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第13章 数々の秘密
第311話 数々の秘密と顔合わせ

「あ、どうもこんにちは。ニヴ・マリスです」


「……ロレーヌだ。よろしく頼む」


 ニヴが差し出した手をロレーヌが握ってそう言った。

 その表情には苦いものというか、なんでこいつがここに?という感情が透けて見える。

 別にニヴを毛嫌いしているというわけではなく、俺という吸血鬼ヴァンパイアらしきものの近くに吸血鬼狩りヴァンパイア・ハンターたるニヴがいるのはまずいのではないか、という心配だろう。

 俺だって別にかかわらないで済むなら関わりたくない。

 しかしニヴの方からやってくるのだ……それも突然に。

 ちなみにロレーヌがファミリーネームまで名乗らなかったのは、俺と同じヴィヴィエ姓になってしまうので、色々と勘繰られるのを避けたのだろう。

 この辺り、冒険者というのは名乗るとき、好みがわかれる。

 姓まで名乗るか、名前だけで済ますか。

 冒険者というのは基本的に荒くれ者の集団であるし、まぁ、言っては何だが色々と問題のある奴も少なくない集団であるため、姓まで名乗りたくはない、というのが昔から少なくなかった団体だ。

 姓を言わない、というのはそういう冒険者の状況もあって、特におかしくはない。

 姓まで名乗る奴は、多くは自分の出自や身分を明らかにしたい、という意図を持っているような場合で、まぁ、信用してもらうためにはそこから、みたいな感覚でいる場合が多い。

 あれだな、挨拶で会釈で済ますくらいじゃなくて、深く頭を下げてやる、くらいの感じである。

 普段は会釈だ。

 つまり、姓は名乗らない方が基本というわけだ。

 

「……ミュリアス・ライザです」


「聖女殿ですか。ロレーヌです。よろしくお願いします」


 ニヴには敬語を使わず、ミュリアスには敬語なのは、ニヴが冒険者で、ミュリアスが聖女であるためだ。 

 冒険者同士はランクが違っていても敬語を使わなくとも失礼ではないというか、そんなもんめんどくせぇな輩が多い。

 だから極端に礼を失することを言わない限りは敬語なんて使わずとも咎められはしない。

 しかし、聖女相手ではそうはいかない。

 彼らは信仰を背負っており、それはつまり宗教団体の強力な後押しがあるということだ。

 下手に適当な扱い――冒険者にするような雑な扱い――をすると、唐突にブチ切れ出すタイプというのがたまにいる。

 東天教の聖者・聖女はそういうのはまずいないのだが、ロレーヌが言うにはロベリア教を初めとする西方諸国発祥の宗教団体はそういうのが多いらしい。

 だから、ロレーヌには聖者・聖女を前にしたとき、自然と敬語になったり、所作を丁寧にしたり、と言った行動が身に付いているようだ。

 別に信仰心がある、というわけではなく、面倒ごとはとにかく避けたい、関わりたくないというだけのようだが。

 そのうち西方諸国にも行ってみたいのだが、こういうことがあるとな……俺も面倒くさいと思うタイプだからな。

 いつか行くとして、それまでにロレーヌに色々とその辺の注意事項を尋ね、常識をある程度身に着けてからではないとヤバそうだ。

 俺はただでさえ問題を起こすとまずい体だからな。

 目をつけられるような行動は厳に慎まなければならない。

 ……ニヴと迷宮にピクニックに行かなければならない状況になっている時点で、もうなんというかあれだけど。


「……あまり遜られる必要はありませんよ。言葉も普通で結構です」


 とはいえ、ミュリアスはあまり敬語が、とかそういうのは気にしないタイプらしい。

 ロレーヌにそう言って微笑んだ。

 そうしていると紛うことなき美人聖女であるが、さっきのニヴに対する般若ぶりをみているからな……。

 ちなみに般若とは極東にある島国にいる魔物の女性のみを指す。

 そこから転じて物凄い形相で怒る女性を形容する言い方としてヤーランに定着している。外来語だな。

 ちなみにその魔物は(おに)、という名前で鬼人オーガに近い種らしいが、鬼人オーガより小さく、しかし賢いらしい。

 それなりに文化もあって、人と共生しているものもいる、ということで、いつか会ってみたいところだ。

 ドワーフのように冶金や細工に長けているという話だからな。

 

「そうですか? いや、しかし……」


 ロレーヌはミュリアスの言葉にそう言って逡巡を見せた。

 ロレーヌは性格的に一般的な女性よりはかなり豪快というかアバウトなところがあるタイプだ。

 にも拘わらず、これだけの遠慮を見せる。

 それはつまり、帝国出身者にとって、聖女というのはそれだけ扱いが難しい存在だということなのかもしれない。

 ……帝国でどんだけ宗教者は好き勝手やってるんだろうな?

 怖くなって来た。

 

「そこまで警戒されるということは……もしかして、ロレーヌさんは帝国の方ですか?」


 ミュリアスがそう尋ねたので、ロレーヌは頷く。


「……分かりますか」


「ええ。あちらでは皆さん、聖者や聖女に対しては、ロレーヌさんのように話されますからね……。お気持ちは分かります。そういうことでしたら、無理されて敬語をやめろとも言いません。が、話しやすいように話しても構わないというのは本気で言ってますので……その点はご安心していただければと思います。正直、あちらでの聖者・聖女の扱いについては、功績のある方々は別にしても、私のようなしょぼい聖女は受ける資格がないと思っているくらいですので……」


 若干ずーんとした感じでミュリアスがそう言ったので、ロレーヌはおや、という風に眉を上げた。

 どうもミュリアスが一般的な聖女より、庶民寄りな雰囲気をしていることに気づいたらしい。

 それに、今ミュリアスが言った台詞は、ヤーランでいくら語っても問題ないことだが、帝国で言った場合、教団への批判と受け取られかねないものもあるとも。 ロレーヌに前聞いた限りでは、聖者・聖女はことごとく敬うべし、が基本のようだからな。

 少なくとも平民はそうしなければ何されるか分からなくてヤバい、ということらしい。

 聖女本人が言う場合には、教団への信頼を失墜するから立場的にもまずいだろう。

 なのに言ってしまうのは……ニヴと一緒にいて感化されたのかな?

 ニヴの放言と比べれば相当にマシだし、感覚がおかしくなっているのかもしれない。

 

「……ふむ。そこまでおっしゃるのなら、私も普通に話そうか。しかし今後帝国に行った途端、『ミュリアス・ライザへの不敬により異端審問にかける!』などというのは無しだぞ?」


 ロレーヌはそう言ってミュリアスに笑いかける。

 

「……異端審問官のマネですか? お上手ですね……もちろん、そのようなことは致しません。私も、ここにいる間はバカンスのようなものだと思って楽しむことにしたのです」


 聖女らしくない発言であるが、余計に信用に値すると思ったらしい。 

 ロレーヌは改めて手を差し出し、ミュリアスに握手を求めたのだった。


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新作 「 《背教者》と認定され、実家を追放された貴族の少年は辺境の地で、スキル《聖王》の使い方に気づき、成り上がる。 」 を投稿しました。 ブクマ・評価・感想などお待ちしておりますので、どうぞよろしくお願いします!
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