日テレは3カ月張り込み、NHKは現地に行かずパソコンで…対照的だった「北朝鮮」スクープの取材手法
ベールに包まれた国・北朝鮮。今回、NHKと日本テレビが、それぞれ新旧の調査報道の手法を駆使してスクープ合戦を繰り広げたので紹介したい。前者は北朝鮮のミサイル開発、後者は経済制裁で封じられているはずの外貨稼ぎの実態を暴いた報道である。【水島宏明/ジャーナリスト・上智大学文学部新聞学科教授】
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新しいジャーナリズム…“オシント”によるスクープ
1月14日に放送されたNHKスペシャル「調査報道・新世紀 File2 北朝鮮 極秘ミサイル開発」は、北朝鮮の軍事的な脅威に、新しい調査報道の手法で迫った番組だった。
その手法は通称“OSINT(以下、オシント)”と呼ばれるものだ。公開されたオープンソースのデータを分析する“オープン・ソース・インテリジェンス”のことで、これまでの調査報道のように取材者が現地に赴いて関係者らにインタビューすることはしない。パソコンを駆使し「外から」実態を明らかにするスタイルだ。
SNSが発達し真偽不明の情報が大量に生まれる現代社会だが、ネット上のあらゆる情報に加え、衛星画像やGPSデータなど様々なデジタル技術を組み合わせることで、オシントは今まで見えなかった真相を明らかにしていく。
北朝鮮は指導者である金正恩総書記の動静が時折伝えられるものの、市民生活などの情報は秘されている。潜入して取材することも困難であり、秘密のベールに包まれた国といえる。そこで、NHKはオシントを駆使する世界各国の北朝鮮ウォッチャーたちと手を組んだ。
たとえば、様々な事象を3Dで可視化することを得意とするITエンジニアの草薙昭彦さんは、これまで250発以上の北朝鮮のミサイル軌道を可視化してきた。
上昇したり、低空を飛んだりと、ミサイルが多様化し「より対処のしにくい感じの実験がどんどん行われている」と現状を話していた。中でも2022年に北朝鮮が発射実験に成功したと発表した極超音速ミサイルは、可視化がとりわけ難しかったそうだ。音速の5倍以上で飛び滑空することで、迎撃が極めて難しいとされる兵器だ。番組では、オランダ在住の大学准教授のラルフ・サベルツベルク氏が“オシント”によって得た情報によってエンジンや先端部分を検証、分析したデータからミサイルの軌道を再現してみせた。
米国のカリフォルニア州の大学教授ジェフリー・ルイス氏は、安全保障研究の権威でオシントの先駆者として知られているが、彼が分析したのは北朝鮮の国営テレビの過去のニュース映像だった。金正恩総書記が視察に訪れたという機械工場、その映像にわずかに映り込んだ工作機械を手がかりに、ミサイルのエンジン開発に欠かせない「インペラー」という部品に注目。機械工場には、インペラーを作ることができるヨーロッパ企業の工作機械によく似た機械があったのだ。
制裁で輸出が禁止されているはずの機械だ。ヨーロッパ企業に問い合わせると、輸出していないという。しかし、その会社が以前、生産を委託したことがある台湾企業の製品と似ているという指摘を得た。件の台湾企業はすでに廃業していたものの、元代表が中国で工作機械を作る企業の社長を務めていることを取材班は突きとめる。
結果、高い性能の工作機械が北朝鮮に渡っているという事実が明らかになった。企業が法や規制を守ろうとしても技術は拡散するという実態だ。
イギリス王立防衛安全保障研究所のオシントチームでは、長年追跡するロシアの船舶が一時的に通信を消すあやしい動きにも注目していた。衛星写真によると、北朝鮮の港で武器弾薬を積んだ船が、ロシア国内に運ばれている。オランダのオシントの専門家も、オープンデータから、北朝鮮製の武器弾薬がウクライナ侵攻の初期段階から使われていた疑いが濃厚だと指摘していた。
ロシアとの連携を強める北朝鮮の脅威が、新たな次元に入っていることがはっきり見えてくるスクープ番組だった。
外貨稼ぎをする北朝鮮の労働者を追う 根性の張りこみ取材
日本テレビ「真相報道 バンキシャ!」(1月21日)は、北朝鮮の極秘活動をカメラが捉えることに成功していた。
核とミサイル開発に突き進む北朝鮮は、莫大な資金を得るため外貨を稼ぐ部隊を海外に派遣しているとされるが、その実態は明らかになっていない。外貨稼ぎは国連の制裁で禁じられている。
今回、日本テレビは、中国・北京のワンジン地区にある外貨稼ぎの拠点を特定した。あちこちにハングル表記があり、韓国の食材やファッション店が密集するコリアタウンのマンションの内に、北朝鮮の拠点があったのだ。
男たちが潜伏するマンションの近くに取材班が張りこむこと3カ月――。窓から撮影していると、上半身裸の複数の男たちが共同生活をしていることがわかってきた。時にスーパーへ買い出しにも出ていたが、買い物にも慣れていないようだ。どうやら彼らはIT技術者であるらしいことも判明する。セールス資料を入手するとそこには「あらゆるハイテク製品を最短期間・世界で最安・最高の技術レベルで開発することを約束します」と強気な売り文句がある一方、会社名や国名は記されていない。製品を売り、外貨を獲得しているわけである。
中国人男性との商談の様子も映像で記録できた。
(中国人男性)
「いちばん自信がある製品は?」
(監視役)
「顔で…開いて…」
(中国人男性)
「ああ、顔認証。自動的にドアが開くやつか。近いうちに会社の資料を送ってくれるかな。私に製品化をまかせてくれる? 大事なのは儲かることだ。一緒に金を稼ごうじゃないか」
NHKのオシントとは対照的に、日テレの取材班が行ったのは、拠点と思しきマンション周辺での隠し撮りだ。IT技術者たちの動きを映像と音声で記録するという、伝統的な調査報道の手法といえる。
身元を偽装した北朝鮮のIT技術者が、日本の自治体で仕事を請け負った事例も報告されている。拠点は頻繁に変わるため、事実上は野放しになっている実態があるという。こうしたやりかたで得た外貨が、ミサイルなどの兵器開発の資金源になっているのであれば、国連の経済制裁は抜け穴だらけだということがわかる。
オシントはNHKの独壇場に? 民放との棲み分けでよい報道を
NHKスペシャルの「調査報道 新世紀」シリーズでは“オシント”を駆使した新しいジャーナリズムの可能性を探ろうとする姿勢が明確だった。この分野では、今のところNHKの独壇場ともいえる状況になっている。
国際的にはオシントをめぐっては実践的な取り組みが行われている。オシントはヨーロッパの調査集団「ベリングキャット」が2017年頃から本格的に取り組んだことで知られるようになった。NHKは「デジタルハンター ~謎の調査集団を追う~」(2020)というBS1の番組でいち早くこの取材方法を紹介したほか、軍事クーデターが起きたミャンマーで、国民が海外の同胞と協力しネットの力で抵抗する姿を報道する「緊迫ミャンマー 市民たちのデジタル・レジスタンス」(2021)などでオシントを駆使してきた。他にも「ワグネル反乱 変貌するロシア軍」(2023)など、NHKスペシャルを中心にオシントを駆使した調査報道に取り組んでいる。
もっとも日本国内のメディアでは、NHKだからこそできる取材方法といえるだろう。公共放送として調査報道を中心とする本格的な報道番組「NHKスペシャル」があること、オシントの手法に取り組む専任スタッフも存在するなど、制作費や人材や時間をかけることができる組織だからこその取り組みだと言わざるをえない。
NHKに比べれば資金的にも人材的にも制約がある民放では、オシントはまだまだ敷居が高く、手を回す余裕はないというのが現状だろう。今回の日本テレビのように、昔ながらの「張りこみ取材」の一点突破主義で小さなスクープを積み重ね、ニュース番組などで部分的に小出しにするしかないというのが現実的なところではないか。
日本テレビの「張りこみ取材」のような、現場を見つめるからこそわかるものもある。今回の「バンキシャ!」のスクープでは、監視役に常に見張られている北朝鮮IT技術者たちのぼやきや、自分の家族について世間話をしている場面も記録されていた。そこからは、彼らも自由がない環境に置かれ、国家の命令で動かされているらしいことも伝わってきた。
新旧のいろいろな手法での調査報道には、どちらにも一長一短はある。それぞれ補い合って、知られざる北朝鮮について視聴者に知らせてほしい。
NHKと日本テレビの今回のスクープでは、北朝鮮という国がいつの間にか非常に大きな脅威になっており、身近に迫っていることを改めて知らされ、愕然とした。こうした事実はまだ広く知られていないのではないだろうか。テレビを始めとする報道機関は、今まで以上に力を入れて報道してもらいたいものだ。
水島宏明/ジャーナリスト・上智大学文学部新聞学科教授
デイリー新潮編集部