも検討され、枝野氏は6月27日に「みんなの党とは政策的判断としては一緒にやっていける」と公言。全特の危機感は一層強まった。
各地の郵便局長には郵政改革法案を廃案にした菅政権への不満は強い。民主幹部から「昨年の総選挙ほど今回は全特の世話になっていない」との声も漏れる。しかし、郵政改革法案に猛反対しているみんなの党が与党に入れば、法案は葬られかねない。全特幹部はみんなの党への敵対心をてこに、郵便局長たちの奮起を促すことにした。
7月3日、名古屋市。全特の柘植(つげ)芳文会長(64)は長谷川氏の演説会に集まった郵便局長らに発破をかけた。「愛知は最後の1議席をみんなの党と競っている安井さんをお願いします。みんなの党は小泉改革路線のミニ政党です」
民主は愛知選挙区(同3)で連合愛知が推す元県教組委員長に加え、新顔の安井美沙子氏(44)を擁立。全特は、愛知の郵便局約800局のうち約700局を安井氏支援に割り振っている。柘植会長は選挙情勢を踏まえ、安井氏支援の念を押したのだ。
静岡選挙区(同2)ではみんなの党の候補が健闘し、民主現職の藤本祐司氏(53)と新顔の中本奈緒子氏(31)が共倒れする可能性が指摘されている。6月28日、柘植会長は東海地方の地区会長会議で「接戦の2人区で民主候補を落とさぬように」と指示。藤本氏支援で動いていた静岡の全特に支援強化を促した。
全特は藤本氏本人からは一度も支援要請されたことはなかった。一方の中本氏は2日後に静岡市であった国民新の演説会に駆けつけ、「今すぐ郵政法案成立を」と改めて支援を求めたが、全特が対応を変えることはなかった。
全特を遠ざけるのか、組織力を当て込み連携を深めるのか、民主内には今なお意見が混在する。7月初旬、内閣支持率が下落してくると、民主の選対幹部から柘植会長のもとへ「枝野はいろいろ言っているが、法案はしっかりやります。選挙を助けて下さい」と電話があった。柘植会長は応じた。「当然です。衆参がねじれれば法案は通らない。私たちはぶれていません」(大和田武士、明楽麻子、下司佳代子)