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そして伝説へ…引退・羽生結弦が紡いだ”芸術のバトン”

日野百草連載 ファンしか知らない羽生結弦

目次

羽生結弦…ウクライナ、ロシアからの美しすぎる系譜

 かつて、ヴィクトール・ペトレンコという男子フィギュアスケーターがいた。ロシアの伝統バレエを体現するかのような美しい滑りだった。

 ペトレンコはソヴィエト連邦(以下、ソ連)時代からの選手で、ウクライナのオデーサ出身。ソ連代表として1988年のカルガリーオリンピックでセルゲイ・チェトベルヒン(1972年札幌・銀メダル)以来の銅メダルを獲得、ソ連崩壊後の1992年、旧ソ連諸国がIOCから認められないために結成したEUN(旧ソ連の統一選手団)の一員として参加したアルベールビルオリンピックでロシア・ソ連時代を通じて初の金メダルを同国にもたらした。2022年3月、ロシア侵略戦争において、戦禍のオデーサのアパートメントビルの地下に避難していると伝えられた。

 このペトレンコに憧れたのがエフゲニー・プルシェンコである。彼もまた「大ロシアの子」として2006年トリノオリンピックの金メダリストとなった。ペトレンコの伝統的な美しさに、さらなる芸術と技術とを合わせ持ったカリスマとなった。

 そしてそのプルシェンコに憧れた日本人こそ、羽生結弦である。フィギュアスケートの美と芸術、技術、すべてはこの日本人青年に受け継がれた。

欧州で生まれたフィギュアスケートを日本人が受け継ぎ、完成させた

 2014年ソチ、2018年平昌と2大会連続の金メダルを成し遂げ、男子シングル唯一のスーパースラム(五輪、世界選手権、グランプリファイナル、四大陸、世界ジュニア、ジュニアグランプリファイナル)の達成者となった。フィギュアの芸術性はこの日本で、羽生結弦によって完成を見た。「羽生結弦はなぜ凄いのか」は、ヨーロッパで生まれたフィギュアスケートという「氷上のバレエ」を日本人が受け継ぎ、完成させたことにある。

 この流れはもはや「芸術のバトン」といってもいい。

 歴史に名を残すスポーツ選手は「記録の人」「記憶の人」「結果の人」の3つに分かれる。これらに「時代の人」という要素が加われば「伝説の人」になる。

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この記事の著者
日野百草

1972年、千葉県野田市生まれ。日本ペンクラブ会員。出版社勤務を経てフリーランス。国内外における社会問題、社会倫理のノンフィクションを中心に執筆。ロジスティクスや食料安全保障に関するルポルタージュ、コラムも手掛ける。2018年、評論「『砲車』は戦争を賛美したか 長谷川素逝と戦争俳句」で日本詩歌句随筆評論協会賞奨励賞を受賞。

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