「……皆さんにお願いがあります。どうか、私に力をお貸ししていただけないでしょうか?」
ナウスと目配せしてから、しばらくの逡巡した後、ジア王女殿下はそう言って俺たちに頭を下げる。
ヤーランと言えども身分制度はしっかりと存在している。
下級貴族と平民とかであればほとんど同じレベルで話すこともあるだろうし、酔狂な高位貴族であれば山の民と混じって木こりをしているなんてこともないではない。
しかしそれでも、王族が冒険者にしっかりと頭を下げ、何かを頼む、ということは基本的にありえない。
それなのに王女殿下は今、それを行っていた。
これに俺たちは慌てて、
「王女殿下、頭をお上げください……!」
と口々に言ったが、これで結構頑固なようだ。
中々上げなかった。
もちろん、この感じはこれから面倒くさいことになるぞ、という予感を覚えないでもなかったが、どうしようもない。
権力に物を言わせて何かをさせようとしているわけではないだけ、まだいいかと思うしかない……。
そんなことを考えつつ、俺たちはとりあえず王女殿下の話を聞く。
「……お願いとおっしゃられましても……まず、その内容をお聞きしなければ……。まさか、虹の袂を探してくるように、とか、龍の糞を持って来るように、などといったことであれば流石の我々でもいささか難儀しますれば……」
オーグリーが冗談めかしつつも先を促す。
虹の袂なんて見つけようがないし、龍の糞もまた、ない……わけでもないか?
俺が龍の糞みたいなものだしな。
食われた後どこから出たのかは分からないが……可能性としてはゼロではない。
……考えない方がよかったかもしれない。
「あぁ、そうですわね。申し訳ありません。気が急いてしまって……」
「いいえ。しかし、先ほどレントが仮面を“神具”であると言ったことについて、何か気になっておられた様子でしたが……」
オーグリーがさらに質問を続けた。
確かにそこからだな。
話と言うか、空気がなんだかおかしな感じになり始めたように思えたのは。
王女は言う。
「少し、お話が長くなるかもしれません……お付き合いいただけますか?」
これに、俺たち三人は間髪入れずに頷く。
頷く以外にしようがないし、ここで聞いておかないと後々また何か問題になりそうにも思えるからだ。
聞くこと自体が問題だ、という感覚もあるが……ここまで来たら聞くしかない。
「では……」
そして、殿下は話し始めた。
◇◆◇◆◇
「現在のヤーラン国王陛下のことはご存じですか?」
まず質問から始まったそれだが、これにはロレーヌが答える。
「ええ……カルステン・リション・ヤーラン陛下ですね。確か今年で御年……六十五でいらっしゃいましたか」
「その通りです」
……名前はともかく、年まで覚えているのが流石だ。
しかし、そこそこ高齢だな。
国王と言うのは大体六十に行く前に死んでしまうことが多いから……理由は色々と物騒な感じである。
寿命で死ねる国王と言うのは幸せだが少ない。
ただ、ヤーランの国王というのは結構な数が寿命や持病……本当の意味での持病で亡くなることが多いらしい。
まぁ、この辺りは国から発表されているだけだから本当にそうなのかどうかは俺たちみたいなのには確認しようがないところだけどな。
「未だにお元気で、精力的に政務を行っておられます。これからもそうされ、少なくともあと十年は問題がないだろうと言われておりました」
あぁ、これはまずいぞ。
一般平民が容易に知ってはいけないことを今からこの人は口にするぞ。
そう思ったが、止めようもない。
ちょっと待って!
というのも不敬だし、ちょっと待ってもらってもどうせ言うだろしな。
そういうわけで、俺たちは王女の台詞の続きを聞く。
「ですが、ここのところ国王陛下のご体調は思わしくなく……このままでは、一年も保たないかもしれないのです……」
……聞いてしまった。
もう俺たちは王宮から出れないんだ。
どこかの牢獄に繋がれて、しくしく泣きながらあんまりおいしくない固いパンを食べながら一生生きていくんだ……。
という気分になりかける。
が、その心配は恐らくないことは分かっている。
そうするんだったらそもそも最初から何も教えなければいいだけの話だしな。
まぁ、殿下のお願い、とやらを断ったら国王陛下崩御までそういうのに近い生活をさせられる可能性もないではないが……。
たぶん大丈夫だろう。
いざとなったら王都の外まで逃げて転移魔法陣を使ってどっか他の国へ逃亡してしまえばいい。
ヤーラン程度の国の王族に、他国に逃げた人間をくまなく探すような能力がないのは分かってるしな……っていうのは馬鹿にしすぎかもしれないが、そこまでして探すような価値があると考えるとも思えない。
「……それは、一体なぜ……?」
ロレーヌが尋ねる。
なぜなら、おそらくそれが殿下のお願いの核心に関わることだろうことは想像がつくからだ。
どうかかわってくるかは分からないが……。
殿下はロレーヌの質問には直接答えず、続ける。
「この国には、国王が王位を継ぐ際に受け継ぐべき品が二つあります。王冠と、王杖です」
「……あぁ、見たことがありますね。神殿で公開されていたことがあったので……王冠の方は装飾が美しい品だったのを記憶しています。王杖は……なんというか、思いのほか、簡素なものだったような」
オーグリーがそう言う。
「ええ、そうです。そのうち、王冠の方は古い時代、高名なドワーフの名工が作り上げたもの。そして王杖の方は……ハイエルフから贈られた品なのです」
ハイエルフ。
それはエルフたちの国、古貴聖樹国を治める、人族でいう王族に当たる者たちのことだ。
人族の王族と異なるのは、通常のエルフとハイエルフは種族的に上下の関係にあるということだろう。
人族の王族は、種族的には平民となんら変わりがないからな。
加えて、恐ろしく長命で数々の歴史に関わりがあるため、存在自体が敬われているというのもあるだろう。
ただ、その歴史を色々ひも解いてみると、人族がエルフを奴隷化しようとハイエルフと敵対したこともあるし、宗教的な対立からハイエルフという種族そのものを人族の下に置かれるものだ、と言いながら喧嘩を売ったりしたこともあるという事実も出てくる。
単純な関係ではないのだ。
しかし、彼らが優れた魔法工芸技術をもっているのは確かで、彼らが作り上げた、と言われる様々な宝物が世界のあらゆるところに存在している。
ヤーラン国王の持つべき王杖というのもそういった宝物のうちの一つなのだろう。
「そのような由来が……しかし、それが一体国王陛下のご体調と何の関係が……」
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