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第13章 数々の秘密
第303話 数々の秘密と屍鬼

 ちなみに青白い炎だが、周りの反応から見るに普通に一般人にも見えているのだろう。

 聖炎ではなく、聖術による炎で、見せても問題ないからかな。

 それにいきなり何もしていないのに男が苦しみ始めたら周囲に脅威を与える、という配慮もある……可能性もないではない。

 ニヴがそんな配慮するとは思えないが。

 しかし見えるようにしてしまっていることで別の危惧が生まれる。

 一般人をただ燃やした、となれば司法騎士なんかに捕まる。

 俺はそれも避けるためにわざわざ七面倒くさい問答をしていたという部分もあったというのに。

 一体この場をどう収拾するのか……と思っていると、


「おや、この程度では致命傷にはならなかったようですね。流石は血吸虫の眷属。頑丈だ」


 と、その一見純粋そうに見えるくりくりとした目を燃える男に向ける。 

 男は燃えながらも、俺とニヴを睨みつけていた。

 ……俺は関係ないだろ。

 攻撃したのはニヴなんだからニヴだけ睨んでくれ。

 そう思うが、まぁ、屍鬼しきだと分かったら攻撃していたのも事実だ。

 仕方がないと言えば仕方がない。

 そう思って構えると同時に、ニヴが周囲を見渡して、叫んだ。


「……みなさん! 突然のことで驚かれたでしょう。しかし、何を隠そう、この男は人の中に紛れた魔物、屍鬼しきなのです! これだけの火炎に包まれながら、尚も動き、私たち人間を睨みつけているのがその、証拠! さぁ、皆さん、離れてください。私、金級冒険者ニヴ・マリスと、その助手レント・ヴィヴィエがこの魔物を討ち滅ぼします!」


 ……一応、収拾の付け方も考えてはいたらしい。

 何も考えていなかったのかと思ったが……炎にしてもあえて若干弱めにしたのかもしれない。

 魔物の耐久力と言うのは人間とかけ離れているからな。

 ちょっとやそっと燃えたくらいで死にはしない。

 ただ、ニヴの放ったのは聖術系の炎であり、屍鬼しきの男の体を浄化するものだ。

 結果として、男の体は、屍鬼しきとしての再生力と、聖気の浄化による浸食とが拮抗して、ぼろぼろと崩れ、また再生して、を繰り返しているような状態にある。

 これを見て流石に人間である、と主張する者はいないだろう。

 周囲の人々も、男が魔物であることをやっと理解したようで、蜘蛛の子を散らすように広場の中心部から距離をとって端の方へと逃げていった。

 ただ、完全に広場からいなくならないのは、この戦いの行く末を見たいと言う野次馬心からだ。

 冒険者が魔物と戦っている様子など一般人は間近で見る機会がないし、それに加えて今回の相手は屍鬼しきである。

 どこそこの街で吸血鬼ヴァンパイアの群れが見つかった、屍鬼しきも沢山いたみたいで、街の人が大勢犠牲になったらしいよ、などとニュースを新聞や世間話で聞く機会があっても、実際に目にすることはほとんどない魔物の一種である。

 退治されるところを目に焼き付けて、後々喋るネタにしたいというところだろう。

 緊急事態において、たくましすぎる気もするが、辺境都市の人間など大体がそんなものだ。

 勇気と暴勇、そのどちらともつかない勇敢さを持ってしまっている。

 まぁ、それでもいざというときはしっかり逃げてくれるだろうし、それほど心配しなくてもいいだろう。

 

「さぁ、レントさん。やりますよ」


 ニヴが口の端をにぃと引き上げて、楽しそうに俺に言った。


「……勝手に助手にしないでくれませんかね、ニヴさん……」


 文句を言いつつ、屍鬼しきと相対する俺。

 ニヴはそれに対して、


「別にいいじゃないですか。お給料を出してもいいですよ……っと!!」


 そう言いながら、屍鬼しきの男との距離を詰める。

 武器は……持っていない?

 いや……。

 男との距離が縮まったところで、ニヴはその腕を振るった。

 何も持っていないように見えるが、フォン、という音が聞こえる。

 男はそれをしっかりと見ていたようで、飛び上がり、避けた。

 がぎり、という音が鳴り、地面から火花が出る。

 

「……鉤爪か」


 俺がそう言うと、ニヴは、


「ええ。剣も普通に使うのですけどね、やっぱり、吸血鬼ヴァンパイアを殺す感触はこの指先で楽しみたいものですから……」


 そう言って来た。

 悪趣味にもほどがあるが、まぁ、こいつらしいと言えばこいつらしい。

 ニヴはさらに続けて、


「ふむ、しかし、思ったより身体能力が高めですね。比較的上位の個体のようです。レントさん、二人で攻めましょう」


 そう言ってきたので俺は頷く。

 ニヴはこれで金級である。

 別に一人でも余裕なんだろうが、色々と考えがあるのだろう。

 身体能力を見ていることから鑑みて、今回の親玉であろう吸血鬼ヴァンパイアの実力を推測しているとか。

 俺は剣を構え、屍鬼しきとの距離を詰める。

 すると屍鬼しきは驚いたような顔をしたが、しかしそれでも腕を振るって来た。

 その指先は、爪が不自然に伸びており、それこそが彼の武器なのだろう。

 しかし、俺はそれを避け、腕を落とす。

 伸ばしてきた腕を切り落とすのは、至極簡単なことだった。

 さらに、後ろからはニヴが迫る。

 彼女の鉤爪は男の首筋を狙っており、


「いきますよっ……!」

 

 そう言った瞬間、目にもとまらぬ速度で振るわれた。

 一瞬のあと、男の首筋に赤い一本線が入り、横にずれる。

 そしてぼとり、と男の首が落ちて、切れ目からどくどくとした黒ずんだ血が流れて来た。

 恐ろしいのはそれでもまだ、男の首の方は生きていて、しっかりとニヴを睨みつけていることだろう。

 体の方も、膝を突いてはいるが崩れ落ちてはいない。

 恐るべき生命力……いや、死んでいるからちょっと違うか。

 良い言い方が思いつかないが、耐久力の高さは他の魔物の比ではない。

 不死者(アンデッド)というだけある。

 俺もこれくらいは可能なのだろうな……そう考えるとちょっと気持ち悪い気もする。

 

 ただ、こういう存在でも消滅させる方法はもちろんある。

 それがなければ、吸血鬼ヴァンパイアはどうやったって倒せないと言うことになってしまうからな。

 そうはならないのだ。

 ニヴはとことこ歩いて、屍鬼しきの首を拾うと、何か呪文のようなものを口にした。

 すると、手に持った屍鬼しきの首が勢いよく燃え始める。

 先ほどの炎よりも強力なのだろう。

 男の首は再生することなくぼろぼろと崩れていき、そして最後には灰になって消えていった。

 首が消滅するのとほぼ同時に、体の方もさらさらと砂になって消えていった。

 男が人間であればまず、起こらない現象である。

 後に残されたのは、屍鬼しきのものと思しき魔石が一つだけ。

 それを拾って、ニヴは俺に放って来た。


「とりあえずの報酬です。まぁまぁ高く売れるんですよ、それ」


 そんなことを言いながら。


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