人物デザイン

人物デザインの創作現場から vol.1 ~ 家康ブルーに込めた思い ~

個性豊かな登場人物が一年にわたって数多く登場する大河ドラマ「どうする家康」。その登場人物ひとりひとりのキャラクターを際立たせているのが、着物、履物、髪型、ひげ、眉毛、化粧、武具、装身具……つまり扮装ふんそうです。登場人物全員の扮装を統括している柘植伊佐夫さんが、人物デザイン監修の立場から、キャラクター表現の可能性について語ります!

画像

柘植伊佐夫つげいさお 人物デザイン監修

1960年生まれ、長野県出身。「人物デザイナー」として作品中の登場人物のビジュアルを総合的にディレクション、デザインする。主なNHKの番組は『龍馬伝』『平清盛』『精霊の守り人』『ストレンジャー~上海の芥川龍之介~』『岸辺露伴は動かない』『雪国』など。主な映画は『おくりびと』(08)、『十三人の刺客』(10)、『シン・ゴジラ』(16)、『翔んで埼玉』(19)、『シン・仮面ライダー』『岸辺露伴 ルーヴルへ行く』(23)。演劇はシアター・ミラノ座こけら落とし公演『舞台・エヴァンゲリオン ビヨンド』(23)などがある。第1回日本ヘアデザイナー大賞/大賞、第30回毎日ファッション大賞/鯨岡阿美子賞 、第9回アジア・フィルム・アワード 優秀衣装デザイン賞受賞。

「人物デザイン監修」ってどんなお仕事ですか? って、もう何度も質問されていらっしゃるでしょうけど……。

はい、ずうっと聞いていただいています(笑)。
そもそも「人物デザイン監修」という肩書は、大河ドラマ『龍馬伝』に参加する際にNHKさんが決めてくださったものなんです。

そうだったのですか!でも『龍馬伝』以前から、頭から足元まで登場人物の外見すべてを総合的にデザインするお仕事を始められていたんですよね?

ええ。きっかけは映画の『ゲゲゲの鬼太郎 千年呪い歌』ですね。さまざまな妖怪が出てくるし、半妖怪のような存在もいるし、人間世界もありますから、すごく大変で(苦笑)。
人間だけでもヘアやメイク、かつら、爪もあるし、これが妖怪となると特殊メイクも入ってきます。じゃあ妖怪のかつらは誰が担当するのか? 特殊メイクのスタッフ?それともヘアメイク?と大変な状況になっていて、衣装も普通のものから特殊なものまでいろいろ。
それってデザインは誰がするの?作るのはどこ?とか。全体を仕切るスタッフが必要となり、“キャラクター監修”という肩書で僕が統括することになりました。今も作品によってクレジットの呼称はさまざまなんです(笑)。

NHKでは「人物デザイン監修」と呼ばれているわけですね。

はい。デザイナーとして紙の上に自分の手でデザインを起こす仕事も、実際に身につける衣装をたくさんのスタッフの手であつらえてもらうディレクターの仕事も、どちらも責任もってやらなくてはならない。⻑期にわたる撮影ですから計画立てたデザインが当初の考えの通りに作られているか現場で指示することも多いです。
なので「どんなお仕事ですか?」に対する答えは、「扮装にまつわること全てが守備範囲の“なんでも屋さん”」ってことです。

それにしても作品ごとに求められる仕事の範囲がずいぶん変わるのではないでしょうか?
『岸辺露伴は動かない』のように原作コミックのビジュアルをどう立体化するかで苦労する作品もあれば、『雪国』の場合は原作が小説で準拠すべきビジュアルはない。『シン・仮面ライダー』に至っては、1971年放送の実写作品『仮面ライダー』のリブートであると同時に、石ノ森章太郎さん自身の筆による原作コミックの立体化作業も共存していたはずで。

おっしゃる通り『岸辺露伴~』のようにすでに漫画として確固としたビジュアルイメージが皆さんに浸透していてかつ多くのファンを得ている場合、その原作イメージに「どれだけ従い、どれだけアレンジするか」という繊細な作業が必要になりますよね。わたしはどちらかというと原作原理主義(笑)なので、できるだけイメージに従いたいなと思っています。
『雪国』はかの川端康成先生の純文学だけに、格調を保ちながらご覧になる方に新鮮な驚きも届けたいと思い「ビジュアル上どんな切り口があるかな」と苦心しました。
『シン・仮面ライダー』は石ノ森先生や藤岡弘、さんの1号ライダーなど当時のオリジナル感を保ちながらそれを2023年に「再び作る意味」や「違う表現だけれども共通した感覚」に神経を使いました。

先日行われた『岸部露伴は動かない』のファンミーティングでは、「衣装合わせします」とお招きした俳優さんに、結局衣装を一着も合わせることなく最初のミーティングを終えてしまうので、目を白黒させて帰っていく俳優さんもいらした…というお話が印象的でしたが。

(笑)。そうですよね。さすがに全員がそういうわけではありませんが、初めてお会いする俳優さんとはミーティングだけで、衣装のフィッティングは一切なしということが多かったです。
大河ドラマですと、衣装合わせの当日に顔合わせをして作品に対する考えや思いをお互いに話す時間を設けます。『岸辺露伴〜』の演出の渡辺一貴さんとは『龍馬伝』『平清盛』とご一緒させていただいていますから、その大河ルールの「衣装合わせ前の顔合わせ」だけが切り離されて別日に設定されるようになったのかもしれません。ですから自分もあまり不思議さを感じないでそうしていました(笑)。
『岸辺露伴~』以外ではなかなかこの進行はありませんけれども、このやり方って扮装を作るうえでとても合理的だなと思えます。この機会を設けることでご本人の「空気感」を嗅ぎ取って「役柄と役者をつなぐイメージ」 のヒントになるからです。生み出すべきキャラクタービジュアルの解釈にとって大きな一助になります。
それにご自身のプライベートなファッションも観察しながらお似合いになる服装のラインや好みもつかみます。実際、露伴の第4話『ザ・ラン』では高橋一生さんの私物をお借りして、番組用のボトムを制作する際の参考にしながら、お似合いになる雰囲気や心地よさ、必要な機能をどこに配するかなどの研究をしています。

なんだか自由ですねぇ(笑)、自由過ぎる。
でも大河ドラマではそんなことは無理なんじゃないですか?原作がない代わりに「史実」に基づいた時代劇である大河ドラマならではのご苦労がいろいろとおありかと思いますが。

確かに大河ドラマは時代劇ですからその時代の風俗史や服飾史を勉強しなければなりません。作品には原作がある場合やない場合がありますけれども、ベースになっているのは史実です。なので撮影に入る前の準備期間に多くの資料を拝見したり、考証の先生のお話をお聞きしたり、史跡やゆかりの地を訪れさせていただきます。これらは「時代考証の視座からこのドラマはどういうものだろうか」という基礎を学ぶためですね。
その一方で「着る」「飾る」という行為は人間の基本的な営みですから戦国時代にも「現代と変わらない自由な発想」があっただろうと推し量ることができます。そこで自分に科しているのは「発想にリミッターはかけない」ということです。大切だなと思うのは登場人物の家柄、身分、育ち、立ち位置や、登場人物の胸の内にある意思、感情、精神などを、どのように人物デザインに表現できるだろう?と考えぬくことでしょうか。
そのような過程を進みながらこれまでの時代劇映画やドラマから換骨奪胎したデザインも必要に応じて採用しています。苦労と言いますか大河ドラマならではの大変さと言えば......まず、登場人物の数がとにかく多いということかと(苦笑)。

たしかに出演者の人数、桁違いですよね。

本当に多いですよね。そもそも時代劇ですからお洋服はお借りできない(笑)。
今回は戦国時代ですから「この人は、どこの家の人か」わかるように、まず「色」を意識的に使い分けました。戦国大名たちが群雄割拠する時代だし、混乱しないよううまく「色分けしていこう」というのが、演出の皆さんとも一致した、当初からの方針でもあったんです。私たちはこれを「カラーチャート」と呼んでいますが、ちょっとこちらをご覧いただけますか。

…いろんな水色ですね。 これ、誰の色かって、当てなきゃいけないヤツですね?(笑)

はい(笑)。この水色は……お察しの通り『どうする家康』の主役、徳川家康さんのイメージカラーです。
いわゆる「家康ブルー」の原型たちですね。

全部ですか?

そうです。服装は季節やシチュエーションでさまざまに着るものが変化しますけれども「どの場面で具体的にどんな服を着るか」よりも前に、まずは個々の登場人物に対して、その人にまとってもらう色を考えていくことから始めています。
各キャラクターにふさわしい色を探すために、このようなカラーチャートを作って色分けするんです。

キャラクターデザインって、てっきり人物像を描くことから始めるのかと思ったら、まず「色塗り」なんですね!

まず初めの色塗りを60枚ほどしました。それらの絵はチーム全員に行き渡るもので、音楽の稲本響さんやタイトルバックデザインの菱川勢一さんもこれらのカラーチャートを制作イメージの参考にしたとお聞きしました。
その作業を積み重ねながら、だんだん「家康は何色」とか、家康の中でも「このシーンだと、こんな感じ」とかバリエーションも見えてくる。と同時に、主要な家の色を決めて多数いるキャラクターの誰にどの色を設定するかも決めていく。それがおおよそ済んでいよいよ「人物デザイン画」として、どんな形の服を着ているかとか、コーディネートする際に、色合いはどう配置されているかとかを具体的に描いていって、それが今、300枚ほどになります。

うわぁ。すごい枚数ですね。
各キャラクターを色分けするにも、それぞれ理由や根拠があるのでしょうね。

五行思想って耳にされたことがあるかと思うんですが……

五行思想ですか…?

古代中国で生まれた自然哲学の思想で、万物を形づくっているのは5種類の元素「木・火・土・金・水」だという考え方だそうです。それぞれに「青(緑)・赤・黄・白・黒(紫)」の5色が当てられているんですね。五色幕など日本文化にも影響の片りんがあります。
今回は、特に五行思想にのっとって色彩構成をしているわけではありませんが、家康と彼を取り囲む戦国大名たちに対して、カラーチャートを作って色を振り分けて分類しようとすると、自然とその5色が意識されているかのように見えるので不思議です。

それぞれの大名家に、色を振り分けた、と。

はい。戦国時代が、まさに混沌とした情勢ですし、混濁する色彩の渦みたいなところがあるので、家系によって色分けすればわかりやすく伝わるかな、とは思いました。

では、家康を水色にしたのは?

『限りなく透明に近いブルー』

村上龍⁉

いやいや。ついわたしの世代ですと、あの芥川賞作品は鮮烈に刷り込まれていまして(笑)。というのはいささか脱線ですけれども、家康はドラマの中心人物には違いないんですが、実は一番「うつろな空洞」であるかのような印象です。周りには力もクセも強すぎる化け物ばかりでしょう?家康はむしろ群雄割拠する強烈な戦国大名たちの戦いの渦に巻き込まれていく側だと思わざるをえません。激しい渦の中心にいて、極めて濃い色の人物たちに周囲を取り囲まれている。だから家康は中心人物なのに空洞で、透明に近い色彩の持ち主なんじゃないか、と。

『限りなく透明に近いブルー』(笑)。
…透明なら周囲の色がにじみやすいし、染まりやすいと言えそうです。

そう。色味のない家康が成長するにしたがって、清濁併せのむことができるような大人になっていく、というか、ならざるを得ない状況に追い込まれていく、という物語でもありますね。
さまざまな人の影響を受け、薫陶くんとうを受けて大人になっていく。家康を彩る青を、私は「家康ブルー」と呼んでいます。具体的な色味は、徳川美術館にあるカニの浴衣の地の水色をもとにしています。

カニの浴衣……ですか ?

提供:徳川美術館(渞忠之 撮影)

徳川美術館では2023年7月23日~9月18日まで、特別展「徳川家康-天下人への歩み-」が開催され、蟹文浴衣は7月23日~8月20日の前期日程で公開される。

はい。名古屋の徳川美術館に収蔵されている「薄水色麻地蟹文浴衣(うすみずいろあさじかにもんゆかた)」です。

なんだかとてもかわいらしい浴衣ですね。徳川家康が実際にこんな浴衣を着ていたとは驚きました。
徳川美術館の収蔵品とは、さすが目の付け所が違いますね。

いえいえ(笑)。制作統括の磯さんと演出の小野さんから「こんなかわいいのもあるんですよ」と教えていただいたんです。さすが磯さんです。
この作品に参加することが決まって、まだ脚本もなかったころに「家康の人物像ってどんな感じかなあ」と多くの資料に目を通していたんですが、家康公に関係する物品の趣味というか美学って、最初はなんというか ……漠然とした印象でしかなくて、自分でも確固たる方向性をつかみかねていました。スローガンひとつ見ても、信⻑でしたら「天下布武」、信玄でしたら「風林火山」。とても明快でコンセプチュアルですよね。でも家康は 「厭離穢土欣求浄土(おんりえどごんぐじょうど)」。読めないです。わかりにくすぎるんですよ(笑)。
そんな時、このかわいらしい浴衣の存在を知って「家康、やばいな」と思いました。暴言すみません。

いや、十分「やばい」と思います(笑)。
しかも、近寄りがたい存在でしかないと思っていた歴史の偉人が、妙に親しみやすい存在に思えてきます。人間味あふれると言いますか…。

そもそも家康の人物デザインコンセプトは「人間家康」と決めていました。
『どうする家康』の家康で大事なのはやはり人間らしさ。等身大の家康さん。「家康公」というより「家康さん」と呼んだほうがしっくりくる……そんな人間らしい部分というのを表現したいと考えていました。

確かに家康って肖像画も晩年の恰幅かっぷくの良い姿をしたものが多いし、普通は「神君家康」として成功したあとの、権威的な立派な姿を思い浮かべちゃいますけれど、実は決して最初から「神の君」ではなかったのだ、むしろ最初は、どこにでもいる傷つきやすいひとりの人間だったのだ、と。

はい。ですから「人間家康」というコンセプトを具体的に補完していく作業として「ビジュアルの骨になるようなもの」をずっと探し求めていました。そこに降臨したのがカニです。そんなヒントをくださった磯さんや小野さんには、感謝しかありません。
このカニの浴衣が起点になりまして「家康ブルー」という人物デザイン上の具体的な方向性を定めることができました。

家康を初めて描いた姿です。
まだ脚本も何もないころのイメージで、家康自身も百姓と一緒に田畑に出ているかのような人間像のつもりで描きました。
このころはまだカニの浴衣との出会いはなかったかと思いますが、すでに「水色にしよう」という意識はありました。

2022年10月に公開されましたポスター「東海先行ビジュアル」用にデザインしたイメージ3点です。
この衣装デザインはドラマで使用することは考えずに描いたものですが、ポスター撮影では長いマントのような布を使い、「長い袖なし」は非常に出来が良かったのですがポスターには少し硬い感じがしましたので使用しませんでした。
そこで「織田信長とたか狩り場での密会シーン」に使用しています。

そして「カニの浴衣」も撮影用にあつらえました。家康と息子・竹千代、娘・亀姫。おそろいのカニの浴衣姿です。
「なぜ家康はカニの紋様を着ているのだろうか」と思いを巡らせました。そこで「家族」や「平和」の象徴として位置付けたいと思いました。
家康はもちろん子どもたちにも着させることで「温かな思い出」にしたいと考えました。

第7回より ※ 妻子を取り戻し、岡崎でやっと家族と一緒に暮らせるようになった家康。
台本では「虫をつかまえました!」となっていた台詞を、演出の小野見知はわざわざ「蟹をつかまえました!」に変更している。

家康さんには、やはり透明さを感じさせる薄いブルーが似合いますね。
そしてほかのキャラクターにもそれぞれ違う色をあてがうために「カラーチャート」をお作りになられていったわけですね。

はい。
それでは、ほかのキャラクターの「カラーチャート」を幾つかご覧に入れましょう。

① 紺

② 赤

③ 黒+金

以上3つのカラーチャートは、それぞれ家康を取り囲む強大な戦国大名たちに振り分けて作成されたものです。
『どうする家康』の世界では、それぞれの色がどの戦国大名に結びつけられたと思われますか? ドラマをご覧になっている皆さんはすぐにわかると思うのですが(笑)。
次回、この続きをお読みいただく時に、答え合わせをさせていただきたいと思います。

え…結構、引っ張りますね(汗)。
ではまた次回をお楽しみに。

関連コラム

新着の関連コラムをご紹介します