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第12章 王都ヴィステルヤ
第268話 王都ヴィステルヤと像

「そうだね。それでいいだろう。細かい条項は……」


 オーグリーが頷いてそう言ったので、ロレーヌが、


「それは私が作成しよう」


 そう言って、部屋に備え付けてある下書き用の荒い紙に仮案を書いていく。

 オーグリーも確認し、それでいいと頷いたところで本契約に移る。

 特殊な魔術契約書とは言え、使い方は通常と同じ。

 つまり、契約条項を書いて、お互い署名すればそれで契約が発効する。 

 どっちから署名するかは一応問題だが、それは相手が信用ならない人物である場合だけだ。

 いつでも好きに発効できる状態で契約書を持ち歩かれたりされては困る。

 ただ、今は別に気にしなくてもいいだろう。

 オーグリーは昔からの知り合いで、その性格も分かっている。

 それに、この場から逃走しようとしても部屋の入り口の最も近くにいるのはロレーヌだ。

 彼女に魔術を構築されて扉に近づけないようにされればオーグリーでも出れない。

 オーグリーが何か俺たちも知らない強力な切り札でも持っている、というのなら話は違うだろうが、そこまで気にしても仕方がないしな……。

 

「じゃ、俺から書こう」


 そう言って、俺は契約書に署名する。

 ……?

 なんだか文字が妙に輝いたような気がしたが……。

 

「レント? どうかしたのか」


 ロレーヌがそう尋ねたので、俺は首を振った。


「いや……何でもない。ほら、オーグリー」


 俺はそして、オーグリーに契約書とペンを渡す。

 やはり特別製の魔術契約書だけあって、紙も特殊なようで触り心地が妙にいい。

 紙のようで紙じゃないと言うか、金属っぽい手触りがする……。

 やはりかなり特殊な製法をしているのだろうな。

 観察すれば分かるかも、とちょっとだけ思ったが全然無理だ。

 まぁ、そもそもそんなこと出来るなら誰かがすでにやっているだろう……。


「あぁ、分かった」


 オーグリーは俺から契約書を受け取り、そこに名前を書く。

 

「……長いな」


 というのは、オーグリーが書いた名前のことだ。

 オーグリー・アルズ、だけではなくその後にも長々と続いている。

 それを指摘するとオーグリーは、


「あんまり見ないでくれよ、恥ずかしい」


 おっと、冒険者の暗黙の了解たる、過去を探らない、に抵触してしまっているかなと思って俺はすぐに下がった。


「悪い。そんなに長い名前の奴、あんまり見ないからな」


 とは言え、全くいないと言う訳でもない。

 国によっては改名手続きなどが簡単なところもあるらしく、自分で好き勝手に名前を付ける奴と言うのがたまにいて、恐ろしく長い名前をしているときもある。

 冒険者だと、百人に一人、いるかいないかくらいの割合でいたりする。

 箔をつけようとかそういうちょっと愚かな感覚でつけてしまうらしい。

 オーグリーもその口かな、と一瞬思うが、そういうタイプでもないような……。

 そう思っているとオーグリーは、


「ま、別に見てもいいけどね。若気の至りってやつさ」


 と、俺の想像を肯定するような返答をしてきた。

 俺がオーグリーに会ったのは三年ほど前だから、そのときにはすでにまともな感覚になっていたということかな。

 服装についてはいまでもちょっとあれだが、受け答えは普通だ。

 これに加えて、毎回名乗るごとに物凄く長い名前を言って来たら流石に愛想が尽きそうである。

 まともになってて良かった。


「……よし、これでオッケーっと。レント、ロレーヌ、これで契約は発効……」


 そうオーグリーが言いかけたところで、魔術契約書が普通ではありえない輝きを放ち始めた。


「これは……!?」


 観察していると、その光は徐々に収束し、契約書の上に、何か像を結び始める。

 何なのか気になってじっと見つめていると、それは見覚えのある形のものに変わっていった。

 それはつまり……。


「……まさか、これって……ホゼー神?」


 とオーグリーが言った。

 確かに、そこには天秤と錫杖を持つ、長い髪の女性の淡く透明な姿が浮いている。

 そして、彼女が祈る様に目をつぶると、彼女の持つ錫杖から光が降り注ぎ、契約書に書かれた文言にその光が染み込んでいく。

 それから光が静まると、ホゼー神……のような像は、少しずつ焦点を失うように空気に解けて、消えていった。

 光が消滅したその場に残っているのは、俺たちが書いた契約書だけ。

 恐ろしいような気がして、触れるのも恐々だったが、持たないわけにもいかないので人差し指で軽くつついてみる。


「……特に、何もないな……」


 俺がそう言うと、オーグリーとロレーヌもそれに触れ始めた。


「今のは一体何だったのかな……? いわゆる《ホゼー様の加護を受けた魔術契約書》ってのは、契約を結ぶごとにああいうことが起こるのかい?」


 オーグリーがそう尋ねる。

 気持ちは分かる。

 通常の魔術契約書も、発効するときは淡い光を放つから、その延長線上にある現象だと考えれば何も怯えることなどない。

 しかし、ロレーヌが首を振った。


「私は以前、これを使う現場に居合わせたことがあるが……そのときは通常の魔術契約書と同様、光っただけで終わった。確かに多少光は強かった気がするが……その程度で、何者かの像が結ばれるなどということは起こりはしなかった」


「……つまり?」


「非常に特殊な現象である可能性が高いな。今こそこの鈴と使うべき時だろう」


 そう言って、神官が鳴らして呼べと言っていた鈴を指さす。

 

「でも、契約内容を見られてしまうのは……」


 とオーグリーが言ったところ、契約書からすうっ、と契約の文言全てが消えていった。

 契約書の表面に残っているのは、俺とオーグリーの署名だけだ。

 しかも、その署名ですらぼやけて良く見えない。

 そう書いてある。と知っているから何とか読めるだけで、普通に見ただけだと文字にすら見えないぼやけた何かだろう。


「……呼んで見せてもよさそうだな」


 肩をすくめてロレーヌがそう言った。

 

「今の現象に突っ込みは?」


 と俺がオーグリーとロレーヌに尋ねれば、


「……びっくりしすぎてなんていったらいいものか、わからないね……」


「レントと一緒にいる限り、何が起こっても不思議ではないと最近諦めている」


 と、身もふたもない台詞を言う。

 別に俺のせいじゃないだろ、と言いたいところだが、ここ最近の俺の星の巡り合わせを考えるに、そうとも言い切れないのが辛いところだ。

 俺もまた、肩をすくめて、


「……とりあえず、神官を呼ぼうか……」


 そう言ったのだった。


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