「そろそろ本業の方に精を出そうかな……」
俺がそう思ったのは、馬車乗り場でのいざこざがあってから、大体三日後のことである。
ここ数日、マルトにおけるこの前の騒動──巷ではマルト大乱とかマルト迷宮事変とか冗談混じりに言われ始めているようだが、そのほぼ中心地にいたせいか精神的に疲れていた俺である。
身体的にはやはり、どんな仕組みで動いているのか未だにさっぱり分からないが、不死者であるお陰か、はぁ疲れたなぁという気はまるでしないのだ。
だが、それでも少しくらいは休養を取りたいな、と思ってだらだら過ごしていたのだ。
しかし、もともと人間だったときから休みなどほとんど取らずに、勤勉に働いてきた俺である。
三日も休めばそろそろ体を動かしたくなってきたというか、誰に急かされているわけでもないのに妙な罪悪感のようなものを感じ始めていた。
もしかしたらただワーカホリックなだけなのかもしれないが……まぁ、働かないよりはいいだろう。
しかし、そうは言っても、この三日、全く何もしていなかった、というわけでもない。
リナと軽い訓練をしたり、ということくらいはしていた。
一切体を動かさないと言うのはそれこそ現役の冒険者としてよろしくないことだと思っているからな。
それをしてしまうと、元の勘を取り戻すのに数日かかってしまうから……。
とはいえ、それはしっかりと生きた体を持っていた頃のことで、今も果たしてそのような人間的な性質を俺の体が持っているのかは謎である……。
一度、試してみてもいいかもしれない。
「本業か。まぁ、こないだの騒動で十分に冒険者として働いたと言えるし、無理する必要もないと思うがな」
ロレーヌが朝食に手を伸ばしつつそう言う。
確かにそうとも言える。
あれは
「それもそうなんだけど……《学院》に加えて《塔》の人間も昨日、街に来ただろう? 今の
そう言うと、ロレーヌは納得したようで頷く。
「なるほど。《塔》の者たちも《学院》の人間と同様、冒険者を求めに
「やっぱりロレーヌもそう思うか?」
俺の質問に、ロレーヌは、
「ああ……まぁ、《学院》はなんだかんだ言って生徒が大半だし、教授たちに関しても生徒の保護に重きをおいているから、大した心配はいらないだろうが……《塔》の方はな。どこの国でもああいう連中というのは自分のこと以外見えていない部分がある。私も人のことは言えんのだが……冒険者とは反りの合わないところが少なくないだろう」
「だよなぁ……」
俺もそこが心配で、ちょっと
双方大人なので、喧嘩になんかならないだろう、揉め事など決して起こらない、などと言えればいいのだが、そんな希望通りにいくはずがない、というのはなんとなく想像がつくだろう。
冒険者は叩き上げの荒くれ者の集団だし、《塔》と言えば良くも悪くも選良だけで構成される世間知らずと見られることが多い。
もちろん、どちらの評価もすべて正しい、とは言えないのだが、集団の性質をよく表しているのは事実だ。
今の
「とはいえ、いきなり殺し合いとかしてるわけもないだろうしな。ま、気楽な気持ちで行ってみればいいさ」
ロレーヌはそう言って笑った。
◇◆◇◆◇
「……んだとてめぇ、もう一度言ってみろ!!」
「何度でも言ってやりましょう! 昨日の探索の失敗はあなた方冒険者が悪いと! せっかく信頼できる、と
怒号が
今にも殺し合いでも始まりそうな雰囲気に、俺は頭を抱えたくなる。
「……これは……予想以上だな……」
俺が、
「仕方ないでしょうね。《塔》の人々がいらしてから、ずっと
とことこと気づいて横にやってきたシェイラがそう言った。
「本当に大丈夫なのか? 止めなくても」
もちろん、そこで起こっている言い争いのことだ。
これにシェイラは少し眉根を寄せてから、
「……たぶん」
と心許ない返答をする。
実際、しばらく見ていると、冒険者と《塔》の者と思しき人間との言い争いは徐々に収束していき、最後には、
「……いや、申し訳ありませんでした。言い過ぎました。あまり調査の結果が芳しくなくて、気が立っていたのです。昨日は十分にやってくれたと……」
「こっちも怒鳴りすぎた。一人怪我させちまったのは俺たちの責任だからな……あいつはもう大丈夫なのか?」
「ええ、治癒術をかけ、一日休めば大丈夫だろうと……」
そんな感じに落ち着いていた。
「しかし、こんなのが毎日じゃ、
俺がシェイラにそう尋ねれば、彼女は頷いて、
「それはもう。特に、
「ウルフが? それはまた……」
確かにこんな状態の
迷宮関係の諸々の仕事に加え、さらに《塔》やら《学院》やらの要求にも応えていかなければならないのだから。
この間からずっと、働きづめと言うことになる。
……死ぬんじゃないか?
そうなると俺の仲間入りか。
あとで死んだ後の心得でも教えてあげようかな……。
などとふざけたことを考えていると、
「……はぁ……ええと、こいつは……こっちで、これは……」
ぶつぶつとつぶやきながら、上階からウルフが降りてくるのが見えた。
その手にはいくつもの書類や羊皮紙が抱えられ、歩きながらそれを分類しているようだ。
机の上でやれという感じだが、その暇すら惜しいのかも知れない。
そんな彼が、首を痛めているのかぐるぐると首を回して鳴らしたところで、視線が俺のところで止まった。
その視線が、どことなくうれしそうで……こう言ってはなんだが、なんだか少し、いやな予感がした。
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