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第14章 塔と学院
第441話 塔と学院、水猫

「よっこら、せっ、と……」


 年寄りくさい掛け声とともに、最後に飛竜から降りたのは俺だった。

 飛竜天麻を採取した後、浮遊石を元の場所まで歩き、飛竜に再度乗せてもらって、地上まで帰って来たのだ。


「地面がしっかりあると安心するね。落ちたところで死にはしなかっただろうけど」


 オーグリーがそう言う。 

 先ほどまでいた浮遊石は湖の上に浮かんでいたから、落ちて着水するだけで死ななかったというのは正しいだろう。

 しかしびしょ濡れになるのは間違いなく、さらには泳いで岸まで戻ってこなければならない。

 フェリシーがいない状況なら飛竜の襲撃もあり得る。

 普通の冒険者であれば結果的に死ぬかもしれなかった。

 俺は空を飛べるからどうにでも出来るが、それでもやっぱり沢山の飛竜に追い立てまわされれば分からない。

 無事に戻って来れてよかった、と深く思う。


「ともあれ、これで依頼の一つ目は思った以上にすんなりとクリア出来た。さくさく行きたいところだが……次はどうする?」


 本来であればもっと時間がかかると思っていた。

 飛竜に襲われ、かつそれを退けつつ、飛竜天麻の生えている場所を探す作業があったはずだからだ。

 その全てをフェリシーの存在によって短縮できたことは大きい。

 こうなったのは、フェリシーが村にいたことはもちろんだが、《セイレーン》が村の人々を催眠にかけ、しかしそれを俺たちが救ったことで感謝の気持ちを感じてくれたからだ。

 それを考えると《ゴブリン》一味にありがとうと言ってもいいかもしれない。

 ただ、初めから何か起こるだろう、と予測していたことも勘定に入れるとマッチポンプ感が凄くて申し訳ない気分にもなるが……まぁ、仕方がない。

 

「残ってるのは水猫(アクア・ハトゥール)の生け捕りと、泥魔導人形(ルトゥム・ゴーレム)の泥か粘土の収集だな。どちらも居場所が……湖の周りをうろつくしかないか」


 飛竜と違って特定の住処を持たない存在たちである。

 探し回るしか方法はない。

 そう思って口にした言葉だったが、これにフェリシーが言う。


水猫(アクア・ハトゥール)の居場所でしたら、私、分かりますよ」


「……なにっ!?」


 至極自然というか、何の力みもない言い方で言ったので、ロレーヌは声を上げてしまう。

 気持ちは分かる。

 冒険者ですらどこにいるんだと頑張って探さなければならない魔物の居場所を普通の村娘が知っていると言うのだから。

 まぁ、フェリシーは普通という訳でもないだろうが、異能以外は普通だろう。

 腕力だって全然ないしな。

 都会の娘よりはよっぽど体力があることは、ここまでの道のりで分かっているけど。


「でも、絶対ではないですよ。この間、見かけたので……まだいるかもしれないというだけですけど」


「いや、それは貴重な情報だ。水猫(アクア・ハトゥール)は一度、居場所を決めたらそこまで大きく動くことはないと言われているからな」


 ロレーヌがそう言ったので、俺は尋ねる。


「そうなのか? 猫系統の魔物は大体が一日で何キロ、何十キロも動いたりするものだと思ってたが」


 これは一般的に言われている話だな。

 だから、村や町の近くで凶暴なタイプの猫系統の魔物が見つかったら、警戒を呼びかけたりすることも多い。

 昨日までは隣村の辺りを縄張りにしていたはずなのに、森に入ったら不幸にも出くわしてしまった、なんてこともあるのだ。

 これにロレーヌは頷いて答える。


「確かにな。だが、水猫(アクア・ハトゥール)に関しては性質が猫と言うより精霊寄りなのだ。水の精霊の因子を持つ存在というのは、いわゆる水源など、水のきれいなところに惹かれる、ということは知っているだろう?」


「そういうことか……。特定の水源なんかを一旦見つけたら、そこからは大きく離れないってことかな?」


 オーグリーがロレーヌの言葉を解釈して言うと、ロレーヌは頷いた。


「ああ。だから、フェリシーの話は貴重だ。案内を頼めるか?」


 ロレーヌがそう言う。

 あくまでお願いなのは、フェリシーの異能が効く飛竜しかいないここであるのならともかく、これから行こうとしているのはそうではない場所だからだ。

 もちろん、俺たちはフェリシーの身を最優先にして守るが、どんなに強い冒険者でも危険に対して絶対、ということはありえない。

 無理強いできることではなかった。

 最悪、大まかな場所を聞いて、探し回る、でも構わないしな。

 しかしこれにフェリシーは、


「はい、もちろんご案内します。こちらですよ」


 とあっけらかんとした様子で歩き出した。

 その様子に俺たちは慌ててついていきつつ、話す。


「……危機意識がないのか?」


 ロレーヌがそう言ったので、俺は、


「いや、先日行った場所だと言うし、そこまで危険じゃないと分かってるからじゃないか?」


 と答えた。

 もっともらしい推測であり、可能性は高そうだ。

 続けてオーグリーは言う。


「それもあるだろうけど、僕たちのことを信じてもくれているんじゃないかな。じゃなきゃあそこまで簡単には頷いてくれないと思うよ」


 確かにその通りで、この言葉に俺とロレーヌは言う。


「何かあったらしっかりと守らないとならないな。俺たちには色々後ろ暗いところもあるわけだし」


「……魔術で強めの《(シールド)》を張っておこう。せめて無傷で戻さんとならん」


 ◇◆◇◆◇


「……本当にいたな」


 そう呟いたのは俺である。

 目の前には、確かに水猫(アクア・ハトゥール)がいた。

 その姿は、体全体が水で構成されている、透明な猫である。

 しかし、その仕草は猫そのものだ。

 手をぺろぺろと舐め、顔をあらっている。

 しかも一匹ではなく、複数いた。

 ペトレーマ湖の水源の一つであろう、少し高くなった岩の隙間から水が染みだし、そしてそれが溜まって透き通った小さな泉を作り出しているところがあり、そこに屯しているのである。

 猫好きであればいつまでも見ていたい光景であろうが、しかしそんなわけにもいかない。

 俺たちは依頼を受けた冒険者である。

 さして人に危害を加えない魔物であっても、とって来いと言われたらとってくるのである。

 あくまでさして、であってまったく、というわけでもないしな。

 

「じゃあ、手筈通りに頑張るとするか」


「僕たちが追いかける、と……追い込む場所は……」


 地図を片手に概ねのルートを確認すると、


「頑張ってください!」


 ここまで案内してくれたフェリシーのそんな言葉を背に、水猫(アクア・ハトゥール)のところに駆けだしたのだった。

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