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第14章 塔と学院
第378話 塔と学院、ウルフのお願い


「……よう、なんだか久し振りな気がするな。レント」


 そう言いながら、にこやかな表情でこちらによってくる冒険者組合長ギルドマスターウルフである。

 ぱっと見、冒険者組合の最高責任者であるにもかかわらず、その組合員である銅級冒険者にも気を遣い、話しかけようとする良き冒険者組合長ギルドマスター風だが、その内実は獲物を見つけた肉食獣か何かのようにすら見えた。

 空気というか、表情というか、その辺りから圧力を感じる。


「……では、私は仕事に戻りますので」


 俺と同様にそれに気づいたのか、さっさとその場から逃げ出したシェイラである。

 なんて薄情な、と言いたくなったが、まぁ、彼女が従うべき一番上の上司であるからして、今俺と一緒に居続ければ、何かの説得を手伝わされるかも知れない、と察したのかも知れない。

 そう予測してそそくさと去ったのであれば、むしろ慧眼と言えなくもない……いや、そこまで考えてないか、さすがに。

 

「ああ、久しぶりだな。冒険者組合長ギルドマスター。しかし、ずいぶんと忙しそうだ」


 ウルフの抱える大量の書類に視線を向けながら、俺がそう尋ねると、ウルフは頷いて、


「ああ、まぁな。《塔》も《学院》も冒険者組合ギルドを部下か何かと勘違いしてるみたいでな。仕事が山のように積上がってきてるんだ」


 実際のところ、冒険者組合ギルドという団体は、それぞれが存在している自治体……国や地域の管理下にはあるが、全くの行政組織と言われるとそういうわけではない。

 むしろ、独立して存在しているが、国や地域が制限を入れている感じになるだろう。

 その気になれば、冒険者組合ギルドは全世界規模で活動できる武力団体になってしまうからな。

 そうならないように国や地域がコントロールしている……と言われている。

 だからこそ、同じ冒険者組合ギルドと名乗ってはいても、国を跨ぐと情報の共有がされていないことが多い。

 たとえば、俺がこのヤーラン王国マルト冒険者組合ギルドの冒険者証を持って、帝国の冒険者組合ギルドに行ったとしても、把握されるのは冒険者証に書かれている内容くらいで、他の細かな情報については確認されないと言うか、出来ない感じになる。

 いろいろと身分について詳しく明かしたくない俺からするとありがたい扱いだが、冒険者組合ギルドを実際に切り盛りしている立場からすると、面倒なのだろうな。

 ウルフの発言の意味はつまり、国の団体ってわけじゃないのに遣いパシり扱いされるのに腹が立つ、という話なのだろうから。

 まぁ、しかしそういうことなら……。


「忙しくしてるところ、冒険者組合長ギルドマスターを俺が独り占めするのは悪いな。冒険者組合ギルドの仕事を変に増やすのも申し訳ないし、今日のところは家に戻って、ゆっくりとしていることにするよ……」


 そう言って踵を返し、冒険者組合ギルドの出口に向かおうとした俺である。

 けれど、そんな俺の腕が次の瞬間、がしっ、と強力な腕力で捕まれる。

 魔物の体になって、だいぶ上昇した身体能力ですら、容易には抗えない、かなりのパワーだった。

 冒険者がもう出来ないなんて、嘘だろうなー……とつい思ってしまうくらいの力である。

 振り返ると、そこで俺の手をつかんでいるのは、やはり想像通りの人物である。

 手に持っていた書類は地面に投げ捨てられ、それをどこからともなくやってきた冒険者組合職員たちが死んだ顔で拾っているのが見えた。

 いつものことだ、という諦めからか、それとも今の冒険者組合ギルドの激務で顔色にまで影響が出ているからか。

 ……まぁ、その両方か。

 と、俺が答えを出したところで、ウルフが俺に怖い笑顔でいう。


「まさか、この状況で休日を満喫出来ると思っちゃいねぇよな? レント……いや、冒険者組合職員、レント・ヴィヴィエ」


 俺の名前を言い直した意図など、説明せずとも自明である。

 とはいえ、だ。

 俺は無駄だろうとは思いつつ、一応言い返してみることにした。


「……無理なときは無理って、断ってもいいって約束だったよな?」


 そう、俺が冒険者組合ギルド職員などという面倒くさそうな地位につくことを、一応は了承したのは、そういう約束があったからである。

 それをよもや約束した張本人である貴方が忘れているわけがないだろうな、という意味の台詞だった。

 しかしウルフは、ちらっ、と周囲の冒険者組合職員たちに目配せして、それから俺に言う。


「……仲間たちがこんなに大変そうにしているんだぞ? ここは、一肌脱いでやろうっていうのが男じゃないのか?」


 ウルフから周囲の冒険者職員たちに視線を移すと、全員が泣き出しそうか、懇願するような表情で俺を見ていた。

 お前等は劇団か何かか、と言いたくなるような息の合い方である。

 もうかなり断りにくい。

 しかしそれでも俺は往生際悪く、


「……いや、でもな……ほら、忙しいからこそ、業務に慣れてない臨時の手伝いなんていても足手まといってことも……」


 と言い募るも、ウルフは、


「なるほど、それならお前専用の仕事を用意してやればそれでいいわけだな。ちょうどいいのがあるんだ」


 といい笑顔で言った。

 

「……なんでそんなものが」


「別に事前に準備してたとかいうわけじゃねぇぜ? というより、処理に困ってた話が一つあってな。それだけなんとかしてもらえるだけでも、本当にだいぶ楽になるんだ。助けると思って……頼むよ」


 と珍しくウルフにしては本当に困ったような雰囲気である。

 ここまで言われて、さすがに断ろうとはあまり思えなかった。

 それに、実際問題、今の俺はそこまで忙しくないしな。

 だからこそここにやってきたのだから。

 まぁ、やらなければならないことはある。

 なにせ、一度、王都に行かないといけないからな……ある程度落ち着いてから、と思っていたが、この街の状況を見るに、早いところ行っておかなければ時間がどんどんとれなくなってしまいそうだ。

 そうなると、俺やロレーヌはともかく、王都のオーグリーに相当な迷惑がかかる。

 ……今現在進行形でかかっているかもしれないが。

 ま、それはまたあとで、ということにしておいて、俺はウルフに言う。


「分かった、分かったよ……で、俺はいったい何をすればいいんだ?」


「おぉ! さすがレントだぜ。詳しい話はここでするのもなんだからな。こっちに来てくれ」

 

 瞬間的に表情を変えて、ウルフは執務室へと進んでいく。

 

 ……さっきまでのは演技か……?


 釈然としない、そんな思いを抱えながら、俺はそれでも一旦引き受けた以上は仕方ないかと、ウルフの後に続いた。

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