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第13章 数々の秘密
第315話 数々の秘密と、吸血鬼の少年少女

 ――意外なことに、善戦しているな。

 

 救出し、回復させた新人冒険者たちを後ろに庇いつつ観戦していて、俺はそう思った。

 ニヴが?

 いやいや、そんなわけない。

 そうじゃなく、吸血鬼ヴァンパイアの少年少女たちの方だ。

 二対一であるから、一般的に考えれば吸血鬼ヴァンパイアの二人の方が有利なのだが、ニヴは白金プラチナを目前にする金級冒険者。

 普通の冒険者とは一味も二味も違う高い実力を持つ。

 通常の下級吸血鬼レッサー・ヴァンパイア程度ならそうそう太刀打ちできないはずだ。

 しかし、思った以上にしっかりと戦えているのだ。

 ニヴが手加減している可能性もあるが……。


 ニヴの鉤爪が少年吸血鬼を上から襲う。

 しかし、少年吸血鬼はそれを人間にはありえない反射速度で横にずれることで避ける。

 そのままいつの間にか持っていた刀身の赤い短剣を振るってニヴの首を狙った。

 ニヴはこれをしっかりと視認していて、ふっと笑い、ギリギリのところで首を反らして避ける。

 けれど、そんなニヴの挙動を待っていたかのように、今度は少女吸血鬼の方がやはり、いつの間にか持っていた刃の赤く染まった大鎌をその首に振り下ろす。

 これは流石のニヴでも厳しいか、と思うが、大鎌はニヴの顔の手前で止まった。

 

 ……いや、そうではないな。

 ニヴは大鎌の刃を歯でガキリと噛み、白羽取りをしていた。

 そのまま頭を振って少女吸血鬼を大鎌ごと吹き飛ばすと、ニヴは空中を飛んでいく少女吸血鬼にさらに迫る。

 壁に激突し、挙動が鈍くなった少女吸血鬼の首筋を狙って鉤爪を振るう。

 すると、少女吸血鬼の首に鉤爪による五本の切り傷が刻まれ、胴体と切り離された……流石に吸血鬼と言えどもああなれば死ぬだろう。

 そう思ったが、首が落ちた瞬間、少女の体諸共、ふっとその首と体は輪郭を失い、黒く染まって蝙蝠の姿となり四方八方に飛んでいく。

 それから、ニヴの遥か後ろでもう一度集合すると、全ての黒い蝙蝠たちが合体して再度、少女の体を形作った。

 

「……はぁ、はぁ……」


 少女吸血鬼は息を切らせているが、それでもしっかりと首と胴体はつながった状態でそこに立っていた。

 切られたはずなのに、という感じだが、ニヴは特に不思議そうではない。

 その理由は……。


「……ほう? 名高い吸血鬼ヴァンパイアの《分化》ではないですか。てっきり弱っちい下っ端の吸血鬼ヴァンパイアかと思っていましたが……思った以上に色々と使えるようですね。血武器サン・アルムまで持っておられるようですし……これは楽しいですよ」

 

 ニヴがそう言った。

 《分化》というのは主に中級吸血鬼(ミドル・ヴァンパイア)が使用すると言われる特殊な力で、その身をたった今、少女吸血鬼がしたように、蝙蝠など影のような動物のものへと分ける力のことだ。

 これの何が凄いか、と言えば切られても無傷で復活することが出来てしまうことだろう。

 これによって、通常の物理的な攻撃が、まるで通用しない、と言われている。

 中級吸血鬼(ミドル・ヴァンパイア)の退治の難しさの理由の一つだ。

 ということは……あの二人は中級吸血鬼(ミドル・ヴァンパイア)なのだろうか?

 分からない。

 血武器(サン・アルム)というのは正直知らないが……あれもニヴの語り口からすると、《分化》と同じような吸血鬼ヴァンパイア特有の何かなのだろうな。

 ちなみに俺はどっちも使えない。

 より正確にいうならやろうとは思わなかった、だが。

 なにせ、《分化》は中級吸血鬼(ミドル・ヴァンパイア)しか出来ないという頭があったからな……あとでちょっと試してみようかな。

 

「……私は楽しくない。あんたは……いったい何なの!?」


 少女吸血鬼が叫ぶ。

 彼女からしてみれば、突然現れた刺客だ。

 聞きたくなるのは理解できた。

 ニヴは言う。


「そんなの、見れば分かるでしょう? 冒険者ですよ。貴女方の退治を任された、ね。降参しませんか? 今なら洗いざらいすべて情報を話すことで、天国一歩手前くらいまでは行けると思いますよ?」


 ……情報を収集する、ということはちゃんと忘れていなかったらしい。

 よかった。

 まぁ、当然と言えば当然か。

 彼女はなんだかんだ言って高位冒険者なのだから、俺よりずっと抜け目がないはずだ。

 吸血鬼ヴァンパイアの進行経路についてもしっかりと分析していたし、普段がちょっと読めない性格をしているだけで、十分に論理的なところも持ってる。

 とは言え、天国一歩手前か。

 天国に行けるとは言わないのだな。

 そもそも、命は助けてやるとも言わないのか……当たり前か。

 彼らを活かそうとしたら、どうやっても人の血が必要になってくるからな。


「……ジジュー。そいつの言うことに耳を貸すな。人間は……何も分かっちゃいない」


「ウーゴン。でも、私は……」


「悩むのは、後に、しろッ!」


 少年吸血鬼が、少女吸血鬼にそう叫ぶと同時に、ニヴに飛び掛かる。

 短剣の数は増えていた。

 今は、全部で七本。

 しかも、手に持った一本以外はすべて空中に浮いている。

 あれが血武器(サン・アルム)ということなのだろうか?

 刃は赤く染まっていて、普通の武器ではない空気が伝わってくる。

 少年の意志に従うように、次々にニヴに向かって飛んでいき、襲い掛かるも、ニヴはまるで踊る様にするするとすべてを回避している。

 ……やっぱり、手加減していたのか。

 その表情は余裕そうで、実際、


「……こんなものですか。やはり、中級吸血鬼(ミドル・ヴァンパイア)ほどではない……。しかし、《分化》も《血武器(サン・アルム)》も……これは、中々面白い。しかし、致命的に技術が足りませんね……この程度では」


 そう言った瞬間、動きの質が変わった。

 そして、鉤爪を振るい、全ての短剣を叩き落とし、砕き、さらにはそのことに反応できないでいる少年吸血鬼の直前に一瞬で距離を詰め、その首を切り落とす。

 更に少女吸血鬼の方もほとんど同じタイミングで縦に切り裂いた。


 ……が、それでも、やはり先ほどと同じだ。

 少年吸血鬼も少女吸血鬼もその身を蝙蝠のものに変え、元通りになる。

 切られた、などという事実がまるでなかったかのように。


「……いくらやっても無駄だ。俺たちは、死なない」


 少年吸血鬼の声が迷宮に響いた。


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