人物デザインの創作現場から vol.8 ~ 忍び大全 ~
個性豊かな登場人物が一年にわたって数多く登場する大河ドラマ「どうする家康」。その登場人物ひとりひとりのキャラクターを際立たせているのが、着物、履物、髪型、ひげ、眉毛、化粧、武具、装身具……つまり扮装です。登場人物全員の扮装を統括している柘植伊佐夫さんが、人物デザイン監修の立場から、キャラクター表現の可能性について語ります!
柘植伊佐夫 人物デザイン監修
1960年生まれ、長野県出身。「人物デザイナー」として作品中の登場人物のビジュアルを総合的にディレクション、デザインする。主なNHK作品は『龍馬伝』『平清盛』『精霊の守り人』『ストレンジャー~上海の芥川龍之介~』『岸辺露伴は動かない』『雪国』など。主な映画は『おくりびと』(08)、『十三人の刺客』(10)、『シン・ゴジラ』(16)、『翔んで埼玉』(19)、『シン・仮面ライダー』『岸辺露伴 ルーヴルへ行く』(23)。演劇はシアター・ミラノ座こけら落とし公演『舞台・エヴァンゲリオン ビヨンド』(23)などがある。第1回日本ヘアデザイナー大賞/大賞、第30回毎日ファッション大賞/鯨岡阿美子賞 、第9回アジア・フィルム・アワード 優秀衣装デザイン賞受賞。
家康の人生における「三大危機」の最後のひとつに数えられる伊賀越えを前回の放送(第29回)で辛くも克服した家康でしたが、またもや服部半蔵率いる忍びたちが大活躍でしたね。
忍びたちが登場すると、画面が俄然活気づきますよね! 私の苗字は「柘植」ですが、実は柘植といえば忍者の地なんですよ。
え⁉ そうなんですか!……確かに検索すると柘植町って三重県伊賀市の北東端にあるのですね。
はい。ですから遠いご先祖さまも家康公のもと伊賀越えのお手伝いをしていたかもしれません。そんな私が、まさか大河ドラマで忍者デザインをさせていただけるなんてこの上ない幸せです。心から感謝いたします。
ほぉ、柘植さんどうやら、忍者にはひとかたならぬこだわりがありそうですね。
もちろんです(笑)。本作で「忍び」を作っていくにあたり演出・川上さんが中心になり、忍者研究第一人者の三重大学教授・山田雄司先生はじめ、考証の先生方のご意見や資料をひもといて「当時の忍びはどのような姿であっただろうか」という基礎を組み上げました。
その辺りはまた、いろいろとおもしろい裏話が伺えそうですね。
はい。では今回はそんな忍びについて語りましょう。題して「忍び大全」。一名武士はおりますが(笑)。
服部半蔵のことですね! 彼はいつも「俺は忍びではない。武士だ」と事あるごとに繰り返してきましたが、伊賀越えを成し遂げた今となっては、彼の “名誉回復” も時間の問題かと思われます。
そうですね! ではその服部半蔵から始めましょう。
【第5回 瀬名奪還作戦】
野良着の半蔵 脚本がまだない段階でのイメージ
「私はもともと忍びではござらぬが……」が枕ことばのような服部半蔵も本多正信に引き入れられて、家康のもとで服部党を率いることになります。当初彼の暮らしといえばまさに「武士は食わねど高楊枝」というような困窮にありましたけれども、やがて八千石持ちの武将にまで取り立てられます。初登場時の半蔵の衣装は麻で寒々しく薄汚れたものでした。それでも彼の魂は武士の誇りに満ちています。
雨や風をも十分にしのげそうにない質素な小屋に住んでいる服部半蔵の姿が野良着で、あまりにも生活感がありすぎて、見ているこちらの予想を覆されました。
生活感、確かにありましたねぇ(笑)。スタジオに組まれていた半蔵の家のセットが、なんとなく干物臭かったのを思い出しました。
山田孝之さんの扮装を見て「あれ? 忍者の格好はしていないんだ」って思った視聴者の方も多かったかもしれませんね。
冷静に考えれば、忍者だって四六時中あの格好をしているわけではなくて、あくまでも潜入したり戦ったりする時の格好なわけですけれど。かく言う私も大河ドラマの仕事に携わる以前は服部半蔵といえば、千葉真一さん主演の名作ドラマ『服部半蔵 影の軍団』の記憶が刷り込まれておりまして「服部半蔵イコール忍者の代表」と信じておりました。
わかります! 服部半蔵といえば、私なら……藤子不二雄A先生の名作漫画『忍者ハットリくん』しか思い浮かびませんでしたから。
東京メトロ(地下鉄)の「半蔵門線」という路線名や「半蔵門駅」という駅名にもなっている皇居の半蔵門の名前が、服部半蔵に由来するのはご存じでした?
え⁉ そうなのですか!
半蔵門は皇居の門のひとつですが、もともと江戸城の門であったころにその警護を担当していた服部半蔵正成とその子・正就(彼の通称も同じく半蔵)だったことが、半蔵門と呼ばれている名の由来とされているそうです。異説もあるようですが。服部半蔵正成は伊賀越えで忍びたちを指揮して活躍しましたが、その後江戸に入ってれっきとした旗本という身分を与えられました。服部半蔵といえば忍者の頭領...という既成の映画やドラマのイメージに従わず、半蔵自身は武士である史実を、自分自身に何度も何度も口にさせている古沢さんの脚本には、忍者研究の第一人者・山田雄司先生も「我が意を得たり」と思われたのではないでしょうか。私も今でこそ撮影に備えて歴史を学びましたので「半蔵=武士」と知ってはおりますが、歴史を長年研究されてきた方々にとっては、大河ドラマによって史実にのっとった表現がテレビドラマにもやっと導入されたという意味で、喜ばしいことと受け止められているようです。
既成のイメージを覆して史実にのっとってそこをお書きになるにあたって、脚本家の古沢さんは半蔵が何度も繰り返し口にする「決まり文句」のセリフに仕立てることで、視聴者の方がクスッと笑える「くすぐり」としても活用されていますよね。
はい。そこも「古沢さんの脚本ってすばらしいな」と思えるところですね。史実だからといって単純にストーリーの一要素として触れておけば十分、というのではなく、せっかくなら 「それをどのように使えば、視聴者にとって楽しめる要素として生かせるか」って常に考えていらっしゃいますね。例えば本多忠勝をめぐる伝承についても感心しました。
本多忠勝の伝承?
歴史好きの間では本多忠勝不敗神話なんて言われていますが、忠勝は50回以上も出陣したのにただの一度も「かすり傷ひとつ負わなかった」という伝承があるんですね。それを耳にした時に、正直なところ私も「いやいやいや、それはないだろう」と思いました(笑)。でも古沢さんの脚本はその伝承をちゃんと逆手にとって、どんなにひどいケガをしていても忠勝は「かすり傷ひとつ負っていない!」と強がりを言い通すキャラクターとして描かれています。後に伝説にまでなった元ネタは、実は忠勝自身の負けず嫌いの性格ゆえの口癖だったというわけです。伝承をそのように解釈してみませんか?という古沢さんからの提案でもあるわけですね。
確かにそうでした。流血しているくせにケガなんかひとつもしてないって言い切っていましたよね。
瀬名や信康の描き方についてもそうです。歴史好きを自認する人ほど「瀬名は悪女だった」という通説を既に読んだことがあったでしょうから、今回の描き方はこれまでにはない解釈だとびっくりされたはずです。でも歴史に明るくない方々や、戦国時代の常識について考えたことのない方々にとっても、家康が自分の妻と子を殺したと聞けば「いったいどんな事情があったのか」納得できる説明を聞きたい!! と思われるはずですよね。私も築山事件について知った当初は「いくらなんでも自分の妻や息子を、どうして手にかけねばならなかったのだろう?」と釈然としませんでした。古沢さんは「どうする家康」の脚本家として、そこにひとつの答えを出そうと正面から挑んで、さんざん苦心された結果、あのようなストーリーに落ち着いたのだと思います。
そういうお話を聞くと、歴史に詳しい人たちも、歴史に明るくない人たちも、どちらも置いてきぼりにしない娯楽作として成立させることってなかなか難しいのだなって思います。
はい。ですから忍びの描写についても、服部半蔵を史実通りの身分として描いたり、忍びの戦いや隠密行動の描写には最新の研究成果を盛り込んだりする一方で、娯楽要素もおろそかにせずワクワクできるような演出をすることをスタッフ・キャスト全員が心がけています。服部半蔵も建て前は忍びではなく武士。けれども実態は忍びの最前線にやむなく立つこともある。身分の狭間に置かれて建前と実態のギャップに苦しむ半蔵の姿を見ると、「まるで宮仕えする現代人と同じだな」と、共感できる要素があると思います。そこにはコミカルさの中にもペーソスが感じられますよね。だからテレビの前のお客様たちも半蔵に感情移入してくださるのではないでしょうか。過酷な境遇でも任務に命をかける人々を見ると、自然と応援したいという気持ちになりますから。
忍びは当時の社会の中では弱者ですし、歪で異端な存在でもありますね。そんな忍びたちが目の覚めるような活躍をしてくれるからこそ、痛快さに心踊るのかもしれませんね。
破れ笠をかぶる大鼠(初代)
大鼠(千葉哲也)
忍びには上忍・中忍・下忍という階級があったそうです。必ずしも貧民の仕事というわけではなく技術力を諸侯に買われていました。それゆえに雇い主を裏切らないよう妻子が人質にされた例もあるそうです。
うわぁ、過酷ですね。命を捨てる覚悟でないと取り組めないような使命を、仕事として請け負わなければならないなんて、どこからそんな動機が生まれてくるのだろう、と思っていましたがそんな事情があったとは…。成功すれば褒賞もそれなりにもらえるのでしょうけれども、まさにハイリスク・ハイリターンの世界ですね。
本当にそうですね。もちろん死を覚悟するような仕事だけを毎日やっていたわけではないとは思いますけど。彼らは大名の傭兵のような立場でしたので戦のない時には野良仕事、戦いに備えては忍術訓練に備えていたと天正伊賀の乱を描いた軍記『伊乱記』にあります。
瀬名奪回作戦で登場した忍者たちで特に印象に残っているのは誰ですか?
千葉哲也さん演じる初代大鼠が古参の忍者として忘れ難い存在ですね。真っ先に思いついたのが「骨だけになっている破れ笠」でした(デザイン画の「傘」は誤字です 笑)。「笠の骨に棒手裏剣が仕込まれていて、いざとなったらそれを引き抜いて攻撃を仕掛ける」というギミックを是非ともやりたかったんですね。演出統括の加藤さんが、最後の最後、大鼠が命懸けで半蔵を守り抜くシーンで採用してくださいました! これは本当にしびれたなあ。そして伊賀越えでは娘の二代目・大鼠にも、それがしっかりと受け継がれているんですよ。
<笠から棒手裏剣を引き抜く大鼠>
穴熊の風貌
穴熊(川畑和雄)
川畑和雄さん演じる穴熊も忘れ難いキャラクターです。「銭さえもらえりゃあ」と、どのように難しい仕事も引き受ける忍びとして、真っ先に敵の矢に射抜かれる運命に悲哀を感じさせられました。そこに「忍びは仕事である」という史実の根本が潜んでいます。
忍び装束の半蔵
半蔵(山田孝之)
当時の忍びがどのような服装をしていたか。忍びの原則は「環境にまざり存在を消す」ことだろうと思います。日中に黒装束を着ていたら目立つのは自明ですから、日常生活では「草」としてできる限り一般的な服装をしていました。17世紀の忍術書『正忍記』では「着るものは茶染め、ぬめりかぎ、黒色、こん花色」とあります。ただ黒色は月夜の場合かえって目立つので敬遠されたそうです。ユニフォームのような黒装束のイメージは18世紀初めの歌舞伎による影響で「忍者の登場」という印象を強めるための舞台表現でした。
なるほど。戦国時代ではなく江戸時代の歌舞伎の演出として考えられた舞台表現のほうを、今の我々は「忍者」の一般的イメージとして受け取っていたわけですね。
はい、そうなんです。ですから「どうする家康」では大鼠(初代)や穴熊などの手だれの忍びたちはふだん着の裏地を黒や紺にしておきました。いざという時にリバーシブルに着たり、そもそも暗い色味の衣装を重ね着することで、本来の忍びの自然さを表現しようと考えました。リバーシブルについても『正忍記』に指南されています。
当時の忍術書を参考にしていたとは恐れ入りました。でも一方で、「半蔵」「大鼠(二代目)」「服部党」など作品のケレン味を担当する人物たちには、「これ、まんま『忍者』じゃん!」と突っ込みたくなるようなズバリな見た目になっていますね。
はい(笑)。史料に基づく忍びの再現を目指しつつ、18世紀以降の演劇表現的な私たちのイメージそのものの「いかにも な忍者」も登場させることで、ドラマに「明るい気分」や「冒険感」を与えたい!と考えました。特に服部半蔵の「黒装束」「鉄鉢」「鎖帷子」は個人的には千葉真一さんの『服部半蔵 影の軍団』へのオマージュであり多大な影響を受けています。そもそも忍者が「鉄鉢」をしたのは『服部半蔵 影の軍団』が元祖であったと聞きます。すなわち後進の作品で忍者に「鉄鉢」をさせているものは直接間接この作品の影響下にあるといえるわけですよね。
それはすごいことですね。
ちなみに「忍者が鎖帷子を着込んでいた」という史料は今のところ発見されていないそうです。
【第6回 続・瀬名奪還作戦】
大鼠(二代目)
先代大鼠が敵の手にかかり、娘が「大鼠」を名乗ります。ここに当代が生まれました。松本まりかさんの演じる大鼠(二代目)が本当にチャーミングですね。デザイン画の段階ではまだ特徴的なショートボブのような髪型には至っていません。当時の風俗画を拝見すると横の髪を短く削いで後ろを長く残すスタイルが頻出しており、そこから発想しました。頭頂部の特徴的な髷も、現代人が古人の髪型を想像するよりも自由で柔軟なバリエーションを数多く見て取れました。ショートボブのような前髪と横の髪、頭頂部の特徴的な形の髷。これを大鼠の個性にしようとデザインしました。
大鼠:遊び女姿
遊び女に変装する大鼠は食虫植物が獲物を誘うかのように、鵜殿兵を惹きつけるが早いか一閃刃物を突き刺します。その際の大鼠の妖艶さをどのように表現するか。そこで脚をあらわにする方針に決まり、その演出を行いやすい着付けの具合や動きなどを松本まりかさんと研究しました。これは大鼠の出演場面でもかなり初期の撮影で、キャラクターを方向づける契機になった大切な人物デザインです。頭にかけている布は柄や色を決めるのに何枚も用意した中からさらにサイズを調整したワンオフ(オーダーメイド)です。
大鼠:鎧姿
刃物を突き刺して倒した鵜殿兵から鎧を剥ぎ取って変装した二代目・大鼠たちは、瀬名を奪回すべく敵陣へと侵入します。
頭に挿しているのは何ですか?
実はデザインを描いていた当初は、頭に苦無(クナイ)を挿してもらうつもりだったんですよ。
最終的には引き立て烏帽子をかぶることにしましたが、デザイン画段階では鉢巻をした左右に苦無(クナイ)を挿しています。真っ先に思いついたのが映画『八つ墓村』で山崎努さんふんする殺人鬼が頭に懐中電灯を挿して鬼の形相で走り抜けるというあの震え上がる造形で、もちろん大鼠はもっとかわいいのですけれども「型」としてはアレをやってみたかったというのもあります。それに苦無ですと持ち手が丸いので、輪郭がディズニーのキャラクター的なユーモアになるかなとも思いましたが、実はサイズが大きすぎて無理だと判明しました(笑)。
さすがに苦無だと、先もとがっているでしょうから危ないでしょう。
はい、確かに。結局このアイデアはボツになりました。でもとにかくデカサイズの鎧姿の大鼠がすてきでした。このシーンでは変装のために敵の鎧を着ましたが、島原の乱を描いた「嶋原陣図御屏風画」には甲冑姿で突撃する柴岡九郎兵衛が描かれていて、山田先生の調べによって忍者であることがわかったそうです。
大鼠:忍び姿
大鼠(松本まりか)
大鼠の衣装はこの絵にあるような「忍び姿」から作りはじめました。デザイン画からも感じられるように下半身をピッタリとした輪郭にしたいと思いました。17世紀の怪異小説『伽婢子』には黒い脚絆で足元を固めた姿が描かれおり、また甲賀地方では「クレ染め」と呼ばれる黒に近い濃紺の染め物があったとありました。忍者とはまったく関係がないのですが、デザインの際に思い描いたのはオードリー・ヘプバーンの映画『パリの恋人』の中で彼女が風変わりなカフェで風変わりな踊りを踊るシーンがあるのですが、その「真っ黒でシンプルなピッタリとした衣装」です。
うわぁ、意外なところにアイデアの源泉があるものですね! でもわかります。オードリーと松本まりかさんとが柘植さんの脳内でリンクする感じ、腑に落ちますねぇ。
伝わったみたいでうれしいですね(笑)。松本まりかさんのキュートさってどこか、ヘプバーン的なものがありますね。相変わらずデッサン画の段階では頭に苦無を刺していますね。この衣装はボトムの形状についてはフィッティングをしながら松本さんと綿密に打ち合わせして、機能性も鑑みてデザインを生み出しています。ですから、大鼠のこのスタイルは個人的には「戦国時代の忍びという文脈に基づいた、ヘプバーンオマージュ」です(笑)。
服部党(HATTORI4)
左から順に、半蔵、大鼠(二代目)、ましら、大山犬
デザイン画の中に書かれているタイトルが、「HATTORI4」とありますが……。
出だしの服部党が、「半蔵」「大鼠」「ましら(小野瀬悠太さん)」「大山犬(キャッチャー中澤さん)」という4人だったんです。そもそもデザイン画を描いていた当時は「服部党」という呼び名さえありませんでした。本作の中で忍びの重要さをいち早く感じた演出・川上さんが、脚本の中で大切に育てていった存在です。なので、最初わたしたちは便宜的に「ハットリ・フォー」と呼んでいました。「服部4」です(笑)。
個人的には、忍びを描かれる時だけはなぜか柘植さんの筆遣いが、どこかダイナミックプロ寄り(!?)になっているような気がして思わず「胸アツ」なんですけど! みんな目に強い光を宿していますし。
陰のある男主人公、男勝りのおきゃんな娘、快活な少年、そして気は優しくて力持ちな感じの大男……確かにこの4人のキャラクターの並び自体、言われてみれば……な感じ、ありますよね。永井豪さんや石川賢さんが描かれていた『デビルマン』『ゲッターロボ』『キューティーハニー』などのダイナミックプロ作品は、我々世代には深く刻まれているものはありますよね。初めてじゃないですかね、少年漫画にバイオレンス風味が導入されたのって。
忍者の世界自体がもう、バイオレンスそのものですもんね。……いや、余計なこと言いました。
いえいえ。武器扱いや戦術は先生にしっかり考証をかけて、鎖鎌や投石、布をかぶって姿を消したりする術を、文献や研究動画から裏付けをとっています。当時の忍びが常用していた「忍び六具」というものがありまして、①火種、②三尺手拭い、③印籠、④矢立て・石筆、⑤鉤縄、⑥編み笠の六点になるのですが、例えば体格の小さな「ましら」の場合はこの三尺手拭いに石を入れて振り回し投石する技を使ったり…という具合に活用しました。「忍びの武器」としては「手裏剣」「鎖鎌」「仕込み杖」「手鉤」などがあり、特に「大山犬」は鎖鎌を駆使します。ちなみに大山犬役のキャッチャー中澤さんは、あまりにも巨大な体躯をしていらしたものですから、2人分の着物を左右からジョイントしてやっとのことで衣装を作ることができました。この仕事を始めてそれなりの年月がたちますが、こんなことは初めてでした!
三尺手拭いに石を入れて振り回し投石する、ましら(小野瀬悠太)
大山犬(キャッチャー中澤)
伊賀越えの、ましらと大山犬
伊賀越え途中、空腹の大山犬 赤飯を見つめる
【第7回 わしの家】
千代
千代(古川琴音)
踊り子たち(千代ダンサーズ)
大鼠に対抗する存在といえば古川琴音さん演じる「千代」ですね。
ちょうど本作で千代の衣装合わせをしていたころに、NHKのドラマ『岸辺露伴は動かない』のイヴ役でもご一緒していて、しばらくずっと古川さんのデザインと撮影をしていたように思います。千代は、武田の忍びである「歩き巫女」として諸国の諜報活動を行いますが、一向宗の寺内町に入り込み空誓のもとで庶民を信仰に引き入れて三河の屋台骨を危うくします。同時に「家康という人物がどのような器か」を信玄に知らせます。この作品に入る前は、まさかこれほど忍びが登場するとは思いもよらなかったうえに、まさかクノイチ(女性の忍び)が登場するなんて、まさかクノイチの大鼠と千代の2人がいずれ対決することになるなんて、全く想像していなかったんですよね。わたし的には、とてもワクワクする設定でしたから、最初からそんなことを知っていたら「まだか、まだか…」と待ちきれなかったことでしょう(笑)。
演出・小野さんにより、千代は「千代ダンサーズ」とわたしたち内輪で呼んでいた踊り子たちと共に、信徒を煽るアイドルのように登場します。小野さんからのリクエストは「俯瞰ショットで衣装が円形に回る様子を撮りたい」というものでした。
昔のハリウッドのミュージカル映画なんかにありそうなショットですね。
そうなんです。でも通常の「小袖」や「掛け」ですと、そのような「円形」のシルエットが出ないんですよ。そこで小袖の上に巻く「褶」を長くドレスのようなパターンに作り円形に広がる工夫をしました。最初はいわゆるカラフルな色彩、例えばマカロンのようなパステルカラーを多色使いにして透けた素材のレイヤーを考えました。しかしそれは「月並みな発想だな」と思い「灰色と黄色」という組み合わせにしました。特に「黄色」は一向宗徒の象徴色に設定しました。初登場時の本多正信の衣装の色を黄色にしたのも、正信が一向宗徒であるという理由があったからなんです。
おふう・おりん
おふう(天翔愛)
おりん(天翔天音)
千代の配下がおふう(天翔愛さん)とおりん(天翔天音さん)です。踊り子として庶民を煽ったり遊び女にふんして平八郎や小平太を誘惑したりします。実際に姉妹の愛さんと天音さんの息がぴったりで忍びながら華やかさがありましたね。
演じられたおふたりは信長の父・織田信秀を演じられた藤岡弘、さんのお嬢さんだそうですね。
【第9回 守るべきもの】
歩き巫女
撮影準備をする歩き巫女たち
歩き巫女の姿にふんした千代が、築山にいる瀬名の前に姿を現した時には思わず鳥肌が立ちました。
「歩き巫女」というだけで何かミステリアスな印象を覚えますよね。
千代は三河一向一揆で千代ダンサーズと共に初登場した時から神楽鈴を手にしていましたが、一人で歩く場面でも鈴の音と共に静かに歩いてくるのがなんとも幽玄な雰囲気を醸し出していて、ゾクゾクしましたね。
歩き巫女・千代(古川琴音)
彼女らは神社に属さず各地を旅して祈祷などをしていたと伝わります。歩き巫女の姿をしていれば一団で移動していても周囲から怪しまれないのをいいことに、甲斐武田では忍びの隠れ蓑として望月千代女が巫女を訓練していたとも伝わります。第16回では巫女姿の千代と黒装束の大鼠が戦いますが、戦うのが不思議な姿なのでとてもエキセントリックな印象を覚えました。
さきほど見せていただいた 第16回「信玄を怒らせるな」より <大鼠 vs. 謎の女・千代> の場面ですね。巫女姿の女性たちが顔色ひとつ変えずに矢を放ってくる姿が、あまりにも容赦ない冷酷な雰囲気に満ちていて背筋が凍りましたね。個人的には男同士の汗臭い合戦場面よりも、よっぽど怖いものを見せられた気がしました。
【第11回 信玄との密約】
武田忍び
デッサン画に忠実に撮影された。
この場面、強烈だったんでよく覚えています。家康、平八郎、小平太が能天気に猫の鳴きまねなんかしていたらいきなり信玄がひとりで茶の盆を携えて家康たちの目の前に現れたので意表をつかれました。しかも家康たちはそのお坊さんが信玄だとは夢にも思わない。やっと気づいた時に目に入ってくるのが、木の上の忍びたち。
そこがポイントですよね。視聴者のみなさんは阿部寛さんを信玄だとわかっていますが、初対面の家康たちは気づかずに寺の住職か何かのように全く無防備に接しているので、見ているほうとしては心配で心配でものすごくハラハラさせられるし、またクスクス笑いたくもなってくる。
「どうなっちゃうの!!」って、見ているこっちはもう、気が気じゃありませんでした。
武田の最重要人物がひとり丸腰で敵に会うはずもありません。気づけば鎮守の森の木の上に複数の忍びたちが見下ろしていた……そんな場面ですが、忍びたちの風体をどのような人物デザインにするか。これは「武田の忍びをどうするか」という全体設計に関わるところです。信玄の家臣たちなので「信仰に関係する姿」にしたいと考え、そこから「天狗」「山伏」というイメージへと発展していきました。後に登場する百足衆の人物デザインも、この山伏の姿と連動して作っています。
それであのお面なんですね……。確かに天狗っぽい。
【第16回 信玄を怒らせるな】
大鼠と源三郎
大鼠と源三郎(長尾謙杜)
家康の義理の弟、松平源三郎は武田の人質に入っていました。母・於大は源三郎の手紙を不穏に感じ、半蔵に偵察を命じます。考えあぐねる半蔵に「そなたたち忍びは銭で働くのでしょう! 私がそなたを雇うのじゃ!」と於大のセリフが書かれていまして、
「早う行け! さささっと!」なんて言ってませんでしたっけ? ひと事だと思って、まぁ軽々しく。
「またむちゃを言うキャラだなあ」と読みながら笑ってしまいました! もちろん「当時の忍者は、金で雇われていた」という時代考証を生かすことも意図して、書かれている内容ではあるのでしょうけれども。
ただし半蔵は「自分は忍びではない……」と言いたいところでしょうけどね。
そうですね! 半蔵たちは一度目の潜入で諜報し二度目で救出にかかりますが、信玄はとっくに見透かしており、百足衆や歩き巫女軍団が半蔵たちを迎え撃ちます。武田訓練所の中で、雪中での戦闘が始まります。ここでは「鳥の子」と呼ばれる火薬を和紙に何重にも包んだタネに着火して、爆発音と煙幕を張る武器が使われています。「火遁の術」の一つです。機動性を重んじる忍びたちの武器は、殺傷力よりも撹乱や生け捕りを重んじる、携行可能な小さなものばかり。それに対して迎え撃つ武田勢、とりわけ歩き巫女が高台から半蔵と大鼠を狙い撃つのに大弓を使っているのが、それぞれの立ち位置の違いを表しています。彼女たちの放つ矢が半蔵たちを襲うのを阻もうとした大鼠は、差し出した右腕を射抜かれてしまいます。
矢が完全に貫通していました! 見ていて「痛っ!」って言いそうになりましたが、大鼠は無言でした……。
【第19回 お手つきしてどうする!】
千代・第3形態
千代の平服は一向宗寺内町の際に着ていた「灰色と黄色の小袖」で通してきました。その他のシーンには忍び装束として「歩き巫女姿」が挟まれています。信玄が逝き、勝頼が棟梁となってから、千代の衣装も変わります。藤色の地に小豆色が裾と袖の下方にグラデーションになります。珍しいのは小袖の上に袖なしを羽織りその上から細帯をしています。あまりしない着付け方ですが風俗画では男女ともに見かけます。平安時代の女房装束(十二単)の一番上に着る丈の短い「唐衣」の感覚に扱いが少し似ているなと思いました。
【第25回 はるかに遠い夢】
大鼠:侍女姿
前回のコラム『陽光のうつろい』で述べた通り、瀬名を救助する使命を帯びて侍女に変装しています。
【第27回 安土城の決闘】
半蔵(不採用になった物売り姿)と大鼠(行商人風)
大鼠の京女風
大鼠は遊女になったり侍女になったり、本当にいろいろとさまざまな姿に化けるものですね。
そうですね……。この回でも変装する場面がありました。ところで忍びには「七方出」という忍法がありまして、言うなれば「七変化」のことを指すんですが……。
ちゃんとなりすます扮装のバリエーションが、七つ列挙されるのですか?
はい。①出家(僧侶)、②虚無僧、③山伏、④商人、⑤曲芸師、⑥猿楽師、⑦常の方。
常の方?
一般的な農民・職人・武士のことですね。本能寺襲撃をもくろむ家康の命により、茶屋四郎次郎を中心に粛々と準備が開始される中、京に潜伏する半蔵と大鼠がどんな姿に化けるのが良いのか。そこはいろいろ議論しました。脚本のト書きには「物売りにふんした半蔵」とありましたが、急きょ「物乞い」に変わり、ボサボサな髪で地べたに座り人の動きを諜報する姿になりました。
確かにある意味、一番軽んじられている存在だし、じっと座っていてもおかしくないから警戒されないかも。
大鼠は掛けを羽織った京女の姿で地元民にふんしたかと思うと、よそからやってきた行商人にも変装しました。伊賀山中で家康に同行する際にも行商人の姿を活用することができました。棒手裏剣が仕込まれた破れ笠は、先代の大鼠である父親譲りです。
【第29回 伊賀を越えろ!】
伊賀越えを先導する半蔵
伊賀山中を逃避行する家康たちが危機に陥った時に登場する半蔵と大鼠は「待ってました!」と声をかけたくなるくらいの、いかにも『忍者』な黒装束にしました。
「ここは伊賀、忍者の地」というイメージを裏切らないってことですね?
家康の身を守ろうと、必死で戦う半蔵
はい。あえての演劇的な表現にしています。ところが途中で黒装束は半蔵だけになり、いつのまにか大鼠は、野良着に着替え終わっています。「いつ着替えたのか?」なんてことを考えさせないまま、説明的なカットも全く入れずに唐突に変えましたから、実は正しくつながってはいないのです。
そうでしたか? 言われるまで全く気づきませんでした。忍者がいかにも忍者らしい姿として登場したのは、何の抵抗もなく受け入れていましたが、大鼠がそのあと着替えていたなんて。でもなんだか笑っちゃいます。だって「自分は忍びではない」と言っている半蔵自身が、伊賀越えする集団の中で、一番忍者っぽい黒装束を着込んでいるわけでしょう?
そうなんですよ(笑)。「ひっそり忍ばなければならない」とみんなに言うべき立場の半蔵自身が、実は一番目立っているというのが、なんともとぼけておかしいと感じてもらえたら……という狙いがありました(笑)。
やっぱり狙ってたのですね(笑)。前回の『本能寺の変』のラストシーンがあまりにも重厚だっただけに、今回の『伊賀を越えろ!』のハジケっぷりがもう……たまりません!! 例えば甲賀忍者の親玉、多羅尾光俊を演じているのがまさか、きたろうさんだとは、最初は全くわからなかったんですけど、きたろうさんだって気がついた途端にその「変身」ぶりがものすごくて、大笑いしてしまいました。
多羅尾光俊
多羅尾光俊の顔
そうでしたか(笑)……うれしいです。多羅尾光俊を演じられるのが、きたろうさんだと聞いた時はもう、ものすごくワクワクしました。ですからこのデザインは完全に当て描きです。
あぁ……きたろうさんを思い浮かべながらお描きになったんですね。
多羅尾光俊(きたろう)
脚本では家康たちがあまりに手厚い接遇を行う多羅尾たちに疑心暗鬼の目を向けますから、それ相応の怪しさ満載な人物デザインが必要でした。演出・川上さんといかに胡散臭く見せられるかさんざん考えた結果「これまでの戦利品をありったけ、見せつけるように重ね着している」キャラクターはどうだろう? とまとまりました。
「どうだ、すごいだろ」って自慢しているわけですか?
そうですね。家康は天下の大物ですから、迎えるのに精いっぱい着飾って見せているというか、人柄が空回って誤解されたらおもしろそうだな、と。とにかく見た目が怪しい多羅尾が、それにそぐわない至れり尽くせりな「おもてなし」をしてくれるものですから……。
半蔵なんか、逆に不安になっちゃった(笑)。湧き上がる警戒心を抑えきれずに、多羅尾の誠心誠意の尽力を逆に「罠」だと勘ぐってしまったがゆえに、一行は結局さんざんな目に遭うわけですからね。
本当に間が抜けていますよね(笑)。半蔵自身としてはこれ以上なく真剣に考えぬいた結果なんですけどね。でもそういうどこか抜けているところすら魅力的だと感じられるのは、山田孝之さんの演技とパーソナリティーに負うところが大きいと思います。
甲賀の親玉・多羅尾は真心から半蔵たち伊賀の者を助けようとしていたことが、結局明らかになったわけで、忍者映画によく見られる伊賀と甲賀が敵対して戦うパターンは『どうする家康』では踏襲されていませんね。
それも山田先生たちから教わったことをもとにしています。「甲賀」と「伊賀」とが、特に敵対関係にあったとの記録はないそうなんです。やはり後年の創作でしょうね。もちろん忍びは金で雇われる身ではありましたから、両者を雇っているクライアントたちが敵対している場合もあり得るわけですが。
その場合は結果的に、両者ともに雇われの身としてお互いに戦う羽目になってもおかしくない。
はい。我々は忍者と聞くと、つい「甲賀」か「伊賀」のどちらかに分かれると考えてしまいがちですが、実はそれ以外にも「黒脛巾組」「透波」「風魔」など全国にはいくつかの忍者の集団があったそうです。
伴与七郎
多羅尾のクノイチ
「瀬名奪還作戦」にも参加した甲賀衆の長、伴与七郎(新田健太さん)は家康一行が薮に隠れるのを看破して炊き立ての赤飯やら、干しいちじくやらを掲げて「ご案じなさるな〜」と向こうから招きます。そこには飯を握る甲賀衆のクノイチたちも勢ぞろいで満面の笑みをたたえながら三つ葉葵を描いた旗まで振っています。よく見るとその旗の葵はハートマークが三方に配置されているだけでどこか間が抜けています。
こんなふざけた風情では、善意の歓待なのかそれとも罠なのか、家康たちが疑うのも無理はないですねぇ。
そうですね(笑)。このシーンはコミカルなパートなので人物デザインは思い切り遊んだものにしています。
多羅尾のクノイチたち 多羅尾光俊(きたろう) 伴与七郎(新田健太)
苦無(クナイ)
大鼠では実現できなかった念願の「苦無を髪に刺す」を、多羅尾のクノイチたちで達成いたしました。
そしていよいよ、伊賀越えも真打ち登場です。嶋田久作さんが演じる、百地丹波ですね。
予告編で嶋田さんの強烈な表情が一瞬映っただけでもう、ネットがザワついてました。
『伊乱記』で百地は伊賀国の土豪で織田信雄による伊賀攻めを押し戻すけれども、信長が指揮する天正伊賀の乱ではこもっていた柏原城を開場したとあります。
百地丹波
いずれにしても織田信長には積年の恨みがある百地は、信長の弟分である家康の首級を明智光秀に差し出せば恩賞を与えられることは必定でした。そのような伊賀の長老をどう表現するか……。
嶋田久作さんという最高の配役を得たわけですからね。
はい。これはもう忍法の手だれ、マイスター、白髪の仙人になっていただくしかないでしょう。何といっても嶋田久作さんですから。その味わいはドラマをご覧になられたみなさんには伝わったかと思います。
そして、しびれる瞬間だったのは、百地の配下の襲撃を受けた時の大鼠です。なんと自分のかぶる破れ笠から棒手裏剣を引き抜いて構えましたよね!
そうなんです! 初代大鼠を「継承」しているのが一目瞭然で、マニアにはたまらない演出でしたよね。
はいっ!! これだから忍者はたまりません。
松本まりかさんが忍びを演じられることに、どれほど真剣に取り組んでいらっしゃったか、動画としてまとめられていますので是非ご覧ください。ましら役の小野瀬悠太さん、大山犬役のキャッチャー中澤さんと共に山田雄司先生の講義を聴講したり、歩き方、走り方、手裏剣の投げ方などを修行する姿もご覧になれます。
こちらもご覧ください。
これからも「どうする家康」で、忍びが大活躍してくれることを期待しています!!
【vol.8 終】
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