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第13章 数々の秘密
第293話 小鼠(後)

 体が、作り替えられる。

 強烈な体の熱さは、体内にある全てがその形を新しいものに変えていっているからだ。


 そう理解するのに時間はさほどかからなかった。

 なぜ、こんなことになったのか、その理由は分からない。

 けれど、とにかく、こんなことで死ぬわけにはいかない。

 自分には守るべきものがあり、まだ何も出来てはいないのだ。

 ここで死んでは、あの冒険者が……。


 抗う時間が続く。

 苦しみと熱さと痛みに。


 そして、気づいたら……。


 あぁ、と思った。

 自分は、変わってしまった、と。

 自分は、あの男と……あの冒険者(・・・)と繋がってしまった、と。


 その事実は、出会いの不幸さから考えれば憎むべきことだったのかもしれない。

 しかし、男とつながったことで流れて来た気持ち、記憶は、必ずしも憎しみを湧き出させるような酷いものではなかった。

 確かに、その男は、冒険者は鼠たちを駆除するためにここにやってきたようだが、それは鼠たちがこの建物に起居する者たちの生活を脅かしているため。

 この建物が一体どういうものなのかよく理解せずに寝床にしてきたが、いうなれば、ここは親のない子供のために用意された場所だと言うことが男の記憶から分かる。

 つまり、鼠が鼠の子供を守る様に、誰か同じような意識を持った人間が作った場所だと言うことだ。

 そのようなところに外敵がいれば、当然、追放しようとするのは当然の話である。

 だから、その冒険者の目的に、怒りは生まれなかった。 

 

 それに、男の性格もつながったことで分かる。

 冒険者と言えば、武器を持ち、仲間たちを狩りたてる悪魔のような存在だとずっと考えてきたが、男はそうでもないようだった。

 魔物狩りを生業としていることは間違いないようだが、必要以上には狩りたてないと言うか、人の生活を必ずしも脅かさない魔物については見逃すことすらあるような、そんな男のようだった。

 もちろん、反対に、人にとって害があると認識すれば冷徹に、子供がいようと殺し尽くす冒険者らしいところはあるようだが、珍しく捕獲すれば高値で売れるが、放置しても問題ないような魔物であれば無理に倒そうとはしない。

 そんな記憶がいくつも鼠に流れてくる。

 

 男の方に、鼠の記憶が流れたかは分からないが、男も、鼠が男とつながったことは理解したようだ。

 目が合い、驚いたような表情をする。

 しかし、お互いの間を何も言わずとも意志が通じ、何を考えているかが伝わってきたので、鼠は自分が男に従うべきものになったことを伝えた。

 男はそれを確認するようにいくつか指示をしてきたので、鼠はそれに忠実に従った。

 と言っても、無理やり命令を聞かされている、というよりかは、上位者から頼まれているような感覚に近い。

 断ろうと思えば断れるような、そんな感覚がした。

 無理に聞かせることも出来るのかもしれないが、男はそんなことはしなかった。

 そんな男の最初の指令は、この地下室を守ることで……鼠は、部下の鼠たちとその指令に従うことになった。


 その日から、鼠の生活は大きく変わった。

 男に従う存在になったことで、鼠の力は大幅に上昇した。

 男が伝えてくるところによれば、鼠は男の血を受け、眷属と言うものになったのだという。

 その結果として、存在の格が上がり、強くなっていると。

 実際、意識すれば男の持つ膨大な魔力や気、聖気を感じ、それを利用することが出来る感覚がした。

 もちろん、無理に引っ張ることは出来そうもないが、男が拒否しない限りは出来そうだった。

 鼠は、男から少しだけ力をもらい、そして、地下室を守ること、それに加え、マルトの街の小鼠たちすべてを支配下に置くことを決める。

 それが男の目的に資する、と考えたから。

 男には夢があるらしかった。

 遥か高み、冒険者の最上位になること。

 そのために、ありとあらゆる情報を得られるようになることが望ましいだろう。

 幸い、鼠であれば、人間の建物のどのような場所にも気づかず入り込むことが出来る。

 人の会話を聞くことも出来るし、そのことを男に伝えることも出来る。

 それだけの能力を男から与えられた。

 他の鼠たちは普通のままだから変わっていないが、通常の鼠との意思疎通はその鼠が出来るので問題なかった。

 

 たまに、冒険者の男――レントという――の冒険についていき、一緒に戦いもして、戦闘の経験も詰んでいく。

 巨大なタラスク、という亜竜とも戦ったが、以前であれば即座に殺されるような存在に、鼠は一矢報いることも出来た。

 とどめはレントが刺したが、十分に眷属としての貢献はできたと考えていいだろう。

 無理に力を借り受けたのは申し訳ないと思うが、その程度でどうにかなるような存在ではないと言う信頼と、まずは手下である自分が特攻をすべきだと言う信念がそういう行為に出させた。

 レントはそんな鼠を呆れたような感心したような妙な感覚で見ていたが、最後に仕方がなさそうに撫でてくれたので、概ね悪くない行動だったと思う。


 名前ももらった。

 エーデル、というものだ。

 名前とは人が持つ、相手と自分とを区別する特殊な記号を言うらしいが、それには意味もあるらしい。

 レントの番の女がつけた名で、高貴なる者を意味すると言う。

 なるほど、自分は鼠の中では大きな力を持つ。

 これからマルトのすべての鼠を従えていくつもりで、その未来をも予言するものなのだろう。

 気に入った。


 ……そんな風に、レントに従えられてから、色々なことがあって、楽しかった。

 マルトに生息する鼠たちも、三割近くは支配し、その情報網は大きく広がった。

 これから、レントに大きく貢献できる。

 眷属として、小鼠(プチ・スリ)はレントに活路を得たのだ。

 だから、頑張って可能な限り情報を集めなければ……。

 最近のレントの関心事は、同じく冒険者のニヴ、という者、それに吸血鬼ヴァンパイアに関するものだった。

 どちらも物騒なもので、触れるのは中々難しいようだったが、エーデルにとっては違う。

 手下たちをうまく使い、色々なところから話を集めて、統合していく。

 すると、手下たちの視点に見えたものがあった。

 エーデルは、いつの間にか、手下たちの視覚を、別の場所にいながら借りる力を得ていた。


 その力を使って、迷宮に潜る、怪しげな人影。

 それを追跡し、その先で、血を流す冒険者に噛み付く、ローブ姿の何者かを見た。

 

「……おや、覗きはよくありませんよ?」


 そんな声が響くとともに、その者の手から火炎が噴きでて、視界は途切れた。

 それは、視覚を通して繋がっているエーデルにも衝撃が伝わってくるほどで……。

 頭に痛みが走り、エーデルは孤児院の地下で意識を失った。


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