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第13章 数々の秘密
第304話 数々の秘密と大いなる逃走

 屍鬼しきの魔石。

 報酬としては確かに悪くはないだろう。

 なにせ、吸血鬼ヴァンパイア系の魔物は人の中に紛れて生きることが出来るという特性があるため、普段からその魔石は高く引き取ってもらえる。

 その事情は、吸血鬼(ヴァンパイア)系統の魔物としては下級の魔物でしかない屍鬼(しき)であっても変わらない。

 それに加え、今の状況においては、屍鬼しきは緊急に討伐する必要があると冒険者組合(ギルド)から通達されているため、余計に高値がついている。

 つまり、この魔石は今、ちょっとした宝石のような価値があるのだった。


「いいのですか?」


 俺がニヴにそう尋ねると、彼女は言う。


「ええ。私は別にお金が欲しくて吸血鬼狩りをしているわけではないですからね。倒せればそれでいいのです」


 ……それはそれで嫌すぎないか?

 金が目的だと言われた方がなんとなくだがほっとできる。

 人間的な感覚が見えてさ。

 こう言われてしまうと……吸血鬼ヴァンパイア狩りに飢えているただのヤバい奴になってしまうじゃないか。

 ……それで間違ってないのか。


「おっと、何か失礼なことを考えていますね?」


「いえ、別に……」


 答えた俺を、疑わしそうな目で見るニヴであった。

 その表情は、顔だけ見れば見とれるような美人なのだが、目の輝きがな。

 直視したくない何かなのだ。

 それこそ飢えた魔物の血走った眼に雰囲気が似ている。

 見たら死ぬ感じ。ああ嫌だ。

 しかし、ふっとニヴはその目から力を抜くと、


「……まぁ、いいでしょう。それより、レントさん。こんなときなのです。ちょうど偶然出会ったことですし、私と行動を共に……」


 と言いかけた。

 しかし、その瞬間、


「……ニヴさん!」


 とニヴの後方から声がかかる。

 そちらを見てみると、走ってきているのは神官衣に身を包んだ、銀色の髪と紫水晶の瞳を持った女性だった。

 つまりは、ロベリア教の聖女、ミュリアス・ライザだ。

 ニヴはその声に眉を顰めるも、すぐに微笑みを作って振り返る。

 ……なんか嫌なところ見たな。仲悪いのか?

 と俺は思うが、ニヴはその心の内が全く読めない。

 特に意味のない表情なのかもしれないし、もしかしたら俺に何かを誤認させたがために作った表情なのかもしれない。

 あまり考えるのも危険だった。


「おやおや、ミュリアス様。そんなに走っては聖女らしさが半減しますよ。貴女はただでさえ聖女っぽくない……」


 口に出した一言目が軽い罵倒だった。

 ロベリア教は大陸でも群を抜いて巨大な宗教団体なのに、本当に度胸がある奴だな、と俺は思う。

 ミュリアスは、ニヴの言葉にイラッとした表情を一瞬のぞかせるも、すぐに引っ込めて、


「もとはと言えば、貴女が突然走り出すからではないですか。一体……」


 そこまで言ったところで、地面に積み上がった灰を見つけて、


「……これは?」


 と尋ねて来た。

 まぁ、尋ねてきている時点で、すでにそれが何なのかは想像がついているようである。

 街の状況もロベリア教の聖女ならある程度掴んでいるだろうしな。

 ニヴが答える。


「もちろん、低級な吸血虫の成れの果てですよ。私とレントさんでやっつけました」


 虫扱いは酷いが、昔からある吸血鬼ヴァンパイアに対する罵倒の一つでもある。 

 吸血鬼ヴァンパイアが嫌いな奴はそういう言い方をすることが少なくない。

 ニヴの言葉にミュリアスは頷き、


「なるほど……ですから急に」


 と納得したらしい。

 ニヴは続ける。


「こいつは人に擬態していましてね。見た目上は酷く判別しにくかったのですが、レントさんが問答で少しずつ化けの皮をはいでいったのです。そして、人に襲い掛かろうとしたので、私が聖術による浄化を試みました。結果、やはり屍鬼しきだったようで……間一髪でしたね、レントさん」


 ……俺が会話をしていたところを結構聞いていたようだ。

 一体いつから……。

 それがあったから、ニヴは屍鬼しきであると判断して聖術を使ったわけか?

 まぁ、人に襲い掛かろうとしている奴だから、急に聖術をかけても許されはするよな……。

 そうは思ったものの、一応尋ねておく。


「ニヴさんは、あの男が屍鬼しきだといつ頃気づいたのですか?」


「確信したのは……やはり、人に襲い掛かろうとしたときですね。ただ、この広場から屍鬼しきの匂いはしていましたから。鼻が利くんですよね、私は」


 それが比喩的な意味なのか、物理的な意味なのかはよく分からないが……そのどっちだとしてもニヴらしいと言えばらしい。

 勘で見つけ出しそうなところもあるし、俺が人血ソムリエなのと同様に吸血鬼ヴァンパイアソムリエだったとしても別におかしくはない。

 吸血鬼ヴァンパイアの匂いを嗅ぎながら「うーん、これは大体三百年ものの吸血鬼ヴァンパイアですね! よく熟成されています。私の手にかかってお亡くなりになる価値がありますよ!」とか笑顔で言っている様が頭の中で思い浮かぶ。いやすぎる。

 そんな風にドン引きしているのは俺だけではなく、ミュリアスも同様のようで、


「……左様でしたか」


 と呆れたような顔で言っている。

 ともかく、ニヴとミュリアスは今でも一緒に行動しているようだ。

 俺と会った時はともかく、今はもう、ニヴの方はあんまり乗り気ではなさそうだが、その辺りは俺には関係ない話だな。

 というか、もうここにいた屍鬼しきは倒したのだし、ニヴとは離れたい。離れよう。

 そう決めた俺は、言う。


「さて、俺は他に屍鬼しきがいないか探したいので、そろそろ行きますよ、ニヴさん、それにミュリアス様。お二人の未来に光がありますように」


 ロベリア教の祝詞を適当に唱えて、そそくさと広場を出るべく走り出す。

 そんな俺の背中に、


「あっ、レントさん! レントさーん!」


 と、ニヴの叫び声が聞こえてくるが、無視だ。

 幸い、今回はただ逃げたというわけではなく、俺、仕事ですから、という言い訳ががっつりあるのだ。

 ニヴとロベリア教との関係が一体どういうものなのか、未だに見当もつかないが、それほど何度も聖女であるミュリアスを振り切ってどこか行く、というのは流石にニヴでもしないんじゃないかという期待もあった。

 実際、しばらく走って後ろを振り返っても、ニヴの姿はなく、追いかけてくる様子はない。

 ……助かったかな。

 そう思いつつ、俺は次の屍鬼しきを探すべく、街を走る。


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新作 「 《背教者》と認定され、実家を追放された貴族の少年は辺境の地で、スキル《聖王》の使い方に気づき、成り上がる。 」 を投稿しました。 ブクマ・評価・感想などお待ちしておりますので、どうぞよろしくお願いします!
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