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第14章 塔と学院
第407話 塔と学院、神具

「……それで、王杖の製作は受けてもらえたのですか?」


 それが一番重要なことだろう。

 それさえ出来ているのなら、これからのこのヤーランのことはそれほど心配することはない。

 杖が出来次第、それを国王陛下に使ってもらうようにすれば、これ以上、寿命を削るようなことはない。

 今のまま、劣化した王杖を使いつづければもって一年、という話だった。

 もともとはあと十年は政務を問題なくとり続けられる程度には元気だったというのだから、杖さえまともになればそれに近いくらいには生きることが出来るだろう。

 多少短くとも、国としてとれる選択も増える。

 あと一年足らずで国王陛下が崩御し、王位継承者同士で骨肉の争いが繰り広げられるよりはましな未来が待っていることだろう。


 この俺の質問に、王女は頷く。


「……はい、一応は。ですが……条件を付けられました」


 そう簡単に行くはずがないか、と思うと同時に、一応は受けてくれたらしいことに驚く。

 エルフと言えば排他的で人とはあまり仲良くしないと言うイメージが強いからだ。

 ……以前会った、例外的なエルフが一人いるが、あれはおそらくはエルフ界の変人と言う奴だろうと思っている。

 軽くて適当な性格をしていたからな。

 あれは決して一般的なエルフとは言えないだろう、と流石の俺でも分かる。

 

「条件ですか……それは一体どのような? 領土を割譲せよとかでしょうか?」


 オーグリーが少し考えてからそう尋ねる。

 エルフが欲するもの、というのはよくよく考えてみるとあまり浮かばない。

 人とは価値観が異なるからだ。

 金銭や土地というのは分かりやすい財産だが、果たしてエルフがそんなものを欲しがるかと言うと……ないな、ということになる。

 だからオーグリーも本気で上げたわけではないだろう。

 あくまで一例として言って見たに過ぎない。

 実際、王女は首を横に振った。


「いいえ。そのようなものは望まれませんでした。彼らが望まれたのは、大きく分けて、二つです。一つが、王杖の素材については自分で集めること。これは条件と言うよりも、必要なことと言った方がいいでしょうね。もう一つは……。その前に、皆さんは聖樹をご存知ですか?」


 まずは王杖の素材か。

 それが何なのかは気になるが、とりあえず質問の方に答えた方がいいと思ったのだろう。

 ロレーヌが頷いて答える。


「ええ。古貴聖樹国と言うくらいですから……エルフたちが守り敬う、あの国の要である樹木のことですね。残念ながらこの目で見たことはありませんが……強大な聖気を宿し、その葉一枚ですらとてつもない価格で取引されている……冒険者風に言えば、金の生る木でしょうか」


 若干、品のない言い方になるが、俺たちからするとまさにそのようなものだ。

 エルフからすると不敬だ、という話になるのかもしれない。

 ここにエルフがいたら言えない台詞だな。

 

「そうです。人族でそれを目にしたことがある者は、私たち、ヤーランの王族くらいしかおりませんでしょう。私も、昔一度だけ、陛下に連れられてかの国を訪ねたとき、見たことがあるだけです……」


「……そのような交流が」


 ロレーヌがこれに驚いた表情だ。

 どういうことか、と思って彼女の方を見れば、耳元に口を寄せ、


「……エルフたちはどのような国の王族であっても、聖樹を見せることはないと言われているからな。帝国の皇帝ですらそれを強制することはできなかった。やろうと思えば出来ただろうが、それすなわち戦争だ。まぁ、エルフからするとそれだけ重要な樹木なのだろう……」


 と教えてくれる。

 ということは、ヤーラン王族はエルフたちと仲がいい、ということだろうか?

 それとも国王個人だけだろうか。

 いや、ジア王女が一応、古貴聖樹国に入ることが出来、王杖の製作を依頼出来ていることから考えても、王族そのものとある程度、仲がいいと考えるべきだろう。

 そもそも、その王杖も、古い時代とはいえハイエルフから贈られているのだ。

 何かしらの縁が、そこにはあるのだということは想像に難くない。

 王女は続ける。 


「実際に目にしてみて、なるほど、このような樹木ならば確かに信仰の対象に値する、と思いました。わたくしは東天教徒ですから、聖樹を信仰するというわけには参りませんでしたが……その輝き、存在感、そして清浄な気配は、まさに神々の一柱だと言われても納得の行くような……そんな樹木でした」


 神とは何か、と言われると定義はその教義によって異なる。

 だから一概にこうとは言えないが、王女は聖樹に何か超越的な気配を感じたらしい。

 この世界には、目の前にすると黙り込むしかないような存在が色々とある。

 俺が出遭った龍もそうだ。

 聖樹が、そのようなものの一つであることは間違いないのだろう。


 だが、その聖樹がどうしたのか。

 気になって話の続きを待った。


「……一部のエルフには、聖樹の声も聞こえるようです。特にハイエルフには明確な言葉が聞こえることもあると……」


「それは初めて聞きました」


 これもロレーヌの言葉だ。

 彼女の知識量はここにいる者の中では一番だろうと思うが、そんな彼女ですら知らない事実がポンポン出てくる。

 王女の話していることが、秘中の秘であることは明らかだ。

 仮に彼女のお願いを聞いたところで俺たちは生きていられるのだろうかという気分になってくる。

 ここまで聞いてしまった以上、もうどうしようもないのだが……。


「わたくしもつい先日まで知りませんでした。聖樹の声は、エルフたちには歌っているように聞こえると言うことです。それを譜面に落とし、曲を作るのだともおっしゃっておられました。確かに、古貴聖樹国の外にいるエルフたちのほとんどは楽器を持って旅をしておられますし、彼らの奏でる音楽は不思議な響きのものが多いです。そのルーツが分かって嬉しく思いました」


 エルフの楽師、というのは確かにたまにいる。

 あまり一か所に腰を落ち着けることはなく、酒場で数日から一月ほど歌って路銀を稼ぐといつの間にかどこかにいなくなってしまうことが多い。

 会話もあまりうまくないというか、朗々と歌を歌う割に、話を振られてもそっけない人々が多いので細かいことを尋ねられる機会は少ない。

 彼らの歌う歌は、聖樹から由来していたのか……。

 その事実は興味深いが、今はそれはいい。


「……少し話がずれました。聖樹、そこから聞こえる言葉……とはいえ、それは滅多にないことだそうですが、それが最近、聞こえたということです。それは概ね、このような内容だったと……『人族が神具を持った者と縁を持つ。その者をここに連れてくるように』と」


 唐突に口にされたその言葉に、ロレーヌとオーグリーは俺の仮面を凝視し、俺は俺で仮面に手をやった。

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