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第13章 数々の秘密
第306話 数々の秘密と現実

 屍鬼(しき)に限った話ではないが、不死者(アンデッド)というのは悲惨なものだ。

 そうなれば永遠を手に入れられるというのは事実だが、それを手にした時、その人物は人であったときのそれとは別人なのである。

 不死者(アンデッド)は一度死に、そしてその死体に新しい自我が宿るためだ。

 なぜそんなことが起こるのか、不死者(アンデッド)になる前の人格はどこへ行ってしまうのか。

 議論は尽きないが、その全ては未だ、明らかになっていない。

 ただ、それでも不死者(アンデッド)になる前と、なった後は別人。

 これは、事実であるとされ、人々にもそう受け入れられている。

 その理由は色々とあるが……大きく影響しているのは宗教関係者の考えだ。

 彼らは不死者(アンデッド)を不浄なるものと定め、浄化することを至上としている関係上、不死者(アンデッド)の存在を認められない。

 生前と同じ姿を保っていても、それを同一の存在だと認めることは、彼らには出来ない。

 と言っても、俺は別に、批判しているわけではない。

 ただ立場的にはそうは出来ないと言う事実があるというだけだ。

 そして、彼らの主張の大事なところは、それが事実であると半ば証明されていると言う点にある。

 つまりそれは、俺が先ほどから屍鬼しきに会うたびにしている問答とその回答だ。

 不死者(アンデッド)たちは、生前のことを尋ねられると、どんどんとボロが出て、矛盾だらけになっていく。

 そういう性質があるのだ。

 本当に生前と同一人物なら、そんなことは起こらないはずである。

 まぁ、体が腐り落ちているわけだから、記憶の欠損や混濁が見られる、と解釈することも出来るが……この辺は難しいところだな。

 仮にそう解釈したとして、不死者(アンデッド)たちは例外なく人を襲う。

 上位の吸血鬼ヴァンパイアなど、理性がある存在もいるが、それでも彼らは本質的に人を襲うのだ。

 そして、そんな性質を抱えているものを、自分の家族や友人、恋人として受けいられらる者はほとんどいない。

 だから、歴史的に不死者(アンデッド)たちは、そうなった時点で、もう、別人なのだ、と理解されてきた。

 だから討伐される。だから排除される。


 けれど。

 人間と言うのはそんなに簡単なものではない。

 考えても見てほしい。

 自分の親兄弟でもいい。

 恋人でもいい。

 何かの拍子に死んでしまって……それで、それを実感できない間に、生前と変わらない姿で目の前に現れたら?

 その口で、その声で、その仕草で、自分の知り合いであると確信できるような様子を見せたら?

 即座に拒否できる人間は少ないのではないだろうか。

 それは人の優しさか、甘さか、それとも、弱さなのか。

 分からない。

 ただ、俺にとって、ロレーヌたちが示してくれたそのような態度は、優しさだった。

 でも……。

 

「……なんで、なんでよ! どうして……」


 今、俺の目の前で行われているそれは、どちらなのだろうか。

 俺には何とも言えない。


 ◇◆◇◆◇


 そこには冒険者が集まっている。

 と言っても、当然、この街の冒険者全員、とかいうわけではない。

 大体十人ほどだろうか。

 その中には本来、冒険者組合(ギルドで指示を出しているはずの冒険者組合長(ギルドマスター)であるウルフもいて、何か特殊な状況であることが見て取れた。

 実際、この状況は非常に特殊……とも言えないか。

 俺は運が良かっただけで、むしろ、今日のマルトではこんなことがそこかしこで起こっていても何も不思議ではない。


 冒険者たちは、一人の少年を囲んでいた。

 いや……正確にいうなら、ただの少年ではなく、屍鬼しきか。

 その目は血走り、破けた服の内側には腐り落ち、干からびた皮膚と肉が見える。

 顔も……擬態のための魔術が解けているのか、傷や穴がかなりあるのが分かる。

 つまりは、屍鬼しき狩りの一環な訳だが、問題はその屍鬼しきが、冒険者の格好をしていることだろう。

 身に付けている装備類や、その年齢から新人だな、となんとなく察することが出来る。

 そしてその屍鬼しきの前にはウルフがいて、いくつか質問を重ねていた。


「……お前、名前は?」


「ティータ・ウェル……鉄級冒険者。まだ新人だけど、これから頑張って銅級になるんだ。それで、故郷の両親に仕送りをして……妹にも一杯嫁入り道具を持たせてあげたい……」


「いつ、屍鬼しきになった?」


「……屍鬼しき? 僕はティータ・ウェル。鉄級冒険者……」


 俺は今来たばっかりだが、おそらくは何度も同じ質問を繰り返したのだろう。

 ウルフは首を振って、後ろで他の冒険者たちに肩を掴まれている少女を振り返り、


「……間違いねぇな?」


 と尋ねた。

 少女は涙を流しながら頷いて、


「……はい……ティータ。どうして……助けられないんですか? だって、ちゃんと喋ってるじゃないですか。言ってることも、生前と同じで……」


「気持ちは分かるがな……お前も見てただろ? こいつはさっきまでここで暴れてたんだ。それを俺たちで抑え込んでこうしてる。手足も使えないようにした上でな。離したら間違いなく周囲にいる奴らを襲うぞ。それでもお前は、こいつが、生前と変わらないなんて言えるのか?」


「それは……でも、でも……!!」


 厳しい話だが、ウルフの言っていることは正しかった。

 ティータの目に明滅する光は、正気と狂気の間を行ったり来たりしているように見え、何かもとに戻す方法がありそうにも思える。

 けれど、そんなことが出来た者は、今のところ、いない。

 ウルフは言う。


「……すまねぇ。俺がもっとしっかりやってりゃ、こいつも被害に遭うことはなかったはずだ。だが、こうなった以上は……見たくないなら目を閉じてろ。恨むなら俺を恨め」


 それから、背中に背負った大剣を引き抜き、掲げる。

 ティータの仲間だったと思しき少女は、それを見て手を伸ばそうとするが、しかし、最後には震えるように手をひっこめた。

 無理だ、と思ってしまったのだろう。

 そしてそれは正しいのだ。

 

 ――ザンッ。


 という音が聞こえ、ティータの首が斬り落とされる。

 それから、その体と首の両方に聖水がかけられ、灰となっていく。

 最後にその場に残されたのは、ティータの身に付けていた安物の鎧と、ティータだった灰だけだ。

 少女はその鎧に抱き着き、それから灰を掬って、泣いた。


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新作 「 《背教者》と認定され、実家を追放された貴族の少年は辺境の地で、スキル《聖王》の使い方に気づき、成り上がる。 」 を投稿しました。 ブクマ・評価・感想などお待ちしておりますので、どうぞよろしくお願いします!
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